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キョージンナリズム 第31話

 から続く

電話の呼び出し音が3回鳴った。そして「はい」と流暢な日本語で女性の声。私は不意打ちを食ったようにドギマギしたけど、なんとか落ち着かせて言った。「あ、ジョゼさんのお宅ですか?平田と申します」「はいそうです。今代わりますね」と声がして、ジョゼ、平田さんという人から電話、と聞こえる。

ほどなく「ジョゼです」と、あの歌声を思い出させる声が聞こえた。

「幹です、突然すいません」

「どうも、幹さんは平田さんという苗字だったんですね」

「あ、そうなんです」

「先日は楽しかったですね。どうしました」

私は、ジョゼさんにちょっと面白いバー・レストランに出演して欲しいなと思っていて、そのためにデモテープが欲しいと説明した。

「いろいろ考えてくれているんですね、ありがとう」

「だって本当に素晴らしいライブだったですから!」

「デモテープは、あまり音の良くないものしかないですね。でもちょうど、新たに録音しようと思ってました。FM放送のJ-WAVEの『サウージ・サウダージ』という番組のポルトガル語を担当する事になったので、曲をスタジオで録らせてもらおうと思ってます」

「なんか素晴らしい話ですね。でも、いまあるデモテープも聴いてみたいです」

それならば来週、青山のCAYというライブ・レストランに出演するので聴きに来ませんか、その時にテープを渡します、と言われた。

「ところで最初に電話に出た女性はどなたですか?」

「あ、ユミは私の奥さんです。お互い世界を放浪して知り合いました」

(そうなのかあ。。)

青山CAYはリューノスケと行ったことがある。CAYはタイ料理レストランで、リューノスケは料理を吟味したくて「行こう」と言った。私はどうせなら面白いライブをやる日に行きたくて、スティール・パン奏者のアンディ・ナレルのライブの日に予約した。

その日のライブは、ジャズっぽくて上品な仕上がりだった。リューノスケはCAYのタイ料理の味も上品だと言った。

「このポー・パッポン・カリー、東南アジア的なスリル感が弱いよな…これくらいが日本人向けなのかなあ」とかつぶやいていたっけ。

とにかくジョゼを観に行こう。ちょうど佐々木さんに会う前日だし、段取りが良いぞ。リューノスケを誘ったら行くかな?いや、CAYはもう食べたからいいよ、とでも言いそうだ。

デモテープと言えば、実はエスラジの向後さんからデモテープが届いたのだ。カセットデッキに入れて鳴らすと、とてもミニマルな音世界が拡がった。アジアの太鼓の音をループにしたリズムに乗って向後さんのエスラジがたおやかなメロディを奏でている。曲によっては、打ち込みのドラム音の上にエスラジを弾いている。時々入るタブラの音も、向後さんが演奏しているのかもしれない。決してダークにはならないアンビエント・ミュージック。私はノリの良い民族音楽も好きだけど、こういうものも好きだ。向後さんの手紙が同封されていて、上野の水上音楽堂で開催されるイベントにいっしょに出演して欲しいと書かれている。伴奏の打楽器をチョイスはすべて幹さんに任せると書かれている。こういうのが一番困る。

まあなんとかなるだろう、一応受けて立とうかな。

今年は昨年に引き続いてザイールのパパ・ウェンバがまた来日するという情報も聞こえてくる。さらに、ドゥドゥ・ニジャエというセネガルの大編成の太鼓のグループがやってくると言う噂もある。

アフリカのミュージシャンが続々来日しそうで嬉しいなあ。80年代も後半になって、わたしが興味津々のアーティストが急に来日するようになって、いったいどうしちゃったのだろう。時代が私に追いついた、と言う感じ。からだがいくつあっても足りない。

いやいや、そんなこと言ってもまだまだ自分の楽器の所業が足りないよな。下手くそな私が何人もいてもしょうがないわ。そんな事を思ってそばにあるボンゴに中指を当てたら「カッ」と鳴った。


 に続く

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