SUPER EIGHTが爆誕した
人生の半分以上を支えてくれた関ジャニ∞が幕を閉じて、SUPER EIGHTになった
小学生の頃、テニスとどうぶつの森に明け暮れていた日々が一気に華やいだのは、ディズニーランドで歌って踊る関ジャニ∞のおかげだった
どういう経緯であの番組を観たのか全く覚えていないけど、あの日から確実に生活が変わった
NAVERまとめを読み漁り、DVDを買い漁り(母のお金だが…)、占いツクールをずーーーーーっと徘徊していた
もうめちゃくちゃ好きでほんとうに好きでたのしくてたのしくて
気づいたらeighterの親友ができて、家族もeighterになっていて、本格的に生活が関ジャニ∞だった
コンサートの日程とテニスの大会が被ることが何回か続いて、怪我もあってテニスを辞めた
テニスが関ジャニ∞に勝っていたら、どんな人間になっていただろうか 良くも悪くも全く違う人間になっていたことでしょう…
テニスの大会前後に聞くために応援系の曲ばかり入れていたWALKMANから、関ジャニ∞しか入っていないiPod touchに乗り換えた
Twitterを始めて、さらに世界が広がった
マセガキ小学生だったので、Twitterにいるおねえさんたちがほんとうに輝いて見えて、中高生になんとか近づこうと、服やメイクに興味を持つようになった
(確実に、ツイ廃魂をこの時期に培った)
大倉くんに憧れてドラムを始めた
公式のスコアを買って、ひとりスタジオで必死にコピーしたことを鮮明に覚えている
この時期のおかげで今のわたしがある
毎年クリスマスはナゴヤドームで過ごした
もうほんとうに言葉にできないけど、全てが大切な思い出で、思い出すだけでめちゃくちゃ泣いてしまうくらいキラキラの記憶
関ジャニ∞に会うために、CDやDVDを買うために、
なにかを頑張る理由は全部関ジャニ∞だった
ブログや雑誌の一言で励まされ、現場のおかげで生き延びてきた
番組の卒業でご飯が食べられなくなり、熱愛報道のショックで高熱を出した
当落のために全ての行動を改め、震える手で電話をかけた
人生だった
イフオアの千秋楽は一生忘れることはない
2018年のいつだったか、家族旅行の最中、伊豆シャボテン公園に着いたときにすばるくん脱退のニュースを知った
すばる担の親友と電話で大号泣し、シャボテン公園の記憶はカピバラしかない
あの日に全てが変わった
その後もオタクは続けていたけど、本人たちも、周りのオタクたちも必死でしんどそうで、確実に何かが変わっていた
あの頃憧れた高校生のオタクになり、遠征範囲も広がり、なのにあの頃のドキドキワクワクには敵わなかった
7人が6人になって、6人が5人になった頃、もう見ていられなくなってしまった
満身創痍の彼らを見るのが耐えられなかった
ここで応援し続けるのがeighter!みたいな風潮にも耐えられなくなった
みんなが前を向いているのが怖かった
あの幸せな時期に縋りっぱなしで、全然前なんて向けなかった
現実を見ることができなかった
結局そのまま7人の亡霊になって、超ゆるオタになってしまった
もう、あの頃の7人はいないし、戻ってこない
もう、関ジャニ∞は戻ってこない
どうしてみんな受け入れられるの?
6人になったときも、5人になったときも、関ジャニ∞という名前が幕を下ろすときも、みんなしんみりしてみんな死にそうだったじゃん
なんですぐ前を向けるの?
わたしはどうして過去に縋り続けてしまうのだろうか
わたしだって受け入れたいし、変化を歓迎したいし、前に進みたいよ
関ジャニ∞だけじゃない
みんなみんな、どんどん前に進んでいくから、わたしばっかり置いていかれる
まだそんなこと言ってんの?ってもう聞き飽きたし自分でもわかってるよ
でも、大切すぎて、目を離したくないの
前に進んだら、あの大切な時間までどっかいってしまいそうで
なんでみんな前を向いているの?
どうやったらみんなと同じようにできる?
どうやったらわたしは普通になれる?
くるし〜、たすけて〜、
縋るような過去をわたしにくれたみんなが悪いよ!と言いたくなる
青春のすべてが終わっていくのを、全く受け入れられずにいる
すばるくんも、亮ちゃんも、あいつも、こいつも、そいつも、みんなまだ恨んでるからね
わたしだって早く前に進んで楽になりたい
戻らない過去を大切にしつつ、今や未来を楽しむことができるようになりたい
未来に希望を持ちたい
みんな哀れな目で見るんでしょ
おまえらにはわかんないだろうねこの気持ちが
くやしい
書いてたら涙が止まらなくてもう文章がダメです
さようなら
ふつうに、なんか、過去の受け入れ方、前に進む方法、おしえてください
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