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キョーレツナリズム・番外編『水陸両用』再結成

(2012年発表の再録)
(この文章は、実質的には2012年9月9日に行われたすきすきスウィッチのライブに接した想いを書いたものです。文中の『水陸両用』はすべて『すきすきスウィッチ』を表してます。)

 『水陸両用』が再結成するという、信じられないニュースが飛び込んで来た!

 私がシューと出会う前に、シューが参加していたバンドが『水陸両用』だ。80年代にソノシートとしてリリースされていたものが、昨年CDで復刻されて・・・私はかなり打ちのめされた。シューが私に見せなかったものが、まだあった。そんな気持ちだった。こんなにも、なんだか80年代の「ほころび」のような音楽をやっていたなんて。いつも理性的に音楽をやっていたシューの、ところどころ破綻した姿勢がそこにある。それは、未熟だから理性の枠から溢れ出てしまった情熱で、だからこそシューの奥深くから吹き出した貴重なものだった。私はそう思ってる。

 『水陸両用』解散から28年もたって再結成だなんて。時代のあやういバランスの上で光っていたバンドなのに、この時代に再び生まれて来ていいのだろうか?

 再結成に至るまでのドラマがある事を知った。『水陸両用』のリーダーでヴォーカリストの佐藤幸雄が、20年以上の沈黙を破って音楽活動を再開したのが昨年の11月。高円寺の『円盤』という、レコード屋さん兼カフェ兼ライブスペースの、真っ昼間の部に「公開練習」と銘打って登場したらしい。何が佐藤さんに、もう一度人前で歌いたいと突き動かしたのだろう。本人こそ、何に突き動かされたか分からずに、ギターを弾いて歌を再開したのだ。

 そして、POP鈴木という、佐藤さんがかつて『切望の友』というバンドでいっしょにやっていたドラマーが何度目かの公開練習から参加したという。

 『水陸両用』のもともとのドラマーはシューだ。シュー不在の、この公開練習は佐藤さん名義でやっていて、『水陸両用』を名乗ってなかった。友人がこの頃、一度その「練習」と名乗るライブを観に行った。そして、佐藤さんの歌を聴いて泣いてしまったという。

  ・・・・

 たくさんの歌があって

 歌の数だけ歌う人がいて

 歌の数だけ思いがあって

 歌の数だけ受け止める人がいて

  ・・・・・

 歌の数だけ思いがあって

 時には思いにとらわれて

  ・・・・・

 たくさんの歌があって

 歌はどんどんたまって行って

 歌はどんどんたくさんで

 それでも歌は足りなくて

 だから僕の歌も足してもいいかな

  ・・・・・・・・

 この歌詞を聴いた時に、歌っている佐藤さんの20年間を物語っているとともに、私の友人は自分の20年間を歌われた気がしたと言う。

 きわめて私的な事を歌うのに、聴くひとすべてに問うているような音楽。そんな音楽は、誰にでも作れるものではない。どうやら、佐藤さんはそういう人なのだ。

 さて、私は復刻CDでしか知らなかった佐藤さんの音楽にどんどん興味を持ち始めていた。そんな矢先、佐藤さんの公開練習に、なんと元祖ドラマーのシューが参加するというニュースがツイッターから発せられた!

 本当に!?!!

 本当にシューが、再び佐藤さんの音楽でドラムを叩くの?

 本当だった。

 そしてシューの参加が決まって、急遽ライブの名義は、『水陸両用』となったのだ。

 再結成『水陸両用』の初ライブは円盤にて9月9日の日曜日と決まった。本当は、8月12日の佐藤幸雄名義のライブにも急遽シューが飛び入りしていたらしい。でも、最初からシューの参加を発表したライブはこれが初めてだ。円盤は小さな小さなライブスペースだから、私はこのライブの予約をした。

 2名で予約してしまった。秋吉君を誘おうと思ったのだ。昨年の大晦日に、10数年ぶりに深大寺でばったり出会って、その後横浜中華街でいっしょに年を越した秋吉君だ。秋吉君に何も聞かずに予約してしまい、あとから電話した。彼は「いいよ、行こう」と言った。

