キョージンナリズム 第17話

 から続く。

パパ・ウェンバのコンサートの後、しばらくは「リンガラリンガラ」と浮かれていた私だったが、実はサルサバンドのライブが決まって、これはこれで猛練習をしていた。

ペルー人のルーチョに歌で参加してもらうのは2曲だけにして、あとは4曲の歌無しのナンバーをやる事になった。4曲のうちの1曲、『マリア・セルバンテス』では私は初めてボンゴのアドリブ・ソロをやる事になった。

ろくに上手くないのにアドリブなんてできないよ…と言う訳にも行かず一所懸命練習していた。そしてライブの日はあっという間に来てしまった。

場所は横浜の関内駅の近くのライブハウス。何バンドも出るイベントで、私たち以外は特にラテンバンドではないけれど、イベントのくくりとしては『トロピカル・ナイト』となっていた。

思い切って話を端折ってしまうけど、この私たちのデビュー・ライブは"なんとかそれらしく演奏できた"という程度の仕上がりだった。面目ないけれど、それが現実。だとしたら、さぞライブは盛り上がらずに終わったんじゃないかと思うかな?実はその逆だったのだ。

ヴォーカルのルーチョが完全にこの日の全ての美味しいところを持っていってしまった。たった2曲の自分の出番ではリハーサルの3倍はノリの良い大声で歌い始め、目を奪われるくらい楽しげに踊り出した。お客さんはほぼ全員ルーチョに釘付けになった。

ルーチョの歌の2曲目は『デシデテ』という曲だったけど、ルーチョは曲の途中からマイクを持ったまま客席に降りて行って、可愛い女の子のお客さんの目の前まで行って、その子のために歌うようにグッと迫っていった。女の子は笑いながらルーチョを観ていたが、ルーチョはさらに気を良くして女の子の肩に手を回して、色目を使いながら歌い続けた。他のお客たちにも面白がられて、しばし大盛り上がり。曲が終わったのにルーチョはステージに上がって来ない。ピアノのノボさんが「戻って来い!」と叫んだけど、結局ルーチョは戻ってこないので、ノボさんは最後の曲のイントロのピアノの速いパッセージを弾き始めた。四小節目に私たちも一斉に音を出して曲に突入したけど、ルーチョはそのまま客席でがんがん踊り出した。私たちはステージ上で必死に演奏し、ルーチョは踊り狂い、ルーチョにつられて何人かのお客さんも踊り始めて、客席はもの凄いノリになって来た。ステージで私たちがなんとか演奏を終えると、客席全員の拍手喝采が響き渡った。私は思った。私たちの演奏は下手くそだったけれど、お客さんのノリに支えられて私たちも少しノリを増して乗り切った感じ。悔しいけれど間違いなくルーチョのお陰だった。

私たちが引っ込むと、ステージには髭を生やしてアロハシャツを来たギタリストが率いるバンドがセッティングを始めた。私は楽器を楽屋に置くと、会場の暑さに喉が乾いてバーカウンターでジンジャエールを注文した。

それをいっきに飲み干すと、次のバンドが始まっていた。いきなりモダンなサンバのような曲で始まった。ちょっと面白そうだぞ、このバンド。パーカッションはいないけれど、ドラマーが上手くサンバのグルーヴを出していた。ヴォーカルは女の子で、コミカルな歌詞を歌っていて、ギタリストが時々コーラスを重ねている。曲が終わると、なんかギタリストがコメディアンみたいに話す話す。客席からは笑いが起こる。話が長くなりそうになると、ドラマーが勝手に曲を始めてしまう。それでまた笑いが起こる。今度はブラジルのジルベルト・ジルがやりそうなラテン・ファンクぽい曲。そして、その次の曲はレゲエぽかったり、珍しいバンドだなあ。

そのバンドが終わると、この日のライブは終わりになった。私がボンゴやカウベルを片付けていると、誰かが近づいて来た。

「もしもし、ちょっといいですか?」

「はい?」と振り向くと、今しがたの面白いバンドのギターの人だ。

「あなたの演奏を見ていたんだけど、なんか良かったです。よかったら僕のバンドを手伝ってくれませんか?」

「え、私ですか、私は器用じゃないですよ」

「いや…演奏するたたずまいが素敵だと思ったんですよ」

「本当ですか、嬉しい」

ギタリストは笑って言った。

「本当ですよ。横浜人、嘘つかない。…あ、僕は横浜が地元なんです。僕のバンドはパーカッションが抜けちゃって困ってたんですよ。今度ね、リンガラみたいな曲もやろうと思ってるんです」

え?!今なんて言った…リンガラ、て言ったよね。間違いなく、リンガラって言ったよね?


 に続く。

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