キョージンナリズム 第32話
から続く
CAYに着いた。ジョゼのライブの日。すでにたくさんの人が入場していて、ビールなど飲みながら開演を待っている。BGMに流れているのはエドゥ・ロボかな。あ、かつてサンバチームで一緒に練習した人たちが来てる。私は挨拶して会話に入っていった。
「ジョゼって、最近知ったんだけどすごくいいよね」と言ってる人が多い。そうか、みんなわりと最近ジョゼを知ったんだね、私と同じか。だと言うのに、すでにこの会場をいっぱいにできるくらい人気がある。
ステージにジョゼたちが登場。このあいだ観た時よりもバンドの編成が大きくなって6人編成。パーカッションがもう1人増えたのと、フルート奏者が入ってる。ジョゼが「こんばんは!」と一語一語はっきり挨拶すると、いきなり曲に突入。フルートとバンドリンのアンサンブルはとてもショーロぽい。そこにジョゼの伸びやかな声が乗っかる。
つくづく思う。ジョゼの声は、ブラジルのプロのシンガーっぽくない。なんか堂々たるアマチュアの自信に満ち溢れている。世界にはプロフェッショナル山の頂と、もう一つアマチュア山の頂と、確固たる山頂が2つ存在するのではないか。
曲はどんどん進む。みんなは踊る踊る。ジョゼは言う。
「ブラジルは広いからサンバ以外にもいろいろな音楽があります。私はバイオンというスタイルの曲が好きなので次はバイオンを歌います」
確かに今までレコードで聴いて来たモダンなサンバとはどこか違うノリ。もっと「ゆさぶられる」と言うか、もっと下から揺らされるような音楽。でも激しくはない。穏やかに発酵するように盛り上がる。
この夜もジョゼの音楽を堪能した。汗をかいた。喉が乾いてビールを飲んでいるとステージを降りたジョゼがいろいろな人と話をしているのが見えた。しばらくするとジョゼは私の方に向かって来た。
「見つけました、ミキ・ヒラタさん」
細面な顔に笑顔を浮かべてジョゼは「デモテープ持って来ました」と私に手渡して「何か面白い企画にまとめて下さい」と私の手を握った。
そして翌日は、私は六本木ハートランドに向かう。佐々木さんに会うためだ。私はハートランドの塀をまるで壊したように見せかけた入り口をくぐり、蔦のからまる洋館の外階段を登る。
その時、私は愛用のメキシコ製の布バッグを肩から落としてしまった。
「落ちましたよ」
背が高い男性がわたしに言った。
「あ、ありがとうございます」
と私は受け取った。
そして二階に入るとすでに佐々木さんがいるのが見えた。思わず「佐々木さん」と声を出した。佐々木さんは「どうも」と言って近づいて来てくれたが、さっき布バッグを拾ってくれた男性が、すぐ後ろから「佐々木さんひさしぶり、お待たせしました」と声を出した。
「あ、幹さんちょうどいい、バリ島で彫刻を習っていた古川さんですよ」
古川は身長が185センチを越える人で、しかもとても痩せている。髪を長くしていて、それをうしろに結えていたけど不思議とヒッピーぽいニュアンスがない。むしろとても清楚に見えた。イッセイ・ミヤケやゴルチェのショーのモデルでもやってそうな人だ。
「南米のバッグとか肩にかけてるから只者じゃない予感がしてました」
佐々木さんが彼に言った。
「彼女がバリ島に行きたがってる幹さんですよ」
「バリ島はね、とにかく素晴らしいところです。からだの細胞をすべて組み替えてくれるような島なんですよ」
と言ってわたしに右手を差し出したので、私も右手を出して握手したら、強くぎゅっと握られた。
に続く
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