見出し画像

法学部における学修成果?


前書き

 前回の記事で家庭菜園に関する1万字を超える研究成果(笑)を投稿しました。でも僕は法学部生なのでまぁ農業は全くもって関係がない世界なわけですよね。専門外のことを書くなんて大学で何も学んでいないのかと言われちゃいそうです。でもまぁほどほどには学修しているのだよ?ということで今回は社会福祉政策に関するレポートを投稿します。このレポートの中で僕はベーシックインカムに対して肯定的な立場から述べていますが、正直言ってこの問題に関しての自論はないため、仮に肯定の立場から考えたらこんな風になるんじゃないのかという思考実験として書かれたものだということにご留意ください。即ちこれはベーシックインカムの良さを発信することを目的として書かれたものではありません。また、高校時代ディベートをやっていた影響もあり立論とよく似た構成を取っています。恐らく構成上ちゃんとしたレポートの書き方にはなっていないと思うので、レポートを書く際の参考にもならないことも併せてご留意願います。引用に関しては相当注意を払って行っているつもりですがもし不備があればご指摘ください。

本編:日本は生活保護制度を廃止し新たにベーシックインカムを導入すべきか

1 はじめに

 本レポートでは日本は生活保護制度を廃止し新たにベーシックインカムを導入するべきかという論題について肯定の立場から分析を行う。そのためにまずベーシックインカムに対して想定される反論とそれに対する反駁を述べる。次に生活保護制度の問題点を指摘しその後ベーシックインカムの導入方式について説明する。さらにベーシックインカムがどのように生活保護制度の問題点を解決していくか分析した上で、まとめとしてベーシックインカムの重要性を述べる。論点は生存権保障・格差是正・労働意欲を主とし、ベーシックインカム導入によって生じるメリットが導入によって生じるデメリットを上回ることを示す。

2 問題提起とその意義

 本論題について分析を行うことの意義は生活困窮者(その国の文化水準、生活水準と比較して困窮した状態である相対的貧困の状況に陥っている人々のことを指す)の生存権の保障をより合理的に実現できる政策が選別主義的な生活保護制度なのかそれとも普遍主義的なベーシックインカムなのか決着をつけることができる点にある。またこの疑問は田中世紀氏の著書「やさしくない国ニッポンの政治経済学」を読む中で、氏とは違うアプローチからベーシックインカム導入の是非について論じることはできないかという挑戦心から湧いてきたものである。

3 語句解説と問題提起の設定

 ここで本レポートにおいて登場する用語に関して解説を加える。
 まず生活保護制度は「生活に困窮する方に対し、その困窮の程度に応じて必要な保護を行い、健康で文化的な最低限度の生活を保障するとともに、自立を助長すること」を目的に、「厚生労働大臣が定める基準で計算される最低生活費と収入を比較して、収入が最低生活費に満たない場合に、最低生活費から収入を差し引いた差額が保護費として支給」されるという社会保障制度である。(厚生労働省 不明)
 次にベーシックインカムは「収入や資産の多寡にかかわらず、また、働いているかどうかにも関係なく、個人に現金を給付する」と定義される社会保障制度である。(田中 2021 89)また選別主義とは支援を必要としている人々にのみ資源(社会保障費)を投下しようとする立場で、反対に普遍主義とはすべての人に平等に資源を分配するという立場を表している。福祉政策における考え方は選別・普遍両主義に代表される。
 したがって、生活保護制度は資力調査を行い基準を満たした者のみに支援を行う制度であるという点で選別主義の考え方に立脚した制度であることが分かり、ベーシックインカムは無条件にすべての人々に給付を行うという点で普遍主義の考え方に依った制度であると分かる。本レポートで生活保護制度とベーシックインカムとを比較するのは両制度が福祉政策において中心的な理論である選別主義と普遍主義とをそれぞれ代表しているからである。