 私たちは、あの大晦日〜元旦以来、けっこうしょっちゅう会っていた。私は、秋吉君と会うたびに、ほとんど忘れかけていたトキメキを感じていた。この年になって、こんな気持ちがまだ私の中にあったなんて。

 『水陸両用』を観る、という事は、シューを観に行くという事だ。本来なら、意を決して、私一人で向かうべきだ。秋吉君と観に行く私は、ずるい。私は、あの頃よりも、少しずるくなれたのかもしれない。

 9月9日、なんとライブは正午12時スタートという早い時間!入場は11時45分くらいから、との事なので、私は高円寺駅の改札で秋吉君と11時30分に待ち合わせた。彼は待ち合わせに遅れない。私が11時29分に着いたら、彼はもう待っていた。

「まだまだ暑いね」と彼が言った。

 そう、以前のツイッター予告では「そろそろ涼しくなった頃に新生『水陸両用』がお目見えしそう」と書いてあったのに、今日は暑い。

 秋吉君は、『水陸両用』がシューの昔のバンドである事をもちろん知っている。そんな事は百も承知で今日のライブにつき合ってくれた。とても嬉しい。

「むしろ、プールにでも行きたいよね」

などと場違いな返事を彼にした。まだ円盤に行くのはちょっと早いな。開いていないかもしれない。ここで少し会話しよう。

「秋吉君にとって、高円寺はどんな街?」

「あまり思い出がない。駅前の『4丁目カフェ』で打ち合わせしたくらいかなあ」

「私も実はあまり来なかった街だな。20代は、ジャズやラテンのバンドで『次郎吉』に出たりしたけど。むしろ新高円寺に近い『サロン』のほうが思い出深い」

「あ、僕もあそこでDJプレイしたなあ」

「なんか、ネオ渋谷系とか、海外の知る人ぞ知るDJとか出てたよね」

 こんなとりとめのない会話を10分ほどした。そして、おもむろに円盤に向かって、二人で歩き始めた。ガード下の信号を渡って、そのままガード下を阿佐ヶ谷方面に向かい始めた。

 すると、男3人がこちらに歩いて来るのが見えた。だんだんと近づくと、3人のうちの一人は、シューだった。私は思わず、シューの顔をまじまじと見つめてしまった。シュー、10数年たつのに、変わっていない。シューも、私をひとしきり見つめていた。私たちはどんどん近づいて来た。

 私は、とっさに、あ、まずいなと思って、シューから目をそらした。そのまま、シューを含む3人の男たちと、私と秋吉君の二人は、普通にすれちがった。私はシューを振り向く事はしなかった。秋吉君が言った。

「彼だね?」

「顔で分かった?」

「いや、顔は覚えてない。君の顔色で分かった」

「そう・・・」

私はちょっとうつむきながら秋吉君と歩き、ほどなく円盤に着いた。

 予約の名前を告げて、1人1500円のチャージをおのおの払い、私も秋吉君もハイネケンをオーダーして、席についた。人はすでに10名くらい入ってる。この店には、30人ちょっと入るのがやっとだと思う。予約はすぐにいっぱいになってしまって、お断りした人もたくさんいたらしい。お客はどんどん入って来る。見回すと、最初に『水陸両用』をリリースしたレーベルの地引さんと思われる人がいる。『水陸両用』のアルバムジャケットを手がけた祖父江さんの顔も見える。

 ステージには、ドラムセットが1台半置かれている。1台半、というのは、こういう事。バスドラム、スネア、フロアタム、ハイハット、シンバル1枚で構成されたドラムセットが1台あり、それに隣接して、スネアとハイハットとカホンが置かれている。ツイッターで「二人のドラマーがシンバルを共有します」と書いていたのはこれの事か?そして、佐藤さんのエレキギターと、POP鈴木さんが使うと思われるキーボードが置かれている。

「ステージの半分はドラムだね」

と秋吉君が言った。私は答えた。

「なんか狭さが、まるで自宅リハだわ」

 そう話しているうちに、円盤にはどんどん人が入って来て、その「自宅みたいな空間」はいっぱいになって来た。12時になる少し前、シューを含む3人が戻って来た。ほんの20分くらい、どこに行ったのか。ゆっくりコーヒーを飲む暇もなかったろう。シューは、おもむろに、完成しているほうのドラムセットに座った。POP鈴木さんのほうは、カホン、スネア、ハイハットのほうのセットに座った。佐藤幸雄さんは、ギターをゆっくり肩から下げて、音を試しに鳴らした。

