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キョージンナリズム 第60話

https://note.com/kutaja/n/n621017f84ec5

 から続く

リューノスケと私は抱き合ってキスをした。

そしてリューノスケは搭乗ゲートに消え、成田空港から飛行機は飛び立った。

リューノスケは南米のコロンビアへ向かった。料理人として向かった。地球の裏側だ。きっと予想もしない事がたくさん起こるだろう。でも、リューノスケはなんとかこなして行くだろう。そして数年後には、ひとかどの料理人になっているだろう。

私はいつコロンビアに行けるかなあ。さっきかわしたキスの、次のキスはいつになるかなあ。などと考えながら、私は成田空港から高速道路で東京に向けて車を走らせた。

ラジオからサリフ・ケイタが流れている。アフリカの音楽がこんな風に普通にラジオで聞けるなんて、数年前には考えられなかった事だ。

サリフ・ケイタはもうすぐ来日する。観に行かなくちゃ。マリ共和国の王族の血を引く人らしい。圧倒するような響く声で歌う人だと言われている。

今年はたくさんのワールド・ミュージックのスターたちが来日している。サリフと同じマリ共和国のザニ・ジャバテ、ナイジェリアのツインズ・セブン・セブン、ブルンジのドラマーズ・オブ・ブルンジ、ザイールのザイコ・ランガ・ランガ、マホテラ・クイーンズ、マヌ・ディバンゴ(以上アフリカ大陸)、ポンチョ・サンチェス(USAサルサ)、ミルトン・ナシメント、ジャヴァン、ジルベルト・ジル(ブラジル)…実は私はこれらをすべて観に行った。これらのアーティストは、みんなそれぞれの独特の「強靭なリズム」を持っていた。コンサートが始まると、おやこの人はこういうノリかあ、と戸惑いながらついて行く。次第にそのビートのグルーヴ感に読み込まれて、私は踊り狂っていた。その都度ため息をつきながら、私もいつか自分なりの「強靭なリズム」を持てるようにしようと心に誓ったのだった。(そのわりには大してうまくなっていない…)

今日はこれから、ザイール出身で東京在住のシフェレさんとの初の音合わせをする。(どういう偶然かリューノスケが旅立つ日と同じ日になってしまった)

ベースの幸田さんもドラムの横澤さんも参加を快諾してくれた。そして、幸田さんが知り合いのキーボード奏者を連れてきてくれる事になっていた。ギターは、シフェレのバンドに以前から参加する板井さんが担当するとの事。話はとんとん拍子で決まり、私は高田馬場のスタジオに向かっている。

思い起こせば、初めて高田馬場のスタジオにシフェレのリハーサルを見学に行った時、帰り道にリューノスケが背の高い美女と歩いていたのを発見したのだった。かの女性はコロンビアでレストランをやっているホセの奥さんで、その誘いでリューノスケは日本を発つ事になった。「シフェレとリューノスケのコロンビア行き」、この2つはなぜか同時に起こる。

いっしょに渋谷ジァンジァンのステージに立った秋元さんも、北アフリカのチュニジア行きを決意したらしい。リューノスケは南米へ、秋元さんは北アフリカへ、そして西アフリカからはもうすぐサリフ・ケイタがやって来る。

私はといえば、今高田馬場に着いた。コンガをスタジオに運ぶ。

「あ、よろしくお願いします」とギターの板井さんに言われる。先にドラムの横澤さんも着いていて、パスドラムを調整していた。

そして、シフェレ本人も到着、ベースの幸田さんはキーボード奏者の浅川さんを連れて登場。本日の「お手合わせ」メンバーが全員揃った。

お互い定位置について楽器のチェックが終わると、シフェレが言った。

「みなさん、忙しいところありがとうございます。ギターの板井さんが弾き始めて私が歌うから、ついてきて下さい」

板井さんが16分音符の繰り返しのフレーズをギターで弾き始めた。歌が入る前に横澤さんがハイハットとバスドラムで入って来た。そしてここぞというところでベースの幸田さんが「ずしん」と入ってきた。

この成り行きを笑みを浮かべて聴いていたシフェレは、静かに歌を乗せてきた。歌を少し聴いて、私はコンガを、浅川さんはシンセを、ほぼ同時に鳴らしてきた。

音が「バンドの音」になった。

今日の演奏者は全員うまい。一番下手くそなのは私だな。シフェレはバンド・サウンドに大いに納得したという風情で気持ちよく歌っている。後半、合図があってビートが速くなる。ここからは自由なアドリブ合戦になった。シフェレが適当にコーラスを重ねながら、まずはギターの板井さんがソロを取った。そしてバンドはますますノリを増してきた。テンポが変わるのではなく「空気をかき回す様に」ノリが増して来たのだ。私も何も考えずにコンガを叩く。

板井さんとシフェレは、バンドの予想以上のグルーヴに驚いている。気がつくとキーボードの浅川さんがラテン的なフレーズを弾いている。シフェレは再び歌い始めて、ギターの板井さんがあるところで終わりに誘導した。みんなそれに気づいて曲はしなやかに終わった。

素晴らしい演奏だった。私が初めてパパ・ウェンバの公演を観た時の感動に、自分の演奏が少しだけ近づいた気がする。

演奏が終わってもスタジオ内の空気はまだ「グルーヴという空気」が回っている様な感じだった。


https://note.com/kutaja/n/n2461306c2e50

 に続く

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