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【平家物語】巻03_12 無文


重盛はその優れた人格ゆえか不思議な力もあったようだ。
4月のある日、父・清盛の首が春日大明神によって召し取られるという、一門の滅びを予見するかのような夢を見たこともある。この夢については、部下である妹尾兼康も同じものを見たそうだ。


その翌日、重盛は院の御所に出仕しようとする我が子・維盛を呼び止め、腹心の平貞能に命じて、錦の袋に入った太刀を与えた。
維盛は、平家に伝わる「小烏の太刀」かと胸を躍らせたが、その中身は、大臣の葬送に用いる、装飾を排除した「無文の太刀」であった。

父(清盛)の葬送用にあつらえていたが、自分がそれを使うことはないので、お前に与えると告げられ、維盛は悲しみで胸つぶれ、そのまま出仕を取りやめ涙にくれた。

これも重盛の予見のうちであったのだろう、5月に熊野参詣に向かった重盛は、帰京後に病に倒れ、帰らぬ人となったのだ。

1179年の春に俊寛が鬼界ヶ島で死去。
5月に辻風、その後熊野詣に行って、その夏に重盛は亡くなってしまいます。この章段で語られるのはそのちょっと前の話ですね。
未来を予見…みたいに書かれてるけど、ノイローゼ状態であらぬ幻覚を見てたんじゃないかと心が痛む…。

春日大明神というのは、藤原さんちの氏神です。その神様に父親の首がとられる夢を見る…って、予知夢というよりも、父親と、貴族&院たちの間に立って精神すり減らしてたんじゃないだろか。
彼と同時期に、「摂関家の財産をかすめとった」扱いされて陰口たたかれてた妹・盛子も亡くなってますし。

今回の漫画ですが、重盛はわりと描く機会が多かったのに常に眉根を寄せた表情だったので、笑顔が描きたかったんですよ。ようやく描けた。
維盛との会話は熊野詣より前の出来事なので、病に倒れる前ではあるのですが、この時期から体調万全ってわけでもなかったのかな…と思って、ちょっとやつれた感じで描いてます。

維盛を呼び寄せた重盛は、「こんなこと言ったら親ばかって言われるかもしれないけど、お前はうちの子の中でも特によい子」って維盛のことべたぼめなんですよね。
何をそんなに褒めてるんだろうと思うと、その後で
「杯をすすめようと思うが、お前はきっと親より先には飲まないだろうね、いい子だから」
と言ってるので、維盛の礼儀正しさとか謙虚さとか、そういうところを褒めてるようです。

維盛って正直そこまで絶賛されるほど優秀なのか!?って思うんだけど、彼のちょい押しが弱めな性格をわかってて、背中を押すつもりで言ってるのかもなって思います。

重盛は維盛のこと、不安だったのかも…と思います。
重盛は時子腹の子どもたちのほうが前に出てくる中で、清盛嫡子としての自分の立場をどう置くか、すごく悩んだでしょう。
で、維盛も、どうやら母方がそんなに力のあるお家じゃないようですよね。だから、一時期資盛のほうが嫡子扱いだったんじゃないかという説もある。
ただ、そこで資盛を嫡子にしちゃったら、重盛は自分の清盛嫡子としての正当性も否定することになっちゃうから、維盛を嫡子にするとは思いますが。正しさを重視する性格なら猶更。そういった、立場が複雑な維盛への心配もあったと思います。

あともう一つ、これはもう妄想なのですが……。
維盛の、他人の不幸に中てられちゃうような、よく言えば感受性が高く、悪く言えばメンタル弱いところって、実は重盛の性格そのものだったんじゃないかなと。
重盛は、それを強く見せようと無理に頑張って、生真面目に自分のキャラを構築しなおして、でもそれがつらくて病んでいった。だから、維盛を見ていて、この息子はどうなっちゃうんだろうと心配でしょうがなかったのかも…とか想像しちゃって。

維盛のいいトコロって、誰からも「あの人マジできれい」って言われる美青年なんだけど、イジられキャラに甘んじてるところだと思います(笑)。
右京大夫に付き合ってた女の子ふったことをあてこすられたときのやり取りとか、もうちょっとクールに対応できそうなのにそうでないところが、「素直な人なんだろな」って思う。
「小烏もらえるのかも!」ってワクワクから突き落とされて、気の毒(涙)。しかしこんな理由で仕事休むなよ…。

ちなみに、「小烏の太刀」は今も宮内庁の御物として伝存してるそうです。

ここでは維盛には渡されてないわけですが、巻十で重盛死後に維盛にまでは渡ったことが書かれています。
ただ、維盛が六代に渡したのかどうかは不明。渡すとしたら都落ち前なので、巻十の時点で六代が持ってなきゃいけないのですが。