4 導入によるデメリットと反駁

 ここから現行の生活保護制度を廃止し新たにベーシックインカムを導入すべきだとする議論を展開していこうと思うが、その前にベーシックインカムの短所について検討しておきたいと思う。
 まずベーシックインカム導入において最大の問題であるとされるのが財源を確保できるかという問題である。この問題を解決できなければ机上の空論と言われても仕方がない。しかし、財源確保の実現可能性について有力な試算がある。ベーシックインカムについての研究を行ってきた学者小沢による小沢モデルでは「個人所得税における所得控除の廃止と累進税率の比例税制への転換」という考えに立ち、「国民一人当たり「月額 8 万円」の給付を実施する。財源は定率45%に設定された所得税と社会保障給付費のうちベーシック・インカムに切り替えられる額によって準備する。このように制度設計を行えば十分受け入れられる案になる」(成瀬 2012 29)と結論付けられており財源を確保することの実効性は担保された。
 次に定率45%の所得税を導入することで増加する税負担が月額8万円の給付費を超えた場合むしろ生活困窮者の生活は苦しくなるのではないかといった批判が想定される。しかし、所得税が定率50%まで引き上げられたとしても福祉政策が救済の対象とする貧困層にはベーシックインカム導入が所得の増大をもたらすといった分析がある。「税控除を全廃して所得税を一律50%に引き上げる。小沢の計算によれば、このような増税をおこなっても、年収700万円までの世帯はベーシックインカム導入により再分配後の所得が増大する」(宮本 2021 97)したがって、所得税が定率50%の世界でもベーシックインカム導入で貧困層の所得が増加するのならば所得税が定率45%ならなおさら増加すると言えよう。
 また参考までに年収700万円未満の生活を送っている世帯の規模感を示すデータとして2019年の「国民生活基礎調査」を示す。「所得金額階級別に世帯数の相対度数分布をみると、「200~300 万円未満」が 13.6%、「300~400 万円未満」が 12.8%、「100~200 万円未満」が 12.6%と多くなっている。中央値(所得を低いものから高いものへと順に並べて2等分する境界値)は 437 万円であり、平均所得金額(552 万 3 千円)以下の割合は 61.1%となっている」(厚生労働省 2019)つまり少なくとも61.1%の世帯はベーシックインカム導入によって恩恵を受けると言え、この61.1という数字は平均所得金額(552 万 3 千円)以下の所得の世帯の割合を示しているので700万円という額を念頭に置くと61.1%を超える世帯がメリットを感じられる制度であると言えそうだ。
 ただし年収700万円を超える世帯の人々からの賛同を得られないといった問題も考えられる。なぜなら、ベーシックインカム導入によって所得が減少することになりメリットを感じられないからだ。しかし朝日新聞によって消費税が10%に引き上げられた2年後に行われた世論調査で「消費税については「10%のまま維持する方がよい」は57%で、「一時的にでも引き下げる方がよい」の35%を上回った」(君島 2021)との結果が出ているようにベーシックインカム導入に伴って所得税を増税したとしても、当初は反対意見も多く聞こえるかもしれないが次第に人々は増税を受け入れていき批判も次第になくなっていくものと考えられる。
 またベーシックインカム導入に対する有力な批判として勤労意欲の低下があげられる。働かくなくとも最低限の生活を維持できる月額8万円の給付金があれば誰も働くインセンティブを見いだせなくなるのではないかといったモラルハザードの問題だ。しかし、「従来型の社会保障では,受給者は働いて賃金所得を多少でも増やすと,給付を打ち切られるおそれがあり,そのため「失業の罠」に閉じ込められ,就労のインセンティブを失いがちである」(伊藤 2011 112)というように勤労意欲低下の問題はむしろ現行の生活保護制度に固有の問題なのではないかといった指摘がある。つまり、働くことによって賃金を得た場合、生活保護の受給基準は極めて厳格であるため打ち切りの対象になる可能性がある。仮に得た賃金が生活保護の給付金と大差のない金額である場合、働かず、楽に暮らして給付を受ける方が得だと考える者がいてもおかしくないという理論だ。
 しかし、ベーシックインカムは働くことを否定しない制度であるため勤労意欲の阻害要因にはなりえない。言い換えれば、ベーシックインカムは働いて賃金を得ても給付は打ち切られず、働きながら月額の給付金を得られる制度だということだ。さらに、「ベーシック・インカムの導入は人々の労働観と勤労意欲の質の変化を促すと考える。労働意欲が自らの個性や才能をより高めながら社会参加していく人間発達志向型に変わり,それが人々の勤労意欲を向上させる新たな社会的な基盤にもなりうる」(成瀬 2012 30)とあるようにベーシックインカム導入は労働意欲の向上に資するといった分析もある。つまりベーシックインカムによって最低限の生活が保障されることでもっと豊かな生活を送りたいという欲望が現れるようになる。豊かな生活のためにはお金が必要なので人々は働くことを選ぶようになるといったロジックなのだ。
 したがってベーシックインカム導入は生活保護制度が孕む「失業の罠」といった問題点を解決し、人々の勤労意欲を向上させるといった副次的な効果を生み出せるかもしれない。

