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木版画家・川瀬巴水

 大正から昭和期にかけて活躍した木版画家・川瀬巴水(はすい)。巴水は日本の原風景を求めて全国を旅し、庶民の生活が息づく四季折々の風景を描いた。伝統技術を継承しつつ、新たな色彩や表現に挑み続け、「新版画」をけん引する存在として人気を博した。
 季節や天候、時の移ろいを豊かに表現し「旅情詩人」とも呼ばれた川瀬巴水の画家としての生涯を、初期から晩年までの代表的な作品とともに紹介する展覧会「川瀬巴水 旅と郷愁の風景」が2024年4月5日(金)から6月2日(日)まで八王子市夢美術館(東京都八王子市八日町8-1ビュータワー八王子2F)にて開催される。

 この展覧会は全3章から成る。
〇第1章「版画家・巴水、ふるさと東京と旅みやげ(関東大震災前)」ー川瀬巴水は幼少の頃から絵を好み、10代半ばには画家を志す。糸屋だった家業が傾いたことを機に25歳にして絵の道へと踏み出す。はじめ洋画を学ぶが油絵に馴染めずに、27歳の時に日本画家の鏑木清方に弟子入りする。清方のもとで方向性を模索していた巴水は、同門の伊藤深水の連作木版画「近江八景」(1918年)に感銘を受け、木版画制作に挑戦することを決意した。33歳で、新しい時代の版画芸術として「新版画」を押し進めていた版元の渡邊庄三郎と出会ったことで版画家・巴水がスタートした。巴水の初期作品は陰影を強調するような作風が特徴で、従来の浮世絵では忌避された「ザラ摺」の手法、つまり円弧を描くようなバレンの摺り跡をつける手法をあえて残すなど、挑戦的な試みも行っている。この章では、「塩原三部作」と呼ばれる最初期の作品をはじめ、「旅みやげ第一集」、「東京十二題」などの連作をとおし、巴水と庄三郎が「新版画」の旗手として新たな世界を切り開いていく過程を紹介する。

 《塩原おかね路》「塩原三部作」1918(大正7)年秋 渡邊木版美術画舗蔵 
《木場の夕暮》東京十二題 1920(大正9)年秋 渡邊木版美術画舗蔵


〇第2章「「旅情詩人」巴水、名声の確立とスランプ(関東大震災後~戦中)ー新版画の制作が軌道に乗り、順調に創作活動を進めていた巴水と庄三郎を関東大震災が襲った。写生帖を含めあらゆる画業の成果が失われてしまい、絶望的な状況に立たされた巴水だったが、庄三郎に励まされて心機一転、生涯最長の旅に出て、次の制作へとつなげてゆく。震災後の作品は、震災前の作風と比べて明るく鮮やかな色彩、細部に至るまで写実的で精密な筆致が印象的。こうした作風の裏には、当時の購買層の好みを考慮するべきだという版元としての庄三郎の存在があった。「芝増上寺」「馬込の月」(いずれも「東京二十景」より)など、巴水の代表作が生み出されたのもこの頃のことだった。しかし、名声の一方で、自身の作風が代わり映えしないことに悩んだ巴水は徐々にスランプに陥っていく。

 《芝増上寺》東京二十景 1925(大正14)年 渡邊木版美術画舗蔵
 《池上市之倉(夕陽)》東京二十景 1928(昭和3)年 渡邊木版美術画舗蔵
《馬込の月》東京二十景 1930(昭和5)年 渡邊木版美術画舗蔵


〇第3章「巴水、新境地を開拓、円熟期へ(戦中~戦後)」ー画家仲間から朝鮮半島への旅に誘われたことがきっかけとなり、創作活動に新風が吹き込んだ。初めて目にする異国での広々とした風景や風俗の新鮮さに魅了され、「朝鮮八景」(1939年8月)、「続朝鮮風景」(1940年)などの新たな連作が誕生する。作風も、震災前の特徴である思い切った構図に加え、震災後の作品にみられた精緻な描写が見られるようになり、日常の風景を巴水独特の視点でとらえて美を見出す、戦後の作品へと引き継がれていった。1945年に第二次世界大戦が集結したことで、戦争のために衰退していた版画が再び評価され始める。1952年には文部省による文化財保存の一環で木版画の技術を記録することが決められて、その木版画家のひとりとして巴水が選ばれた。今展最終章では、「朝鮮八景」といった連作に加え、絶筆となった「平泉金色堂」(1957年)など、晩年期の作品を紹介する。

 《日本橋(夜明)》東海道風景選集 1940(昭和15)年 渡邊木版美術画舗蔵
 《十和田子之口》日本風景集 東日本篇 1933(昭和8)年7月 渡邊木版美術画舗蔵
 《金剛山三仙巖》朝鮮八景 1939(昭和14)年8月 渡邊木版美術画舗蔵
 《平泉金色堂》1957(昭和32)年 渡邊木版美術画舗蔵



 開館時間は午前10時から午後7時(入館は閉館の30分前まで)。休館日は月曜日(ただし祝日は開館し、火曜日が休館)。観覧料は一般900円、学生・65歳以上450円、中学生以下無料。
 問い合わせは042-621-6777まで。八王子市夢美術館の公式サイトは https://www.yumebi.com

 
 

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