キョージンナリズム 第18話

 から続く。

そのギタリストは植木さんという人で、横浜のジャズ・シーンでは多少知られた人だった。ジャズ・バーで演奏するかたわら、自分が好きなブラック・ミュージックやトロピカルな音楽を『エスノ・オールスターズ』という自分のバンドをやっていた。

私はその日、彼から呼ばれて桜木町のリハーサル・スタジオに向かった。楽器を積んで、第三京浜を飛ばしてたどり着いた。

スタジオにコンガやティンバレスを持って入る。先日のライブで演奏していた人たちに挨拶をした。

「よく来てくれました」

と植木さんが、私をみんなに紹介した。

「うちのバンドの以前のパーカッションの奴は、もっと売れるバンドの方に行っちゃったのよ。まあいいや、今日は初めてリンガラっぽい曲を演奏してみるんで、ぜひパーカッションが欲しかったのですわ」

譜面を渡された。実は私は譜面には強くない。初見では出来ない。でも、この譜面には歌詞も書かれていて、それが面白かった。

 みんなみんなおいで

 今日はよく晴れてる

 みんなみんなおいで

 年がらリンガラ…

思わず、くすっと笑った。

「昨日一度、ドラムとベースで合わせてみたから、みんなそれについて来てみてよ」

ドラムのカウントの後、軽快な16ビートのリズムが始まった。キーボードの人も、譜面を見ながら手探りに入って来た。私は、パパ・ウェンバのライブで観たような、なるべく自由に叩いてる感じのコンガを叩きたくてやってみた。なんか、ぎこちないけど、多少はそれらしく叩けている。

8小節くらい前奏が続くと、植木さんのギターが"いかにもリンガラ"というフレーズを奏で始めた。ああ気持ちいい。それをひとしきり弾くと、譜面に書かれている歌詞をヴォーカルの女の子と植木さんがユニゾンで歌い始めた。歌詞のあるパートは同じメロディの繰り返し。ひとしきり歌ってそれが終わると、ラララ〜というコーラスが入る。

「このコーラスパートは歌える余裕のある人は全員歌うこと!」と、植木さんが大声で言った。みんな、演奏しながらラララ〜と一所懸命歌い出した。私も歌ってみたけど、おっとっと、コンガがずれちゃったよ。

そんな感じで一度演奏を終えた。

「全体的にイマイチだね。まあ、やり始めだからこんなもんかね。もう一度やるよ」

再び曲が始まる。私はいわゆるラテン的なコンガのパターンからいかに抜け出すか、いかにノリの良い演奏をするか、と言うことに神経を集中させる。自由にやって、しかもサマになるというのは難しい事だな。なかなか自分の中でしっくり来ない。

他のメンバーは明らかに2度目に上手くなってる。私は、かえって迷いが増して来た。

2回目の演奏を終えて、植木さんは言った。

「あんまりこん詰めずに『ジブラルタル』でもやるか」

そう言うと、ややテンポを落としたボサノバ・バラードの曲が始まった。

「幹さんは適当に入ってきてね」

そうか、えーと、どうしよう。とりあえず無難なラテン・パターンでバッキングする。もちろん無難に曲にフィットした。ヴォーカルの女の子がアンニュイな感じに歌う。なかなか良い。本当はトロンボーン奏者がいれば、もっと良い感じになりそうな曲。

「幹さん、いい感じじゃん」

と植木さんが言うと、いったん休憩になった。休憩中はバンドのメンバーからいろいろ話しかけられた。今までどのバンドでやっていたのか、プロなのか?とかいろいろ買いかぶられちゃった。私は本当にまだ初心者に毛が生えたみたいなものなのに。

ヴォーカルのリカさんと話してみる。

「私はジャズ・ヴォーカルを習ってたんだけど、どうも上手くならなくて悩んでたら植木さんに声をかけられた。植木さんのオリジナル曲は、私はわりと歌いやすくて楽しい。でもね、植木さんはけっこうノリ一発な人だし大酒飲みだよ」

わっはっは、そうなのか。確かにノリの軽い人みたいだけど、私の勘だと女たらしじゃないと思うんだよね。なんだかんだ言って、まじめに音楽好きだよね植木さんかなり。

「さあ、後半戦がんばろう」と植木さんが声をかけて皆スタジオに戻った。さらに私の知らない曲を2曲演奏した。とにかくみんなについて行った。そのうち1曲は「ティンバレス・ソロをやってよ」と言われたもんだから、さあ困った。ティンバレスのアドリブはやった事がないのだ。それでも何食わぬ顔してアドリブをやってみた。かなり下手くそな初めてのアドリブ。いやあ参った。次回にはなんとかしたい。

「最後にもう一回リンガラ曲やろう」と言われて、最初の曲に突入。なんか腕がこなれてきたのか、みんなに溶け込んだからか、すんなり演奏できた。自由に叩くと言うことが少しできた気がする。

練習を終えると植木さんは私に言った。

「横浜のうまい中華屋さん教えるよ」

「え、中華街のこと?」

「ちがうよ。まあ中華街にも良い店はあるけど、もっと穴場的なところ」

「どこ?」

「僕の家の近くの、反町(たんまち)だよ」

「行ったことない」

と、ふらふらとメンバー何人かで来てしまった。連れてこられたのは『福福菜館』というお店。なんの変哲もない店構えの中華屋さんだが、このお店は本当に美味しい中華屋さんだった。最初に注文した、卵と海鮮を絡めた一皿を口にした瞬間、絶句した。うまい。ちゃんとした味。次に出てきた青椒肉絲もすごくうまい。

「ね、美味いでしょ」と植木さんは、ビールをがんがん飲んでる。東横線沿線のこのへんは美味い店だらけなんだよ、と言われる。しかも値段は手頃だ。これは侮れない。横浜の底力?

植木さんは酔うとどんどん饒舌になる。ボクは日本のクインシー・ジョーンズになりたいんだよ。センスの良い個性派をたくさん発掘してね、一大オーケストラを作りたいんだ、そしてクインシーみたいに土着な音楽を洗練されたかたちで世に送り出したいんだ。。。

…男の夢語りだ。私の彼氏のリューノスケも最近そうだ。料理人として海外で働いてみたいとか、夢語りしている。なんだろね、男はどうして女の前で夢語りするのか。夢のあるミュージシャンは夢を曲にして良いし、夢のある料理人は夢を料理にして欲しいんだよね。

…あ、美味しい、天津飯も。やはり横浜の底力。


 に続く

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