5 現状分析

 ここから先では生活保護制度の問題点を指摘し、ベーシックインカム導入の方法を説明した後でどのようにベーシックインカムが生活保護制度の問題点を解決するかを示し最後にその問題を解決することの意義を述べることでベーシックインカム導入の重要性を証明したいと思う。
 まず日本ではどれくらいの人々がその国の文化水準、生活水準と比較して困窮した状態である相対的貧困の状況に陥っているのか分析することで福祉政策が対象とする救済の範囲や必要性を確定する。「生活困窮という問題は依然として深刻である。「国民生活基礎調査」でみると、先にも述べたように2018年の相対的貧困率は15.4%と、先進国の中では高水準である。これに対して社会的支出のGDP比で日本を下回ったイギリスの相対的貧困率は10.9%、オランダは7.9%であった」(宮本 2021 78)とあるように日本では6人に1人(つまり、現在の日本の人口は2021年の人口統計によると約1億2550万人なので相対的貧困で苦しんでいる国民の数はおよそ2000万人に上ると推計される)が相対的貧困の状況にあるといえ、標準的な生活を送れていないと分析することができる。また社会支出費がGDP比で日本を下回るイギリスやオランダと比べても相対的貧困率が高いという現状から日本の社会支出が先の2国と比べても効果的に使われていないことが伺える。日本の相対的貧困率は欧米諸国と比べても比較的高い傾向にあるともいえる。
 また「「国民生活基礎調査」で生活意識をみると、2018年では24.4%の世帯が生活が「大変苦しい」と答えている。「やや苦しい」と答えた33.3%を加えると、日本では57.7%の世帯が生活が苦しいと答えていることになる」(宮本 2021 79)とあるように数字だけでなく多くの国民が生活苦を実感している状況にあることも分かる。また国民の過半数以上が多少なりとも生活苦を感じている状況は極めて深刻だと言え、相対的貧困とまではいかないが予備軍ではある世帯が多いことも分かる。
 次に生活困窮者が今後増加していく傾向にあるのか減少していく傾向にあるのかを分析することで困窮者問題は喫緊の課題なのか見極める。「総務省の労働力調査によれば、 非正規労働者が全労働者に占める割合は(中略)2011年には35.4%に達しており、全労働者の3割以上が不安定就労層に属することになる。非正規労働者は、社会保険や雇用保険、厚生年金などの社会保障制度への加入も難しく、 業務上の事故で怪我をしても労災が認められないことが少なくない(大山2008:28)。非正規労働者はその雇用形態が不安定であることから、解雇されやすく社会保障制度へのアクセスも困難であるという存在であり、貧困に陥るリスクを抱えている」(岩本 2012 197)とあるように従来型の生活保障制度からはじき出され、社会保障制度を利用できない新しい生活困難層の急増が貧困問題の深刻化に拍車をかけると考えられる。先の岩本の資料は2012年当時のものだが、コロナ禍による雇止めや非正規労働者のさらなる増加が進む現在、新しい生活困難層の増加傾向に追い打ちがかかっている状況にあると言える。したがって、困窮者対策は早めに手を打たないと深刻度が加速度的に増すので、早急の解決を必要とする課題だと言えそうだ。
 しかし、ここで現行の生活保護制度が十分に機能しているならば新しい生活困難層の問題も解決できるのではないかといった質問が飛んできそうだ。答えは否だ。なぜなら「生活保護の全人口に占める受給率は令和3年8月時点で1.63%」(保護人員は2037800人)(厚生労働省 2021 グラフから要約して引用)であり、その結果生活保護を利用する資格がある人のうち、実際に利用している人の割合を示す捕捉率は「政府統計でも 3 割強(厚生労働省「生活保護基準未満の低所得世帯数についての推計」2010年 4 月)、研究者の推計では 2 割弱と、他の先進諸国が公表している捕捉率(スウェーデンでは82%、ドイツでも65%)に比べて極端に低い」(伊藤 2014 42)という結果になっている。つまり日本では他国と比べて生活保護を受ける権利を持った人が権利を行使しない傾向にあると言える。つまり制度としては確かに存在する生活保護ではあるが利用者が少なく貧困者の救済に効果をあまり発揮できていないと言えそうだ。このことが生活保護制度を中心とする社会保障政策が上手くいっていないことの証左である。相対的貧困率の問題が解決されないことは生活保護の捕捉率の低さとも関係があるのかもしれない。ではなぜ生活保護は利用されにくい状況にあるのだろうか。