 そのあとも、お客さんが何人か入って来て、部屋は完全に一杯になった。そして、BGMが消えた。始まるのだ。シューがスティックを握った。私は、私は、正直感慨深い。しかしみごとにシューは見た目が変わっていない。意味も無く、秋吉君の手を握ってしまった。秋吉君は私を見ると、その目はこう行っているように見えた。「どきどきかい?」私は目で答える。「どきどきよ」

 曲が始まった。ギターから始まり、二人のドラマーが探り合うように入って来た。涼しい顔をして叩くシュー。私はその正反対で、血がすごい早さでめぐって汗が出そう。『水陸両用』の昔の曲だった。30数名のみんなが同時に感動しているのが分かる。つぶやくような歌なのに、しっかり人の心に飛び込む佐藤さんの歌.ドラムの二人は、微妙に役割をずらしてリズムをゆらしている。シューは私を見ない。リーダーの佐藤さんを見ている。20年以上前からおそらく変わらぬ佐藤さんの、何か空気感のようなものを感じて、リズムを選択している。選択肢は、きっとシューの若い深い層まで届いてしまうだろう。私は、それを、恐いけれど、見たくて来たのだから。気づいたら私は、秋吉君の手を強く握っていた。

 二人のドラマーがノリをつかんで、うまいリズム役割分担ができた頃に、佐藤さんの歌とギターは終わってしまった。ドラマー二人が苦笑いしているうちに2曲目へ。POP佐藤さんはキーボードに向かう。シューはシンプルなエイトビートを叩く。ギターと歌が立ち上がる。・・・・・

 テレビがないなら、自分で作る

 ラジオがないなら、自分で作る

 本がないなら、自分で作る

 音がないなら、自分で鳴らす

この人の歌は贅肉がなさすぎる。Tシャツすら着ていない、はだかの歌だ。この人は、どれだけ歌詞を選んでも、自分を正直に出すような歌詞になるのだろう。

 シューのドラムも、POP鈴木さんのキーボードも贅肉がない。骨組みの見える音楽だ。私は、こんなにまで、はだかの演奏をする自信はない。

 何曲目かに、シューがアコースティック・ギターを手にした。ラインがつないであって、佐藤さんが叙情的な歌を始めたら、ものすごく音数少なく、エフェクターをかけた音でびいいいいんと鳴らした。ああ、良い。ほとんど弾かないけど、ものすごく良いギターバッキング。

 不思議なライブだ。どこを見るべきか?中心点がいくつもある。二人のドラマーの役割分担が刻一刻と変わる部分だけでも、十分に面白い。スネア+ハイハットでお互いが顔を見合わせながら、音を出し合うすきを狙い合って1曲終わる曲。お互いのスネアを手を伸ばして叩く曲。シューがシンバルを連打し、POP鈴木さんがスネア連打だけで終わる曲。普通のビートを出し合うんだけど、リズムの主役が入れ替わって行く曲。などなど。

 そこばかり見てもしょうがない。

 佐藤さんのきわめてシンプルなギター。そこに乗っかる歌詞の生々しさ。・・・

 君は何を聴きに来たの?

 君は何を聞かせに来たの?

 君は何を見届けに来たの?

 君は何を語ろうと来たの?

・・・この人は、私の気持ちを見透かすの?シューを見届けに来た私の心の振幅を知ってるの?

 シューのドラムは、昨年出た復刻盤の演奏よりも、当然うまい。でも、うまい、へた、とは関係ない、ひりひりするものがある。シューの中で『水陸両用』を再演するのは、どういう意味があるの?何を思い出してるの?何をやり忘れたの?佐藤さんに歌詞に触発されて、私の頭の中は疑問符だらけになる。

 秋吉君もライブを楽しんでいるみたい。からだを少しゆすってる。私の手を優しく握ってくれている。手をつないでライブ観てるの、私たちだけだな。

 僕と君と

 僕と君と

 僕と君と結ぶ水道管!

