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キョージンナリズム 第23話

 から続く

後日,秋元さんから電話がかかって来て、ぽかぽか暖かい春の日に川崎市民プラザという会場に初めて向かった。

「ワールドミュージック・フェスティバル」という看板が出ている。いくつかの民族音楽の演奏者が出演する無料コンサートなのだ。川崎市民プラザはコンサートホールではない。多目的空間というか、真ん中がすり鉢状に低くなっている広い空間だ。コミケが晴海やビッグサイトに進出する前、ここで小規模にやっていた時代があるらしい。

入ってみると、入り口から入ってすぐのあたりに音響が設えられてマイクが何本も置かれている。そこでライブをするらしいのだが、お客さんはすり鉢の底の方から見上げるように観る事になる。ステージがまるでないのに、上手いことステージを作っているなあと思った。

オープニング・アクト的に学生のフォルクローレ・グループが演奏していた。それがほどなく終わると、秋元さんを含む3人の演奏家が出て来た。秋元さんのウード、そしてフルート奏者、アラブの太鼓のダルブッカ奏者。全員男性。ダルブッカの人は少しヒッピーぽい格好、それに対してフルートの人は白シャツに蝶ネクタイ、そして秋元さんは逗子で会った時と同じく、エスノ柄のベストを着ていた。

演奏が始まる。「僕らはよくベリーダンスのバックの演奏をしているので、まずはベリーダンスの曲をお聴きください」と秋元さん。すかさずダルブッカの人がノリの良いビートを叩き始める。そこにウードとフルートが同時に旋律に突入し、いかにもアラブっぼい感じの曲が始まる。旋律はうねりうねる。展開部に入るとフルートが同じフレーズを繰り返し、ウードが即興に入った。静かに思索的に始まり、即興は次第に熱くなってきた。音程が上に下に動く。ダルブッカも煽るようにときどき暴れる。しかし熱くなりすぎないあたりで旋律に戻り潔く終わった。

「次はもしかしたら知ってるかもしれない曲をやります」

秋元さんの声でカウントを出して前奏が始まった。そして歌が入る。

♩ ウスクダラ ギデリケン アルディダ ビルヤンマ ♩

昭和歌謡のヒット曲『ウスクダラ』の原曲だ。生で歌われるのを初めて聴いた。秋元さんは歌がうまい。演奏もしっかりしている。予想以上にプロっぽいので少しびっくりしてしまった。

その後、私の知らないアラブの有名曲を2曲ほど演奏して、秋元さんたちのライブは終わった。拍手はちょっぴりまばら。ちゃんと聴いているお客さんは15名くらいかな、という感じ。

秋元さんたちが引っ込むと、つぎに出てきたのはどうやらブラジル音楽をやる人たちみたいだ。打楽器のパンデイロ(ブラジルのタンバリン)を持った人、カバキーニョ(ブラジルの小ぶりな4弦楽器)の人、ギターの人、と3人出てきた。そこにおもむろに、どうやら日本人ではなさそうな小柄な人がギターを抱えて登場した。この人の風貌は、いかにもブラジルの人というニュアンスとは微妙に異なって、アジア系なのかなと思うけどやはり違う。色はやや浅黒いけれど見た目はアフロ系では全くない。

「彼はインディオ系の顔立ちだね。ブラジルのアマゾンあたりかなあ」

気づかないうちに私の後ろに来ていた秋元さんがいきなり話しかけてきた。ああそうか、インディオ系か。なるほど、ブラジル音楽はアフリカから連れ去られた黒人奴隷とヨーロッパ民謡の合体だ、とよく言われるけど、実はインディオの音楽とも混ざっているんだっけ。

「こんにちは、ジョゼ・ピニェイロです」と流暢な日本語で挨拶すると、インディオ系と思われるジョゼさんはギターを弾いて曲を始めた。すかさずパンデイロ、もう1人のギター、カバキーニョが加わる。そこにジョゼさんの、のびのびした歌声が乗っかってきた。

秋元さんと私は絶句した。

素晴らしい歌なのだ。上手いとか、技巧的とかそういうのではなく、なにか音楽のキモをつかまえている歌、という感じなんだ。ポルトガル語で歌われるてるその曲はまったく知らないけれと、程よいノリと気張らない抑揚があり、私たちは聴き惚れてしまった。

ジョゼさんは一曲歌い終わると言った。「こういう小編成で気軽にやるサンバをパゴーヂと言います」そう言うと、すぐさま次のパゴーヂが始まった。さっきよりもテンポが遅くて、じっくり聴かせるタイプ。

さらに次の曲は、今度はやたらスピード感のある曲。ジョゼさんはなんて良い声なんだろう。さらに私が感心してしまったのは、例えば私がテンポの速いサンバをやるとしたら、きっと勢い込んで「しゃかりきな」サンバを演奏してしまうと思う。でもジョゼさんのギターと歌は疾走感があるのにリラックスしてる。(サポートの3人もちゃんと力が抜けたサポートをしている)

なんだか「やられたなあ」という気持ち。日本にこんな素敵なブラジル音楽のシンガーがいたのかあ。私の師匠だったブラジル人のフランシス・シルヴァ先生も歌がうまかったけれど、ジョゼの歌のうまさはフランシスのテイストとは全然違う。

私は思わず足でステップを踏んでいた。そう、踊り出していたのだ。ドラムやベースやパーカッションがどかすか鳴らない音楽で、思わず踊り出すのは実は珍しい。だって小編成なのに、とにかくグルーヴが渦巻いているんだもの。

6曲ほど歌うとジョゼさんたちのグループが終わった。さっきよりもお客さんが増えていて、40名くらいの拍手喝采だった。秋元くんが私に「これはもう、ジョゼさんと友達になろうよ。楽屋で話してくるよ」と言って楽屋に行った。

ライブは、次のグループのフランメンコのダンスと演奏になっていた。お客さんがやたら増えていた。どうも、このフラメンコ・グループのファンがたくさん来ているみたいで、やたら最初から盛り上がっている。私は既にとても興奮してしまった後なので、少し覚ますような気持ちでそれを見ていた。

少しすると、秋元くんが戻ってきた。

「このフラメンコが終わったら、今日のメンバー全員で打ち上げがあるらしい。ジョゼさんも来るというから、幹さんも一緒に行こうよ」


 に続く 

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