 生活保護の捕捉率が低い原因として「水際作戦」と「スティグマ」の存在があげられる。
まず「水際作戦」とは「困窮状態で福祉事務所に来た人に対し,保護の申請をさせずに追い返してしまう対応のことをいう。現在の生活保護行政では,いまだに「水際作戦」が行われており,正当な保護利用要件のある人に対して申請を断念させる機能を果たしている」(日本弁護士連合会 2019)「水際作戦」がとられる理由が生活保護受給者を減らし行政の支出を減らすためだとは考えにくい。では一体何が原因か。「ケースワーカーの不足や受給者の増加により仕事量が大幅に増えてしまう問題がある。これは水際作戦という行動に繋がる問題である。ケースワーカーは訪問調査以外にもたくさんの仕事を抱えている。(中略)これをすべてこなすのは困難であるし経験も必要となるが、ケースワーカーの仕事は仕事量の多さや複雑さから非常に不人気で(中略)ベテランがいない、育たない状況にある」(宮本 2009 121)つまり①ケースワーカーの仕事は複雑かつ多忙であること②ケースワーカーの数がもとから絶対的に少ないこと③経済不況により生活に困窮する世帯が増加した結果生活保護の申請が相次いだこと④にもかかわらずケースワーカーの仕事に就きたい人が少ないこと⑤よって一人当たりの仕事量がさらに増えたこと⑥故に役所が対応しきれなくなり「水際作戦」をとるしかなくなったという構造がある。
 次に「スティグマ」について説明する。「資力調査をともなう生活保護などの申請や受給には、つねに恥辱(stigma)をさけられないところがある。申請手続き自体も煩瑣で、その受給を必要とする人びとを躊躇させる傾向にある」(伊藤 2011 112)つまり、生活保護の申請には資力調査と呼ばれる収入状況などの審査を受ける必要があるがこの審査がプライバシーに踏み込んだものとなっておりプライベートの恥をさらしたくないという心理が働き生活保護の申請を躊躇させる。また手続きも複雑で申請を行う気力がそがれてしまうといった要因が生活保護受給の低さにつながっているとする分析である。
 また生活保護を受給することへの後ろめたさや罪悪感といった意味でのスティグマは「報道によって「生活保護を受ける人はずるい人,だらしない人」というイメージが作られ」その結果、「生活保護に対して否定的な世論が形成」されることで生じた。生活保護受給者に対する否定的な世論の高まりは「生活保護受給者の尊厳を傷つけ,後ろめたさや屈辱感をもたらすことになりかねない」(山田 2021 133・134)
 まとめると、「スティグマ」から生活保護の捕捉率の低さを分析すれば①プライバシーに踏み込んだ調査を受けることで恥をさらしたくない②手続きが煩瑣で申請にハードルがある③生活保護に対する否定的な世論により受給を受けることに後ろめたさが生じるという理由が受給の足かせになっていることが分かった。
 最後に現行の生活保護制度の運用状況は制度の理念である憲法25条に明記された「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」を保障する生存権と照らし合わせてもそぐわないものであることを示す。「すべての国民の最後のセーフティネットとなるべき生活保護制度が揺らぎ、福祉の切り捨てや違法な運用が多発している。(中略)老齢加算・母子加算の廃止でみられるように、最低限度の生活を保障するどころか切り下げが行われている。保護を受けていない世帯の水準と比較し最低生活費の切り下げを行うことは、日本の最低ラインを引き下げ、貧困を深刻化する」(宮本 2009 122)つまり生活保護制度の運用状況は生存権の理念に相反しむしろ貧困の深刻化につながっているといえそうだ。

