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2つのブルターニュ展


 フランス北西部、大西洋に突き出た半島を核にするブルターニュ地方は豊かな自然を持ち、古くから特異な文化を紡いできた。
 断崖が連なる海岸、ごつごつとした岩が目立つ荒野、内陸部にみられる深い森、各地に残る古代の巨石遺跡、中近世のキリスト教モニュメント、ケルト系言語「ブルトン語」を話す人々と素朴かつ信心深い生活。
 そんなブルターニュに魅せられた画家たちの作品を集めた展覧会が2つ、いずれも2023年6月11日(日)までの予定で開催されている。
 まず、SOMPO美術館(東京都新宿区西新宿1-26-1)で開かれている「ブルターニュの光と風 画家たちを魅了したフランス<辺境の地>」を5月4日(木・祝)に訪ねた。午後早い時間帯、空いていた。
 ブルターニュに関する作品を多数所蔵するカンペール美術館の作品を中心に、45作家による約70点の油彩、版画、素描が展示されている。

 同展は全3章から構成されている。
第1章「ブルターニュの風景ー豊饒(ほうじょう)な海と大地」ー文学者たちが描き出したブルターニュは多くの画家を刺激した。多様な風景と、ブルトン語を話し、ケルトの伝統が色濃く残る風習のなかで生きる人々への関心が高まり、サロンにおいてブルターニュ絵画が流行することになる。
 画家たちはまず激しい嵐の光景を求めた。古くからの伝説や民間伝承では、ブルターニュの沿岸地域は常に海の脅威にさらされてきた。画家たちは厳しい自然と共に生きる人々を克明に描き出した。
 内陸部については、荒涼とした大地を繰り返し描くことによって不毛な大地というブルターニュの典型的なイメージを作り上げていくことになる。素朴な人々の暮らしぶり、「パルドン祭」に象徴される信仰心のあつさも、魅力的な画題として繰り返し描かれていった。

アルフレッド・ギユ《コンカルノーの鰯加工場で働く娘たち》1896年頃 1896年、サロンで国家が作家より取得:1897年、国立現代美術基金により寄託


第2章「ブルターニュに集う画家たち―印象派からナビ派へ」ーポール・ゴーギャンは1886年、ブルターニュの小村ポン=タバンにたどり着く。同地に滞在していたエミール・ベルナールらとの出会いは、太く明確な輪郭線と平坦な色構成を特徴とする「クロワゾニスム」を作り上げ、彼ら「ポン=タバン派」の誕生によって、ブルターニュは近代絵画史上にその名を刻むことになる。ゴーギャンの教えをポール・セリュジエがパリで広めたことによって「ナビ派」誕生へとつながる。彼らは印象派に代わる、心象的なイメージを重んじて色面と線で大胆に表現する新たな表現世界を作り上げる。ちなみに「ナビ」とは「預言者」を意味する。

ポール・ゴーギャン《ブルターニュの子供》1889年 福島県立美術館


第3章「新たな眼差しー多様な表現の探求」ーゴーギャンが去った後、画家たちはさまざまな絵画表現を試みる。1870年代に誕生した印象派、1880年代の新印象派を特徴づける明るい色彩と筆触はポン=タバン派の画家たちに継承され、風景画のなかでさらに展開していく。

リュシアン・シモン《じゃがいもの収穫》1907年 1984年、作品購入個人基金の支援を受けてブレストのオークションで取得


 同展の休館日は月曜日。開館時間は午前10時から午後6時まで。観覧料は一般1600円、大学生1100円、高校生以下無料。



 もうひとつのブルターニュをテーマとした展覧会が、国立西洋美術館(東京・上野公園)で開催中の「憧憬の地ブルターニューモネ、ゴーガン、黒田清輝らが見た異郷」。2023年5月4日(木・祝)に訪ねた。この日は日時指定での鑑賞が義務づけられていたが、そこそこに混んでいた。
 多くの画家たちがブルターニュに魅かれた時期ーすなわち19世紀後半から20世紀はじめーに着目した展覧会だ。会場には、国内の30を超える所蔵先と海外2館から集められたおよそ160点の絵画や素描、版画、ポスターおよび文学作品などの関連資料が展示されている。
第1章「見出されたブルターニュ:異郷への旅」ーイギリスの風景画家ウィリアム・ターナーの水彩画やフランスの画家・版画家が手掛けた豪華押絵本など、19世紀初めの「ピクチャレスク・ツアー(絵になる風景を地方に探す旅)」を背景に生まれた作品を紹介している。

クロード・モネ《ポール=ドモワの洞窟》1886年 茨城県近代美術館


第2章「風土にはぐくまれる感性:ゴーガン、ポン=タベン派と土地の精神」ー画趣に富む小村ポン=タベンの風景は多くの画家たちを魅了した。早くも1860年代にはアメリカやイギリス、北欧からの画家たちのコロニーが出来ていた。1886年、生活苦を経験したパリからポン=タベンへと赴いたゴーガンはこの地を気に入り、1894年まで滞在を繰り返しては制作に取り組んだ。ゴーガンが度重なるブルターニュ滞在中に制作した作品12点によって造形表現の変遷をたどる。

ポール・ゴーガン《ブルターニュの農婦たち》1894年 オルセー美術館(パリ)


第3章「土地に根を下ろす:ブルターニュを見つめ続けた画家たち」ー画家たちのなかにはこの地を「第二の故郷」として、着想の源にした者がいた。そのひとりである版画家アンリ・リヴィエールは穏やかな海、民衆が農作業にいそしむ牧歌的風景を取り上げた。ナビ派の画家モーリス・ドニは、家族の姿を宗教的文脈のうちに描き、海を古代ギリシャの海に見立てるなど、地上の楽園のイメージを創り出した。

モーリス・ドニ《花飾りの船》1921年 埼玉県立近代美術館


第4章「日本発、パリ経由、ブルターニュ行:日本出身画家たちのまなざし」ー日本おける明治後期から大正期にかけて、パリに留学していた日本人画家・版画家たちもブルターニュに足を延ばして作品を制作していた。黒田清輝や久米桂一郎を筆頭に、山本鼎や藤田嗣治、岡鹿之助らが描いたブルターニュの風景や風俗を見ることが出来る。

黒田清輝《ブレハの少女》1891年 石橋財団アーティゾン美術館


 開館時間は午前9時半から午後5時半まで、ただし金・土曜日は午後8時まで。入館は閉館の30分前まで。観覧料は一般2100円、大学生1500円、高校生1100円。5月7日(日)までは日時指定券が必要で、5月9日(火)以降は日時指定不要となる。詳細は公式サイト(https:bretagne2023.jp)まで。

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