新曲を何曲がやると、不意にこんな昔の曲をやる。変拍子の曲。歌詞が先に出来て、リズムは歌詞に忠実について行って変拍子になった曲。その後、新曲をはさんで、またも昔の有名曲。

 君のおみやげは何かな?

サビ前はこれの繰り返し、そして

 わからない

 ことがない

 ことがなかった・・・

サビでシューが歌った!そのすぐ後に、同じ歌詞を佐藤さんが、そしてまたシューが同じ歌詞を、また佐藤さんが同じ歌詞を、、、

 シュー、歌うまくない。昔、いっしょにロウファイやった時のほうがうまかった。でも、今この歌のほうがリアル。もしかして、20数年前と同じ気持ちで歌ってるの?

 私は、いまや有名プロデューサーの仲間入りしたシューの、何かをそぎ落としたライブを観ている。佐藤さんとやるなら、これしかない、というやり方のシューを観ている。

 人は涙を流さなくても泣く事はできる。私は、今日ここに来てよかった。こんな再演を観られてよかった。そしてまた、私の心につきささる歌詞が・・・

 とても大事なときにきみはいなかったね

 思うとか思わないとかでなく

 とても大事なときにきみはいなかったね

 わかるとかわからないとかでなく

 とても大事なときにきみはいなかったね

 そんな大事なことをきみ言わなかったね

 そんなことではなく、ただ

 とても大事なときにきみはいなかったね

私も、シューも、お互い大事な時にいなかったから、別れてしまったのだろうか?いや、逆に、大事でもない時に、いっしょにいすぎたのだろうか?それとも、私たちは、大事な事も口にしたのに、大事な場面も立ち会ったのに、別れてしまったのだろうか?

 今となっては、どうでも良い事かもしれない。私は秋吉君の横顔を見た。彼は、大事な時に私の前に現れた、ような気がする。運命かどうかは分からない。

 ステージでは、一度アンコールがあり、それでもお客の拍手が鳴り止まずに「じゃ、短い曲やるか?」と佐藤さん。そして、続けて言った。

「2(ツー)やろう」

シューが聞いた。

「どの曲の2(ツー)?」

 シューと佐藤さんは小声で話して、曲が始まった。『アンテナ2』という曲だった。1分足らずで終わった。その後も拍手がなかなかやまなかったけど、シューが「終わったんだよ」とお客さんみんなに言った。

「面白かった」と秋吉君が言った。私は「うん」と答えた。それ以上、答える必要がないと思った。

 円盤はレコード屋さんでもあるので、私と秋吉君はおのおのレコードやCDを物色する事にした。ステージでは、3人が楽器を片付けつつ、いろいろな人に話しかけられていた。

 私は、中古アナログ盤の中に、ブラジルのサイケバンド「ムタンチス」を見つけて、しげしげと見ていた。ジルベルト・ジルの68年のアナログ盤まである。

 私の隣でも誰かレコードを物色し始めた。

「幹ちゃんだよね?」

 隣を見ると、シューだった。私は、口をあんぐりあけて立ち尽くした。

「一所懸命見てくれてたね」

「・・・すごく良かった」

「ありがとう」

「シュー、なんかちっとも、変わってないね」

「幹ちゃんこそ」

「私は、老いたわ」

「何ばかな事言ってる」

「今日のシューは、とりわけ若いわ」

 その時、シューは誰かに「坂本さん」と話しかけられて、そちらに返事した。そのすきに、私はその場を離れた。CDを買っていた秋吉君が私を待ってた。

「話ができたんだね」

「今日は・・・話なんかするつもりじゃなかったのに」

「いいじゃないか」

 私たちは、まだごったがえしている円盤から出た。まだ、真っ昼間だ。私は言った。

「ねえ、秋吉君、お酒つきあって、まだ明るいけど」

「いいよ。ガード下とか?」

「うん、どこでもいい」そして、付け加えた。

「私が酔いつぶれたら、介抱してね」

「そんなに飲むの?」

 私は返事をせずに、秋吉君を引っ張るように歩き始めた。これからリハーサルという感じでギターを持った子たちとすれ違う。高円寺の日常風景。わからないことがないことがなかった・・・

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