6 ベーシックインカムの導入プラン

 ここまでは生活保護制度の現状分析を行うことで現行の制度の問題点を指摘した。次にベーシックインカムの導入方法を説明する。
①現行の生活保護や失業手当、児童手当、年金など現金給付を伴う政策を廃止しこれらをベーシックインカムに一本化する。ただし、ここでいうベーシックインカムは所得の多寡や就労状況に関わらず無条件にすべての個人を対象として定期的に行う現金給付であると定義する。
②給付は毎月行うものとし一人当たり8万円を給付する。
③税制については税控除を全廃して所得税を一律45%に引き上げる。
④ベーシックインカム導入を前提に給付額分の労働賃金を減額させる企業には罰則を科す。
 ①では先ほど見た「水際作戦」の問題や申請手続きの複雑性の問題を解消するために現金給付を伴う社会福祉制度をベーシックインカムに一本化することで行政の負担を軽減し、またシンプルな構造とすることで給付を行き渡らせることを確実にしようとした。ただし、ここではすべての社会保障制度を廃止しようと言っているのではなく現金給付型の社会保障制度だけをベーシックインカムに一本化しようと言っていることに注意してほしい。すなわち現金給付型以外の社会保障制度は据え置かれる。
 ②③では最低限の生活を保障する給付額とベーシックインカムの財源を確保するための所得税増税を先の小沢モデルに倣って定めることで政策実効力を保障する。
 ④ではベーシックインカムを導入しても給付額分の給料を減額する企業が現れれば本制度は国民に負担を強いるだけの制度となり導入の意義が損なわれてしまうので、企業に給料減額のインセンティブを損なわせ、かつベーシックインカムの効力を確保するために企業への罰則規定のオプションをつけた。

