見出し画像

転機


 ダサくて惨めな話になるが、今日は俺にとって転機となった日の話について書こうと思う。

 20半ばに差し掛かる頃、俺は新宿歌舞伎町でスカウトマンとして人生を謳歌していた。 

 毎日スカウトをしながら、捕まえたキャバ嬢とセックスしたり、深夜になればスカウト仲間と集まって行きつけのカラオケバーで朝まで飲み続けるような生活を送っていた。

 金もあるし、女にも困らず、仲間もいる。俺はすこぶる調子に乗っていた。

 そんなある日のこと。毎日のように通っているカラオケバーでスカウト仲間と飲んでいると、隣の席に5人組の輩の集団が座った。

 短髪で肌が黒く、入れ墨だらけのザ・輩といった出で立ち。

 うち1人に見覚えがあった。

 学生時代の後輩の友人で、何度か飲んだことがある奴だった。彼の名前を仮に竜太と呼称する。

 知り合った当時は地方のヤンキーというイメージだったが、数年ぶりに再会すると、身体もゴツくなっていて、全身に隈なく和彫りが入っているせいもあってか、随分と威圧感があった。

「久しぶりじゃん」
「お久しぶりっす!」

 互いに酒も入っていたため、フランクに挨拶を交わす。

 歌舞伎町の深夜のカラオケバーは、店によって集まる客層が異なる。俺たちが根城にしていた店は、スカウトか輩、ヤクザばかりが集まる柄の悪い客層ではあったが、その分女性客は美人が多かった。

 客層が悪いわりに喧嘩があまり起きなかったのは、互いに毎晩顔を合せるような常連客ばかりだったからだろう。お互い素性はよく知らぬまま、一緒にカラオケをしたり、飲むこともあった。

「よく来んの?」
「俺は初めてっすね。ツレがたまに来るらしくて」
「そーなんだ」
「三橋くんはよくいるんすか?」
「俺は毎晩いる」

 そんな風に、最初は和気あいあいと喋っていた。

 その日は偶然、俺たちも男5人で飲んでいた。全員部下や後輩たちで、彼らも血の気が多い輩ばかり。

 なんとなく、何かが起きそうな気配はあった。

 その頃の俺は、ジムに通っていたものの、週に1、2回トレーニングを軽くする程度で、胸板も薄く、筋力も大して無かった。

 一方、俺の部下や後輩たちは地下格闘技に出場したり、体格に恵まれていたり、筋トレを毎日やり込んでいる連中ばかり。

 そんな男たちを束ねているという自信があり、自分自身はショボイ癖に、随分とイキがっていたように思う。

 竜太たちの仲間も、ほぼ全員ガタイが良かった。聞けば、竜太自身もキックボクシングに夢中になっていて、他の仲間たちもボクシングや総合格闘技に精通しているらしかった。

「三橋くんはまだスカウトっすか?」
「相変わらず。竜太は?」
「・・・まあって感じっすね」
「オレ?」
「そんな感じっす」

 当時はオレ詐欺がまだ流行っていたため、水商売から詐欺に転身する人間が多かった。竜太も昔はキャバのボーイをやっていた筈だったが、会わぬ間にそちらの世界に踏み込んだのだろう。

 それから一時間ほどは、互いに親しいスタッフと喋ったり、飲んだりカラオケをしていた。

 俺たちの席にも竜太たちの席にも、それぞれグループ内の誰かが呼んだキャバ嬢が数人集まり、楽しく場を過ごしていた。

 異変が起きたのは、真夜中の時間帯だった。

 俺たちの席にいたキャバ嬢の1人が泥酔し、持っていたグラスを床に落としてしまったのだった。

 ガラスが割れる派手な音がして、店内が一瞬シンとなる。

 その数秒後、竜太たちの席にいたうちの1人が、「気をつけろよ!」と怒鳴り声をあげたのだった。

 どうやら床に落ちたグラスから、中身の酒が撥ねて僅かにその輩にかかってしまったようだった。

 そのキャバ嬢の連れの女性と、彼女達を呼んだ俺の後輩が即座に謝った。

 その場はそれで済んだが、明らかに店内のムードが変わり、気まずく感じたのか泥酔したキャバ嬢たちはしばらくして帰宅した。

 俺自身もかなり酔っていたため、記憶が途切れ途切れだったが、表面上はお互い何事もなかったように飲んでいたものの、時折視線が行き交うようになり、徐々に剣呑な空気が醸成されていった。

