キョージンナリズム 第13話

 から続く

私は、どうしてもOM(オム)の事が気になって高野さんに話しかけてしまった。私はラジオで聞いたOM(オム)が凄く印象的で、ずっと覚えてました、などと矢継ぎ早に話しかけてしまった。高野さんは、親おやそれは恐縮です、と答えた。さらに私は不躾にも、なぜ今はベースを弾いてないのですか、と聞いてしまった。すると高野さんはさらりと、

「もがきながら音楽をやっていた時に得られなかったものが、バリ舞踊を観た瞬間にすでにそこにあるのを感じてしまったからですよ」

と答えた。私はそれがどういう事かよく分からなかった。

「OM(オム)はカセットテープで残っているから、あなたにダビングしてあげましょう」と高野さんは言ってくれて、後日取りにうかがう事になった。

リューノスケには内緒で、一週間くらいあとに四谷3丁目の高野さんの家に向かった。この町に来たのは久々だ。少し奥まったところに『イパネマ』というブラジル音楽のお店があったな。あそこで出会ったボサノバ・シンガーの女性に誘われて、東京在住のブラジル人のフランシスのサンバ教室に顔を出したのが私の打楽器修行の始まりだった。

高野さんの住んでいるアパートは『イパネマ』とは全く逆の方向に奥まったところにあった。近くから電話をすると高野さんが迎えに来てくれた。

「わざわざ取りに来てくれて、すいませんね」

「いえいえ、どうしても聴きたかったので」

高野さんのアパートにあがる。質素な部屋。バリ舞踊の衣装や、バリの民芸品が置いてある。古風なステレオもどでんと置かれている。

「あなたのためにテープはダビングしてあるけど、せっかくだから今聴こうか?」

「あ、お願いします、嬉しい」

高野さんは古いカセットテープをデッキに入れてスイッチを押した。ベースの音とタブラの音で始まった。このベースが高野さんの演奏のはずだ。そこにシタールの音が絡んでくる。前奏を終えると、いきなりフルートがメロディを奏でる。けっこう静だけど疾走感のある曲。なんか、音の質感はエスニックなんだけど、曲調の爽やかさはトラッド・フォークのようでもある。

私は真剣に聴いていた。

たぶん私よりは一回りは年上の高野さんは黙っていた。カセットテープが進むにつれて、思索的な曲もあり、インドっぽい曲もあり、ミニマルな曲もあり、確実に私好みの音楽だった。

カセットテープのA面が終わった。私はふうと息を吐いた。

「高野さん、これ、かっこいい」

「うん、面白いユニットだったよ」

「こういうエスニック・フュージョンばかりやってたんですか?」

「いや、フォークシンガーのバッキングやったり、ジャズをやったりしてました」

「私はラジオでOM(オム)を聴いた時に、どんな人がこういう音楽をやるんだろうって思ってたんですよ。でもこうして不意に会えた」

高野さんは笑いながら答えた。

「ラジオでかかってたのは、2枚目のアルバムじゃないのかな。僕はそれには参加してないんだ。素朴な一枚目の方だけ。そのあと抜けた」

…そうか、なんか記憶の音楽と微妙に違うと思った。ラジオで聴いたのは、もう少しだけ"おしゃれ"な感じがしたから。

「ところで、幹さんて何年打楽器習ってるの」

「えーと、まだ習い始めて2年くらいですね」

「じゃあ、まだ厳しいところは通ってないかな」

「厳しいところ?」

「大体3回くらいは音楽をやめたくなるものだよ。その理由は人それぞれなんだけど」

「私は、今のところはやめたいと思った事がないです」

「あのさ、打楽器ってリズムを出す楽器でしょう。でも、バリの音楽の太鼓はリズム楽器じゃないだよ。もちろん、リズムを担当することもできるんだけど、もっと重要な役目があってね、芝居やダンスのここぞという時に、演じ手に呼応して音を出す【あいのて】の役割なんだよ」

「そうなんですか」

「観れば一目瞭然だよ」

「あーやっぱり、バリ島に行きたい!」

「行きましょうよ。僕らの舞踊団も、公演後またパリに行くよ。よかったら一緒に行こう」

ぐっと心が動く。高野さんと行ったら、バリの太鼓も習えるだろうか?いやいや、これって私、口説かれてるの?

「幹さんはリズムをリズムとして習得しようとしているかもしれないけど、それもまあ必要だけど、音楽は全体で捉えるのが正しいよ。自分だけうまくできても、全体の流れを止めたら意味ないものだから」

「私って、全体で捉えてなさそうですか?」

「実際に演奏しているのは見た事ないので分からないけど、僕も若い時はなかなか全体で捉えられなかったから」

「カセットOMの音楽は全体で一つのうねりになってましたよ」

「あれは、なってるね」

「今はサルサを習ったり、ロックバンドに呼ばれたりしたているんですが、もっと自分にしっくり来るユニットをやりたいなと思ってるんです」

「それをやるには、出会いだね」

「私もそう思います」

「高野さんはどうやって人に出会ってきましたか?」

「やぶれかぶれで体当たりだったな。だから、ぶつかったりもした」

なぜかこんな会話になってしまって、えんえん話し込んでしまった。気付いたら一時間以上もいろいろ話してしまった。教わったり、軽く説教されたり、はげまされたりした感じ。

「ごめん、調子に乗ってこんな時間まで引き止めちゃった」

「いや、面白かったです」

「幹さんは、なんかこれから化けそうだなと思ったんですよ」

「凄いプレイヤーになるかも、って事ですか?」

「その方面かもしれないし、違うかもしれない」

「曖昧だなあ」

「じゃあ、忘れてください」

その日はそれで、高野さん宅を出た。四谷3丁目の駅に向かう。酔ったおじさんたちがいる。新宿の酔ったおじさんたちよりも、いくぶん上品な気がする。ラーメン屋さんの美味しそうな匂いを横目に、今日はもう帰ろう。もらったカセットをもう一度よく聴こう。今の高野さんと私の道は、1000キロくらい離れているかもしれないけれど、このカセットテープの頃の高野さんと私は500キロくらいしか離れてないかもしれない。もともと歩いている道は違うだろうけど、歩くためのヒントがあるような気がした。


 に続く

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