千と千尋の神暴き

千尋と両親が異界に入っていく。

千尋の両親は餌を食べるが、ちひろは異界の雰囲気を察してか、それとも子どもの直感か餌を食べない。

両親は見事な豚になるが、仏教の三毒では豚は痴、無知や愚かさの象徴。

ただ千と千尋では豚は貪欲の象徴のように使われていると思う。

子どもには社会が教え込んだ無駄な欲望はないので健全であると言いたいが、最近はどうなんだろうか?最近の子どもはお金やスマホゲームのパワーの虜に幼い頃からなっていると思うのだが。

人は大人になるにつれて欲望を身につけていく、 ヴィトンのバッグやフェラーリ、そんなの要るのか。

この世界で生き延びるには、そして両親を助けるにも 、ボイラー室の釜爺の所で「働きたいと伝える」こと。

断られても粘る、ここでは仕事を持たないものは湯婆婆に動物にされてしまう。

湯婆婆はここを支配している魔女。

ボイラー、釜なので、象徴はもちろん火の元素であり意図。

働くことが重要。金を稼がず文章ばっかり書いているニートが言う言葉ではないけど、それが存在理由になる。

自分の内面やインドへ自分探しの旅に行って、本当の自分に出会うことはない。

存在理由は他人が与える、他人が必要としてくれることの中にあるのではないか?

千尋が湯婆婆の元で働きたいという。湯婆婆は断る。

しかし千尋は大声で仕事を求め続ける。

すると湯婆婆の子供、坊が暴れて泣き叫ぶ。

千尋は仕事をくれと必死である。

すると湯婆婆は静かにしてくれ、分かったからと千尋に仕事を与える。

湯婆婆の坊とは湯婆婆の中の赤ちゃんであり、それは新しい可能性を意味する。

千尋が今までにない意図を発することで、湯婆婆という年老いたルールに従うことしかしらない頑固婆の中に未知の可能性が生じたのだ。

湯婆婆は相手の名前を奪って支配する。名を奪われると帰り道がわからなくなる。 ハクは名前が思い出せない。

湯屋は妖怪、色々な欲望を洗い流す所。

腐れ神にゴミが刺さっている。神様、地球にゴミを捨てて腐れ神に。名のある川の主が腐れ神。

妖怪どももカオナシから金貨をもらう。

カオナシは底なしの欲望。カオナシはネット社会の闇、匿名の攻撃、匿名の欲望。

欲望がない千だけがカオナシから金貨を受け取らない。

千は両親にあげるはずの薬をハクとカオナシにあげて、豚の親を救う方法がなくなる。

そして千はハクを助けるために旅に出る。旅立ち、決断、意図を定める。それは誰も助けてくれない。

その時帰りの切符は用意されていない。

銭婆はいいお婆。「私の本当の名前は千尋って言うんです。」いい名だね。自分の名前を大事にね。

一度会ったことは忘れないものさ、思い出せないだけで。


ハク、聞いて。お母さんから聞いたんで、自分では覚えてなかったんだけど、私小さい時川に落ちたことがあるの。その川はもうマンションになって埋められちゃったんだって。でも今思い出したの。 その川の名は、その川はね。コハク川、あなたの本当の名はコハク川。

千尋、ありがとう。私の本当の名はニギハヤミコハクヌシだ、ニギハヤミコハクヌシ。

すごい名前、神様みたい。

私も思い出した、千尋が私の中に落ちた時の事を、靴を拾おうとしたんだよ。

そうコハクが私を浅瀬に運んでくれたのね、嬉しい。

名前を思い出す必要がある。

海や川や大地の名前を。森や花や空気の名前を。そして人、八百万の神様の名前を。

名前を思い出す必要がある。

自分自身の神様の名前。会話する必要がある、夢の中で。つながりを取り戻し名前を思い出すことから、奇跡という名の冒険が始まる。

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