 夜が深くなればなるほど、アルコールの量も必然と増える。店内にいる人間で正常な思考を持った人間がどんどん減っていくため、危険な時間帯だった。

 そんな状況下で、事件が起こった。

 俺がトイレに立ったとき、竜太側の1人がちょうどトイレから出るタイミングだった。彼が俺に気づき、一応目上であることを知っていたためか、「どうぞ」と頭を下げた。

「うす」と返事をしてトイレに入ろうとした瞬間、俺は顔面に物凄い衝撃を受けて床に倒れていた。

 不意に殴られたため、最初は何が起きたのか分からなかった。

 直後に「こっちが頭下げてんのに偉そうにしてんじゃねえ、殺すぞ!」と怒声が上がり、ようやく状況を理解する。

 生暖かいものが口に入ってくるため手で拭うと、鼻血がべっとりと手のひらにこびりつく。

 怒りで血が上り、その瞬間からしばらくの間は記憶がない。

 後に後輩に聞いた話によると、俺が殴られたことに気づいた後輩の1人が激怒し、殴った輩に突進して揉み合いとなった。

 俺の方には竜太がすぐに駆け寄り、謝罪したらしい。

 カラオケバーのスタッフを含め、それぞれのグループで冷静な人間が数人いたおかげで、その場はすぐに収まったらしいが、不条理に殴られた俺の怒りが消えることはなく、俺と竜太は店の外に出たという。

 そのあたりの記憶も曖昧なのだが、次に覚えているのは、竜太にマウントを取られた状態で頭突きと拳を顔面に喰らっている瞬間だった。

 仲間の愚行を詫びた竜太に対して、俺が軽く手を出して詰った。すると今度は竜太が激昂し、俺は返り討ちにあったようだった。

 そんなダサイことってある?と今でも思う。

 今でも覚えているのは、あがこうとする腕を物凄い力で押さえつけられ、抵抗できないままに顔面に何発も頭突きや拳を喰らい、「俺の力じゃ到底勝てないや」と思ったこと。

 しばらくして異変に気付いたスタッフや後輩たちが駆けつけ、俺は救出されたのだった。

 情けないことに、俺は手も足も出なかった。

 学生時代の後輩の友人である竜太やその仲間たちの理不尽な暴力に屈し、なすがままだった。

 確かに竜太の友人というだけで俺が偉そうにする立場でもないのは分かるのだが、酔っていただけで横柄な態度を取ったつもりはなかった。

 相手の輩も相当酔っていたらしいので、単純に酔っ払って喧嘩を吹っ掛けただけなのか、それともグループのボス格の俺を狙って一発カマそうと思ったのかは、今でも不明である。

 その後は後輩たちと竜太のグループでひと悶着があったが、当事者の俺は戦意喪失していた。

 後輩や部下の見ている前で、年下の輩になぶられた俺は、立つ瀬がなかった。これほどまでダサく、屈辱的なことはないだろう。

 その後も後輩や部下はその日の出来事を無かったように振舞ってくれたが、俺はどうしても無力だった自分が許せなかった。

 顔の腫れが引いてから筋トレをするようになった。

 悔しさが原動力となり、最初はパーソナルトレーナーをつけてがっつりと肉体を追い込んだ。

 三ヵ月ほど続けていると、明らかに胸板が厚くなり、二の腕が太くなった。

 それから15キロ近く増量して、見た目が一変した。

 人は転機がないとなかなか動けない。

 俺の場合は惨めで情けない体験が強烈な悔恨を生み出し、転機となった。

 今ではピーク時より7キロ程痩せたが、それでも痩せていて無力だった頃とは全く違う。20半ば以降は、あれより情けない体験はもう味わったことはない。

 俺のような体験をするまでもなく、この記事を読んだ方はぜひ身体を鍛えたり、ダサい思いはしないように気を付けて欲しい。

 今でも筋トレをしているときや、ミット打ちをするときなどにあの日の情けない自分を思い出し、自分の弱さに対する怒りが原動力となって、力が漲ってくることがある。

 俺の惨めな体験ではあるが、これを読んだ誰かの転機になれば嬉しい。


 noteのイイネとフォローを頂ければ、次回の執筆のモチベーションに繋がります。面白いと感じてくれた方はぜひ感想をTwitterで頂けたら嬉しいです。

 三橋
 https://twitter.com/kyoukararoppong

 このnoteの作者のプロフィールはこちら

 過去の無料noteを以下に置いておきます。この記事を気に入って頂けた方はぜひご覧になって頂けたら幸いです。

渋谷でカラーギャングに半年間追い回された話。前編。

 高校時代の危険なバイト。前編

や〇ざにガチで詰められた話。

22歳ミス〇〇のアイドルとの1年間に及ぶ戦いの記録。

 また、「美女ナンパとお金」に関するTwitterやnoteでは伝えられないコアな情報を配信するメルマガを無料で配信中。非公開にしている記事もメルマガ内で公開。

(→無料メルマガ登録はこちら

 

 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?