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こんばんは 今日は眠れなそうなので久しぶりに書こうと思います 内容はかなり薄い 文はきっとめちゃめちゃ でもまあ いいです 私は誰かに向けて書いてるわけではないからね たぶん

今日、小出祐介さんが夏の終りに秋の背中が見える(ニュアンス)みたいなことを書いていてこの人のことば選びはほんとうに素敵だなと思いました 言葉ってすごいですね

新しい仕事が決まったことは前にも書いたけど、
新しい仕事を始めるということは、今の仕事を辞めなきゃいけないということになる 辞めることに後悔はしてないのに私は何故かずっと後ろを振り返っている ほんとうにいいの?ほんとうに大丈夫なの?後悔しない?って もうひとりのまじめな自分が言ってる 後悔は多分すると思う これは正直に話す 私は私の今までやって来たことを無駄にはしたくなかった 無駄だと思いたくなかった まじめな自分は半分意地でロボットみたいに毎日を生きていた 毎日もう限界を繰り返すけど 毎日毎日繰り返して 毎日毎日それが当たり前になって 会社で泣かなかった日はめずらしいなって思うようになった 泣かなかったよ!って誰に報告するわけでもなく 心の中のお母さん、おばあちゃんに言って、今日も頑張ったねって自分に言って、日付が変わるギリギリの時間、車通りが多い駅までの道を歩く毎日だった 車が行き交う交差点で、もし、この時、私に車がぶつかったら 働かなくていいのかなあと 骨折でもしたら 少しは休めるのかなあ と そんな事ばっかり考えて でも自分から飛び込む勇気もなくしっかり赤信号で止まり、青信号で進んだ 真面目だからね それでも後悔する わたしは絶対に後悔する 分かってる だって勉強した 資格も取った 我儘聞いてもらって学校に入れて貰った 親不孝だと今でも思う 今の会社で働くことはわたしの恩返しだった だから 頑張りたかった 頑張ることができない自分が嫌だった あの時に赤色に点滅している横断歩道を渡ることは出来なかったのは 心配してくれている誰か(敢えてこの言葉を選んでいます 家族だけじゃないから)が居るからだった わたしは勝手にその誰かの言葉や愛情や心配を重荷に感じてしまっていたけれど 多分今もちゃんと生きていられるのはその誰かのおかげです 赤信号を渡れず、青信号を渡る 生き方は正しい 社会のルールだから というか法律だね、そもそも

数日前、上司に『皆の前で最後挨拶の時間設ける』と言われてからちょっとメンタルが終わった その前はわりと元気だった(気がする) 仕事も採用されたし仕事も辞められるしHAPPY✌️😎✌️と思ったり 自分は何だって出来るんだぜ!!!と思ってハイになったりしていた けど 現実甘くない みんなの前で「仕事のし過ぎで鬱になっちゃいました!皆さんも労働時間には気を付けましょう!」と言える女なのであればこんなんになったりはしてないし、「一身上の都合で〜」みたいな挨拶もしたくなかった ていうか、できないなと思った だって絶対泣くじゃん 40人の目の前で 私のメンタルを殺した人も私に優しくしてくれた人も居る前で泣いたら空気はお通夜だし 「かわいそう」って思われるのか「そんな風に見えなかったw」と笑い飛ばされるのか そもそも鬱って隠されてる可能性が高いから 社会人として当たり障りの無いことを言って穏便に終わらすことが正なのか ぐるぐる考える 昼も 夜も 夢の中でも考えてた だけど結論無理だった 労いの言葉を掛けられても、仮にごめんと謝られても(絶対無いが)その言葉はずっと呪いみたいに付きまとってくるだろうから もう極力関わりを持ちたくないと思った 社会人としては正しくは無いんだろうと思った けど 上司に無理だと言った 深夜に泣きながら書いたクソ長文をLINEで朝に送ったら無理強いはしません だけ来たからじゃあやりませんと思った 理解はしてもらわなくても良い だって分かんないよね これはひねくれてるわけではなく、純粋に分かんないよ 誰も だって私も分からなかったもん お姉ちゃんがそんな環境になったとき 理解できなかったもん だからずっとお姉ちゃんのことはずっと後悔してる 気付けなかった 今は元気みたいだからよかったけど でも本当のところは分からないから心配だなとも思う 

で、今日書きたかったのはそこじゃなくて
自分は躁鬱なのかと思い始めているんだけど これって自己判断が難しい様な気がする わたしは最初メンクリで診断されたときに抑うつ状態(うつっぽい感じ)だったけど知らない間に診断書には鬱になってて(まあこれは会社提出に伴いお医者さんが書き方工夫してくれたのかもなんだけど)、結局自分って今、何なの?と思うことが多くなった 前にメンクリに行ったとき、「もう大丈夫そうなんで通わなくても大丈夫ですか?」と言ったわたしはお医者さんに止められたが、お医者さん、止めてくれてありがとうございますと今マジで思う あのね わたしは仕事から離れて新しい職場も決まって鬱状態から抜け出せてると思ってたの 時々漲るパワー!!!!!!!!!!!!!!!!みたいなのもあったりして 自分は何だって出来る!っていう気持ちが回復の兆しかと思ってたの だから減薬したり安定剤飲まなかったりしたりしたけど 今冷静になって考えると躁だった気がする でもそこの判断が自分で分かんない!から躁鬱ってことにする 自分のことをちゃんと理解する 自分のことは自分にしか分からないから よくよく考えると会社でも時々そんな超ハイ!!な日があったりほぼ寝ずに資料作ったりわたしOLやってる〜!みたいな時あったけどその頃からそうだったのかな とか考えて落ち込んだ 心のめんどくささは、甘く見ちゃいけませんね 仕事を辞めたって環境を変えたって 心は続くのだ 嫌なことも辛いことも楽しかったことも忘れなければ蓄積されていくのです!心の病気は脳の病気だと誰かが言ってたがそういうことなのかもしれないですね(?)

また纏まらなくなってきたけど、心のバランスをとるのが最近またつらくなってきたなということ楽しいこともたくさんある 生きてく理由をたくさん作ってくれる人達が居る 心配してくれる誰かが居る それでも 魔が差しそうになる これは残業帰りの深夜に仕事から逃げたくて車撥ねてくれないかなあと思ってた気持ちじゃなくて 幸せなこと、これから楽しいことのために頑張る!という気持ちよりも目先の、たとえば天気が良いからもうこのまま消えちゃいたいな〜っていう穏やかな気持ちがそうさせるような感覚 後者の感覚になった時がちょっと怖くて だって今後者の感覚になりうるときが多いからなあ 幸せを感じる度に なんだかもういっかって思ってしまう 前者よりは幸せなんだろうけどね 

あ、でもこれはわたしが死にてえと今思ってるわけではないことだけちゃんと書いとこう 明日にはきっと元気になってるし 死にたいんじゃなくて消えたくなる気持ちは正直あるけど 結局死にかたも消えかたも分かんないし とりあえず毎日自分の大好きな人と自分が一日が終わってよく眠れてればいいなあって、思いたいだけです 別にずっと塞ぎ込んでる訳でも無い!至って普通・・・は嘘だけどまあ、大丈夫です

note書いたらすっきりした
あしたもがんばるぞ 
ながくなってしまいごめんなさい おわり

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