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父に生き写しダニー・ハリスン

 ジョージ・ハリスンの一周忌に当たる2002年11月29日、ロンドンで追悼のための「コンサート・フォー・ジョージ」が行われた。
 ジョージとオリビアの一人息子ダニーは、ポール・マッカートニー、リンゴ・スター、エリック・クラプトン、トム・ペティらとともにステージに上がった。初々しい姿を見せてくれた彼は弱冠24歳だった。
 コンサートのフィナーレを前に、ポールが飛び切りのジョークを一言――「オリビアが言っていたけど、ステージ上のダニーを見ているとジョージが若いままで年をとっていないように思えて、私たちだけがみんな年をとってしまったようだって」。
 父ジョージの生き写しのようなダニーは、父の残した音楽遺産への献身ぶりを見せてきた。ジョージの他界後、遺作『ブレインウォッシュド』の仕上げをジェフ・リンとともに手掛け、14年にわたって携わったジョージの作品のリマスタリングを完成させている。
 その完成というタイミング、2014年には父をトリビュートするコンサート「ジョージ・フェスト」がロサンゼルスで開催された。
 発起人のダニーはライブCDに寄せた序文で「比較的小規模な会場で、父の残した隠れた名曲を、私と同世代のミュージシャンたちが思うままに演奏する―そんなコンサートができればいいとずっと思っていました」と語った。
 若手ミュージシャンらに交じり、ブライアン・ウィルソンといった大物も駆け付け、新旧アーチストによるフェストは大成功を収めた。
 主に父の残した音楽遺産に関わってきたダニーが、自身の音楽活動を本格的に開始するのは2006年のこと。
 米国出身のドラマー兼ソングライターのオリ・ヘックスとロック・バンド“thenewno2”を立ち上げたのだ。ダニーはギター、シンセサイザー、ボーカルを担当。2008年にデビュー・アルバム『ユー・アー・ヒア』を発表。2012年には2枚目のアルバム『フィアー・オブ・ミッシング・アウト』をリリースした。


 さらに米国出身のミュージシャン2人――ベン・ハーパーとジョセフ・アーサーとともにグループ“フィストフル・オブ・マーシー”を結成し、2010年にファースト・アルバム『アズ・アイ・コール・ユー・ダウン』を発表。大半がアコースティックを基調とした曲で、3人のハーモニーが印象的な数々のナンバーが収録された。
 映画やテレビ番組のサントラも積極的に手掛けてきた。例えば、thenewno2名義の映画のサントラ『ビューティフル・クリーチャーズ』(2013)がその一つ。英ロック・バンド、ホリーズのギタリスト、トニー・ヒックスの息子ポールもともに制作にあたった。
  プロジェクトからプロジェクトへと次々に飛び回ったあと、2017年、ダニーは待望のソロ・アルバム『In///Parallel(イン・パラレル)』を発表。ダニーはギターなどの楽器を演奏するとともに、サントラのスコアの経験からかストリングスのスコア・編曲もこなした。


 ヘビーに歪んだバイオリンで始まるダークなオープニング・ナンバー「ネバー・ノウ」が全体の基調を表している。歌詞は哲学的にして難解。
 全米中で警察官が武装するというビジョンから生まれた「サマータイム・ポリス」、ロサンゼルスで奇妙な「ミサイル・テスト」があった(?)ことにインスパイアされた「ポセイドン(キープ・ミー・セーフ)」、飲み水の汚染についての歌「ロンドン・ウォーター」などの楽曲を収録している。
 2017年10月5日付『ローリング・ストーン』電子版によると、「今やみんな携帯電話などを持っている。かつての世界とはまるで違う。でも人々はそれに気付いてさえいない。彼らは幸せなようで、ただ歩き回り、私たちがその中で暮らしている『技術者支配』(technocracy)を見ているんだ。全く狂気じみているよ」とダニーは言う。
 そしてこう結論付ける。「あなたがたはデジタル・デトックスをして携帯電話を遠ざけなければいけないよ。ぼくは37歳の時思ったよ、40になる前にぼくは霊的にきれいな心を持ち、肉体的にも精神的にも健康な状態に戻っていかなければならないって。アルバムはそういう内容なのだ」。
 「つまり自分のことは自分で面倒を見るということと、自分自身を憐れむってことだ」。
 「あなたがたはより多くの時間を、なぜ私たちはここにいるのか、どこに私たちは行くのか、私たちはいったい何者なのか、といったことについて瞑想しなければならない」と、まさに父親譲りの哲学的な思想を語るダニー。

自分自身であることのプロセス
 さらに2017年10月12日付英『ソングライティング・マガジン』電子版で、「このアルバムは自分自身であることのプロセスに深くぼくを誘ってくれたんだ。ぼくは自分自身について多くを学んだ」と語った。
「ぼくは、自分が人生において、また(死)後の世界でどこに向かっているか、明確なビジョンを持っているんだ」「もしあなたが心を何かに一生懸命集中させれば、願いは意思になる、そしてそれは実現していくんだ。それが宇宙の法則というものだ」とも話した。
 今年に入って6年ぶりのソロアルバム『Innerstanding』をリリースした。ダークなアンビエントな音にのせて根源的な問題を深みのある歌詞で綴り、前作を踏襲した姉妹編といった作品だ。


 歌詞の難解さは前作よりかなり下がった。個別の問題について歌っているというよりは、より根源的で普遍的な、それゆえ曖昧に思えるような言葉の使い方だが、前作よりは具体的なイメージを掴みやすい。
 ダニーは「Atwood Magazine」2024年1月7日号に掲載されたインタビューで深刻な歌が多いことを認めて「ぼくは悲惨な事柄を書くのを止めようと思っているんだ。誓うよ」と冗談めかして語っていた。
 アルバムタイトルの「Innerstanding」とは「inner」と「understanding」が合わさったスピリチュアル用語。「生まれつき備わっている知恵」とでも訳せるのだろうか、それについてダニーは「愛と公平という立ち位置からでなければ理解できないものだ」と説明した。
 「あなたがたは自分の意見を他人に強いることは出来ないし、あなたがたは他人の意見を理解するよう強いられることもない。もしあなたが歴史の間違った側で立ちたくないのなら、Innerstanding(生来の知恵)から、そして恐怖とは反対の愛という場所からのみ可能となる」。
 「愛という場所からならば、あなたはいつでも歴史の正しい側に立つことが出来るだろう」。そしてダニーはそれを信じて生きてきたのだ。


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