キョージンナリズム 第35話
から続く
佐々木さんは本当にハートランドでのジョゼのライブを組んでくれた。佐々木さんのアドバイス通り、まずはジョゼのいつものメンバーでの出演となった。
私は午後5時くらいにハートランドにたどり着いた。夜の営業が本格的に始まる前の時間帯。本当の入り口は2階だけど、ライブをやるフロアはそこから階段を降りた1階だ。実は2階受付を通らなくても、そのまま入り口からライブの場所に行けてしまう。私はこっそり入った。
「おーミキさん、いらっしゃい」
「リハーサル、快調みたいですね」
「私の歌やギターは子供の頃からやっているものだから、何も苦労なくできる。素晴らしいのは、日本で出会ったメンバーが曲をもっと面白くしてくれる事だよ」
2階から佐々木さんが降りてきた。ハートランドはライブハウスではないので、ステージのそばに音響ブースがなくて2階から操作しているのだ。佐々木さんはそこから降りて来た。
「幹さん、いい感じです。ジョゼさんはハートランドに合いますよ」
よかった、嬉しい。
だんだんと日が暮れてくる。六本木の日暮れ。ここは木々に囲まれた贅沢な空間で、猥雑な六本木の香りがまるでしないのだ。風が吹いていてとても気持ちが良い。
(実はここは20年後には六本木ヒルズになってしまう場所なのだが、あまりにも似つかわしくなくて、87年にそんな話を聞いてもちっとも信じなかっただろう)
夜の8時になりライブが始まる。ライブを観に来たのではないお客様の方が多いのがハートランドの特徴。
お客様ががやがやと食事したりビールを飲む中、「こんばんは、ジョゼ・ピニェイロです!」という声とともにライブが始まった。快調なサンバ・パゴーヂ。お客様の目がジョゼの方に。ボサノバのようにおしゃれではないけれど、妙に「おへそをくすぐる」ような楽しげなノリ。ラフなようで絶妙なアンサンブル。
「ハートランドのライブは、けっこうマニアックなものも多いので、ライブ目当てではなくやって来たお客さんにろくに観てもらえない事もあるんです。でも、ジョゼさんはみんなを目を集めてるね」
と佐々木さんが言う。
お客様の中には肩を揺すってる人もいる。すると、不意に声をかけられた。
「幹さん」
「あ、松井さん」
カトラ・トゥラーナのバイオリンの松井さんだ。なんという偶然。
「幹さんがいてびっくり。私たちはリハーサルの帰りなんだ」
松井さんと一緒にいるのは、カトラ・トゥラーナのメンバーではない。私の知らない男性2名で、一人は小柄で髭を生やした人。もう一人は、背が高くて痩せていて、目の細い印象的な人。
「原マスミって知ってる?今度一緒に原さんのバッキングをやるメンバーなの」
私がそれに応えるよりも先に、背の高い方の男性が言った。
「この人のライブ素晴らしいですね」
すでに熱心に聴き入ってる。そして松井さんが言った。
「カトラの弦楽隊が参加して原マスミのライブをここでやるかもしれないんだよ」
それはすごい。ハートランドのライブはクセモノぞろいだ。
ジョゼのライブはどんどん盛り上がっていく。私も松井さんも、松井さんの連れの2名も、そして佐々木さんもすっかり聴き入っている。そして大きな拍手とともにライブが終わった。私は少し落ち着いた頃合いに、ジョゼのところに行って握手した。ジョゼは「ミキさんありがとう」と小声で言った。
ライブ後の打ち上げを店内でやるのがハートランド流らしい。本日は天気が良くて、夜にやっても暑からず寒からずなので、ハートランドの庭のテーブル席で打ち上げをする事になった。
みんなにビールジョッキが運ばれてくる。
「私たちも合流していいかな?」
と松井さんが言い、そして乾杯。風がまた気持ち良い。
「幹さんに紹介するね。ベースの幸田さんと、ドラムの横澤さん。横澤さんは最近は和太鼓を組み合わせた和風ドラムセットを演奏してるんだよ」
「あ、横澤さんの和風ドラムセット、私は仙波清彦さんのライブで観ました」
「観てくれたの、嬉しいな」と横澤さん。
「私はラテン・パーカッションをやってる幹です」
「よろしく。僕もベースの幸田くんもラテンやアフリカの音楽が大好きなんだ」
するとその幸田さんがすかさず言った。
「そうだ、幹さんは行きますか?ドゥドゥ・ニジャエ・ローズ」
「あ、来日するんですよね。アフリカのどこでしたっけ」
「セネガルですね、有名な打楽器集団だよ」
「いつでしたっけ」
「再来週だよ。世田谷美術館と青山のCAYでライブがある」
そう言って、幸田さんはコンサートのチラシを見せてくれた。その打楽器集団の写真がカラーではなくモノクロだ。それを画像も文字も青系の色で刷っている。やや荒れた画像がかえってインパクトある。横澤さんと幸田さんはそれを眺めながら、これは楽しみだね、と話している。六本木の夜の風がチラシをはためかせていた。
に続く
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