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【平家物語】巻01_05 我身栄花


清盛だけでなく、平家一門の人々は皆、位を極めていった。
清盛の子どもたち、孫たち。
一門で「公卿」となったのは16人、殿上人は30人余り、諸国の高官を含めると60人以上。このように政治は平家が牛耳っていた。
また、清盛の娘は8人。
この娘たちもそれぞれ有力者に嫁いでいった。このなかでも、后となった徳子は有名である。

ようやく若いお兄さんたちを描くことができました。その勢いにまかせて、まだ名前は出てきてない人まで描いちゃいました…。
知盛の顔で少し迷ったのですが、読んだときの自分の印象どおり、あまり特徴のない顔にしました。今後の苦悩の日々で、彼の顔つきを変えていけたらよいなぁ…と。

娘は結局徳子だけ絵にしてみました。8人の内訳は(順番は名前が出てくる順)
1)藤原兼雅の妻
2)建礼門院徳子
3)藤原基実(近衛家の始祖)の妻・盛子
4)藤原基通(基実の嫡男・母親は3)ではない)の妻
5)藤原隆房の妻
6)藤原信隆の妻
7)厳島内侍の娘・御子姫君
8)常盤の娘・廊の御方
このなかで、3)の夫・基実は、平治の乱の勝ち組・藤原忠通の嫡男です。小学校高学年くらいの年に既に青年(しかも子持ち)だった藤原基実と結婚したものの、結婚後すぐに夫が死んでしまう悲劇の女性。その莫大な遺産の相続問題で、清盛と後白河の間にすきま風が吹きます。この話はまたあとで。

4)は、基実の息子・基通と結婚しました。肌がとってもキレイで有名だったそうな。平家の都落ちのときに自分の旦那を逃がして、自分だけ一門について行きます。(逃がしたのではなく、旦那が勝手に逃げ出したという説も)

7)は後白河院に入内。このあたりの経緯は、また高倉院崩御あたりで出てきますのでお楽しみに♪
8)は、つまり、義経の異父妹ですね。常盤は身分低い女官ですから、その娘である彼女は1)の夫・兼雅のもとで高級女官として過ごします。もちろん兼雅のお手つき。
姉妹丼かよ!って思っちゃうけど、むしろ当時の感覚だと「まとめて面倒みる甲斐性あります」みたいなもんだったのですかね。

さて。徳子様はあまり派手じゃない顔立ちにしました。この後すぐに多子さまやら祇王・仏御前やら美女がいっぱい出てくるし。
なでしこの花(のつもり…)を背負ってるのは、「平家花揃」で彼女がこの花に喩えられてたからです。なでしこの花って、お花屋さんで花束にしてもらうタイプの花じゃないし、綺麗というよりもかわいらしいイメージと言いますか、天皇の后になる人を喩えるには地味な気がします。

でも、『源氏物語』では皆が口をそろえて美人だ、見れば見るほど美人だと評価する、玉鬘がなでしこに喩えられてますね。ってことは、私がいま持っている「なでしこの花」の印象よりも、もっと華やかで、ある種の「強さ」もあるイメージだったのかな。春でも秋でも花が咲くので、縁起がいいから当てはめてるだけかもしれませんが。