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入院していたばあちゃんが亡くなったと連絡がきた。
去年90歳を迎え、大晦日から体調を崩して入院していた。病院の中で迎えたであろう元旦。
父方のばあちゃん。いつもお正月には親戚がたくさん集まって、ご飯を食べてのんびりして、またすぐご飯を食べて。大広間の畳に座るのが大変になってからは、あまりみんなと同じテーブルに来なくなったけど、それでも中心はばあちゃん。

去年まで畑仕事はしていたと思う。
けんちん汁とか、おはぎとか、たくさん作って待っててくれるばあちゃん。最近はそれも難しかった。
どんどん痩せて、柔らかいおまんじゅうも手に取れない姿も見て、それでも会いに行くたびに「めんこくて誰だかわかんなかったよ〜」と笑うばあちゃん。

いろんなおめでたいことがあるたびに、ばあちゃんの近くに写真が増えて、おもしろいなと思って。お父さんが相撲取りだったらしいばあちゃん。その時代にしては珍しいなとみんなで笑った。

みんなに元気をくれるから、サマーウォーズのあのおばあさんのようだと勝手に思っていた。畑広いし。土地めちゃくちゃだし。親戚多いし。

私に、「野」の字をくれた。その時代にしては、おしゃれな漢字を使ったばあちゃんの名前。
じいちゃんは私が生まれる前に亡くなってるから、もう24年以上はひとりだったんだね。


直接亡くなるときを見たわけじゃないから、なんとなくぼんやりした気持ち。
遠くにいる人が、もっと遠くに行ったような感じ。安らかな顔をしていたそうだから、よかった。


母方のひいばあちゃんが亡くなったときも、同じようにぼんやりした気持ちだった。
小学生にはなってた気がする。夜ご飯中に電話で連絡を受けて、亡くなったことを知った。
100歳まで生きて、最期は施設に入っていた。弱っていくよしばあちゃんを見るのは、小学生の私には受け入れ難かった。
お葬式で初めて母方の本家の家に行って、なんか広い家だなーと思った。庭という概念ではない。
人がたくさんいたし。井戸あったし。

母方のばあちゃんは70歳過ぎたくらい。じいちゃんは今年80歳になる。「年寄りみてえだから80なんて思わね。心は18だ」が口癖。年寄りではあると思うのよ。
二人とも大晦日前にコロナに感染した。びっくりした。お葬式でじいちゃんがもらってきたらしい。お葬式でもらうのはなんかやだな…
じいちゃんは高血圧と心臓があまり良くないのにヘビースモーカー。ばあちゃんは膠原病。二人とも運転もするしよく食べるし、健康。コロナがひとまず治ってよかった。

実家は二世帯住宅で、下に母方のじいちゃんとばあちゃん。上に家族。
両親共働きだから、ずっとじいちゃんとばあちゃんが面倒見てくれてた。母の味はほぼばあちゃんの味です…母の味もあるけど。
一人暮らししたくて大学で上京して、でもじいちゃんばあちゃんに会いたくてたまに帰るような。

結局、今もじいちゃんばあちゃんの介護という仕事を選んだ。抵抗はなかったし、なによりお話してるのが本当に楽しい。
亡くなったばあちゃんに9月くらいに会いに行ったとき、あんまり歯を出して笑わないばあちゃんがニカっと笑ってくれて、一緒に写真を撮った。
耳が遠いからあまり話に入ってこなくなったけど、私の会話術(仕事で得た技術)で、話をたくさんできた。この仕事選んでよかった〜と思えた。

仕事をしてても、いろんなじいちゃんばあちゃんがいる。若年性アルツハイマー病の方もいる。お話好きな方も、声が大きい方も、よく食べる方も、お風呂が好きな方もいる。反対もいる。
ひとりひとりに、いろんなことが詰まっていると思うと仕事頑張ろうと思える。しんどいときもあるけど…

得たものを、いろんな形でいろんな人に返していきたいと思う。

言葉にしたら、ちょっと楽になった。
じいちゃんばあちゃんの話、おわり。

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