7 問題解決プロセス

 ではこの方式でベーシックインカムを導入することを前提として本制度が先に触れた生活保護制度の問題点をどのように解決していくかを見ていくことにする。
 はじめにベーシックインカム導入が想定する救済の対象となるのは相対的貧困層でありまた今後相対的貧困に陥る可能性のある新しい生活困難層であることを指摘する。これを踏まえて「ベーシックインカムは国民に最低限度の生活を保障する制度」だから「ベーシック・インカムは、貧困に陥っている人を救済しているだけでなく、それと同時に人々 が貧困に陥ることを防ぐという防貧の機能も果たしている」(永嶋 2016 51)といえるのでベーシックインカム導入で相対的貧困に苦しむ人々の最低限の生活を保証することができ、また生活困窮者予備軍の救済になることも示された。
 次に給付型の社会福祉制度をベーシックインカムに一本化するといった形式で導入されること、ベーシックインカムでは給付に申請が不要なことを考えると、生活保護制度の「水際作戦」のような申請さえできないという状況はなくなる。
 「スティグマ」に関してはどうだろうか。「BI はすべての人に、審査なしに定期的に給付されるため、親族関係やプライバシーの公開、資産・稼働能力の調査などを経ずに、誰にでも支給される。「普遍主義的な無条件給付」という性質があるため、福祉に依存しているという受給者の恥辱感(スティグマ)から解放されると考えられる」(岩本 2012 204)つまり生活保護受給に付きまとっていたスティグマを軽減することができ生活保護受給をためらっていた人々も現金給付を自身が当たり前に享受できる権利だとみなすことができるようになる。スティグマが軽減される要因としては先の岩本にも述べられているようにプライバシーに踏み込まれるような調査を受けなくても済むことが考えられるが、給付を受けるのが困窮者だけでなく国民全体であるという点が重要で、給付を受けることが特別なことでなくなることにより後ろめたさを感じなくなるからではないだろうか。
 また生活保護制度とは違ってベーシックインカムは生存権の保障を実現する。「BI は雇用と社会保障を切り離し、所得保障を独立的におこなっていく制度である。そのため、賃労働以外の文化的な活動に集中するなど、「自由な生活の選択」が可能になる。BI は、日本における生存権、つまり「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」ことを保障することができるのではないだろうか。」(岩本 2012 204)生存権では「健康で文化的な最低限度の生活」が保障されているがこのような生活を送るためにはまず最低限の生活が保障されている必要がある。最低限の生活が保障されて初めて人々は衣食住以外の文化的な側面に目を向け投資するようになる。したがって、ベーシックインカムが実現しようとする最低限の生活保障は生存権の理念を具現化する上で重要な役割を果たすものと考えられる。
 格差という観点から、まず先に述べたようにベーシックインカムは生活保護制度とは異なり「失業の罠」が生じずむしろ勤労意欲を高めること、次に所得税の増税で高所得層の収入が減ることの2点から格差は是正されると考える。またジェンダー的な観点だが「生活に必要な最低限の所得が保障されれば,ケアや家事のような市場外の有益な活動に赴く人も増えるようになる。世帯ではなく個人単位で支給されるBI は,女性の自己決定権の拡大に資する」(小谷 2017 44)という分析によれば女性の自己決定権という点で男性との性差が縮小すると言えそうだ。つまりベーシックインカムはこれまで無償労働だった家事や育児への対価として支払われる賃金の役割を果たす。家庭を支えるために働かざるを得ない状況にあった女性が仕事を辞めることができるという選択肢が提示されることになる。また、給付金を自分のために使えるようになるといった自由が生じると言いたいようだ。
 ここまでベーシックインカムがどのように生活保護の問題点を解決するのか見てきた。

8 ベーシックインカム導入の重要性

 最後にベーシックインカムを導入し生存権を確保することの意義を示して終わりにする。「人は、一定水準の生活が確保されてはじめて自律的な生が可能になると解されることからすれば、個人の自由や人格的自律を可能ならしめるものとしての「健康で文化的な生活」=生存権の確保は、自由権保障の不可欠的前提と位置付けることもできるのではないか。(中略)すなわち、生存権には憲法上保障された(法律の制定を待つ必要のない)核となる内実があり、国は、そのようなものとして保障される最低生活権(第25条第 1 項)の一般的・具体的実現については基本的に裁量の余地がほとんどない強力な義務=(その手段・方法はどうであれ)最低限度の生活の内容を合理的に探究し必ず実現・確保する(すなわち、実現しないという選択肢は無い)義務を課されている」(相澤 2021 82~84)つまり生存権の保障はすべての権利の大本である自由権の前提を成す極めて重要な権利であり、国は必ず生存権を保障するための立法的アプローチを取らなければならないということである。
 よって本当に支援を必要としている人々に支援がいきわたらないという点で合理性を欠く現行の生活保護制度を廃止し、確実に困窮者を救済できるベーシックインカムを導入することで憲法25条に掲げられた生存権の理念を実現し国民の生活を守っていくことが必要だと結論付ける。

9 参考文献リスト(あいうえお順)


 相澤直子 2021 生活保護基準引き下げと生存権保障 久留米大学法学 84巻 p82~84
https://kurume.repo.nii.ac.jp/index.php?active_action=repository_view_main_item_detail&page_id=13&block_id=21&item_id=1589&item_no=1 2022年8月14日最終閲覧
 
伊藤周平 2014 生活保護制度改革と改正生活保護法の諸問題 鹿児島大学法学論集
48巻2号 p42 http://hdl.handle.net/10232/00029790 2022年7月7日最終閲覧
 
伊藤誠 2011 ベーシックインカムの思想と理論 日本学士院紀要 65巻2号 p112 
https://www.jstage.jst.go.jp/article/tja/65/2/65_KJ00006711699/_pdf/-char/ja
2022年8月14日最終閲覧
 
岩本希 2012 セーフティーネットとしての生活保護からベーシック・インカムへ
北星学園大学大学院社会福祉学研究科 北星学園大学大学院論集 第3号(通巻第15号)
p197・198・204 
 
君島浩 2021 消費税率「10%維持」57%、「引き下げ」は35% 朝日世論調査 朝日新聞デジタル2021年10月20日の記事
https://www.asahi.com/articles/ASPBN6KKSPBLUZPS004.html
2022年8月14日最終閲覧
 
小谷 敏 2017 人工知能はベーシックインカムの夢をみるか?
人間関係学研究 : 社会学社会心理学人間福祉学 : 大妻女子大学人間関係学部紀要 19巻 p44
http://id.nii.ac.jp/1114/00006550/ 2022年8月14日最終閲覧
 
厚生労働省 不明 生活保護制度
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/seikatsuhogo/seikatuhogo/index.html
2022年8月14日最終閲覧
 
厚生労働省 2019 2019年国民生活基礎調査の概況 p9・10https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa19/dl/14.pdf 2022年8月14日最終閲覧
 
厚生労働省 2021 生活保護制度の現状について 第1回 生活保護制度に関する国と地方の実務者協議参考資料 p2 https://www.mhlw.go.jp/content/12002000/000858337.pdf 
2022年8月14日最終閲覧
 
田中世紀 2021 やさしくない国ニッポンの政治経済学 日本人は困っている人を助けないのか
講談社 p89
 
永嶋信二郎 2016 社会保障としてのベーシック・インカム 仙台白百合女子大学紀要 20巻 
p51 https://www.jstage.jst.go.jp/article/sswc/20/0/20_KJ00010252503/_pdf/-char/ja
2022年8月14日最終閲覧
 
成瀬龍夫 2012 日本の社会保障改革とベーシック・インカム構想(<特集>ベーシック・インカム論の諸相-これからの日本社会を展望して)  季刊経済理論 49巻2号 p29・30
https://www.jstage.jst.go.jp/article/peq/49/2/49_KJ00009361385/_pdf/-char/ja
2022年8月14日最終閲覧
 
日本弁護士連合会 2019 生活保護法改正要綱案(改訂版) p2
https://www.nichibenren.or.jp/library/ja/opinion/report/data/2019/opinion_190214_2.pdf
2022年8月14日最終閲覧
 
宮本順子 2009 生活保護制度における就労支援の有効性と生存権の保障 香川大学 経済政策研究
第 5 号 p99・121・122
http://www.ec.kagawa-u.ac.jp/archive/~tetsuta/jeps/no5/Miyamoto.pdf
2022年8月14日最終閲覧
 
宮本太郎 2021 貧困・介護・育児の政治 ベーシックアセットの福祉国家へ 朝日新聞出版 
p78・79・97
 
山田壮志郎 2021 生活保護とスティグマ・再考 ホームレス経験のある受給者へのインタビュー調査から  日本福祉大学社会福祉学部『日本福祉大学社会福祉論集』第 143・144 号 p133・134
https://nfu.repo.nii.ac.jp/?action=repository_action_common_download&item_id=3471&item_no=1&attribute_id=22&file_no=1
2022年8月14日最終閲覧


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?