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キョージンナリズム 第43話

 から続く

来週後藤くんと会うことになったが、その前に今週末の日曜日にはエスラジの向後くんと一緒に上野の水上音楽堂に出演するのだった。

前日の土曜日に「やっつけ」なリハーサルをする事にした。彼が住む板橋駅のそばにあるマンションへと向かった。

彼は親が金持ちなのか、広いマンションの2部屋を自由に使っていた。自分の部屋の方は、エスラジやタブラなどインドの楽器がたくさん置かれている。また、彼の自作の楽器のようなものがあったり、レコーディング機材があったり。

そして本来共有スペースであるリビングにも、向後さんの楽器がだいぶ侵食している。うーむ、これは羨ましいぞ。

「最近手に入れたベトナムのコーヒーをいれたよ。甘くして飲むものだから、すでに砂糖を入れちゃった。上澄みだけ飲んでね。底に沈殿するのは飲まないでね」

小さくて黄色い、可愛いカップを渡された。なんか、おしゃれな感じ。(87年の秋の時点では、ベトナム・コーヒーなどというエスニックでキュートなものは街にはまだ出回ってなかった)

「明日の出演時間は30分しかないので、3曲くらい覚えてもらえばいいかな」

「もらったテープのどれをやるの?」

「最初の曲はやる。あとは、何曲かやってみてうまく出来そうな曲をやりましょう」

彼はおもむろにエスラジを出して来た。私は、このあいだ秋元さんから借りた民芸品のダルブッカを構えてみた。

「じゃあ、テープの一曲目『ナーガ』という曲をやります」

エスラジのたおやかなメロディ。リズムを捉えて私は初めてダルブッカを叩いてみる。本来は左膝に乗せて横向きにして叩く打楽器だけど、私はまだ慣れなくてコンガやジャンベのように股に縦に挟んで叩いている。

エスラジの音色のせいでインド音楽のように聴こえるけれど、実はメロディをよく聴くとなかなか普通にポップなのだ。私の慣れないダルブッカも上手くはまって来た。4分ちょっとの曲で、人力フェイドアウトのように終わった。

「幹さん、ダルブッカが面白い感じで合いますね」

「ほっとした。これでいいんだね」

「幹さんは越智義明さんは知ってる?彼もダルブッカを縦に叩くよ」

「アフリカの打楽器をよく演奏する人だよね」

「そうそう。でも越智さんはアフリカのタイコを叩いても、意外とクールな感じなんだ。幹さんの方が情感あふれてるかな」

「あらら、褒めてもらったのかな。でも向後さんも、どっぷりアジア風味じゃなくて、どこかクールでポップ」

「あ、それ、よく言われます」

続けて何曲か向後さんのエスラジに合わせてみた。ボンゴを使ってみたり、パンデイロを使ってみたり、いろいろやってみた。どれも、まあ、それなりに形になった。でも完成度は低い。当たり前だ、本日初めて合わせているんだから。

「えーと、じゃあ3曲目の『ブッダホール』と4曲目の『エンチャンティド・フォレスト』を追加しましょう」

「と言うことは、ボンゴとダルブッカを持っていけばいいのかな」

「正解」

2人で休憩する。向後君が今度は紅茶を入れてくれる。これも何かのハーブティーだ。マンションの5階の窓から、板橋の街並みが見える。

「幹さんは勘が良いですね」

「曲がちゃんと出来てるからですよ、乗っかるだけでよいので、楽」

紅茶の香りが良い。アジアっぽい匂いなのに、飲むとクセがない。板橋駅の近くなので電車と音がしたり駅のアナウンスが聞こえたり、こういう音も悪くないな。

「幹さん。もう一曲だけ明日のライブでやりませんか?幹さんに打楽器じゃない楽器をやって欲しいんだけど」

「え、私は打楽器しかできないよ」

「これなんです」

向後君が差し出したのは、どうやら自作楽器と思われるカリンバだ。よく「親指ピアノ」と言われる楽器。両手の親指で金物の鍵盤を弾いて、旋律を奏でる楽器。ただし彼の自作のそれは「丸い盤面に三方向にカリンバがついていて、三方向から演奏できる」ものなのだ。あまりにクリエイティブな造形でびっくりした。

「これ、3人で三方向から演奏できるように作ったんです。明日は2人だけの演奏だから、良かったら僕が2方向から弾くから、幹さんが残りの方向のカリンバを弾いてみて」

「うまく出来るかなあ」

お茶を飲み終えて、実際にやってみた。向後さんが2方向から旋律もリズムも出してくれた。おかげで私も気軽に弾いてみる。どうやらデタラメに弾いても、ある程度和音になるように作られているようだ。

向後さんが手慣れているので、私は時々アドリブのように音を重ねるだけで良い。それで十分面白い。私は弾きながら言った。

「ペンギン・カフェ・オーケストラの曲でこんな風なのあったね」

「さすが幹さん、知ってるね」

私はなんか楽しくなって、向後さんが弾くのに合わせて「ふふふん」とかハミングした。

「あ、それ良い、続けて」

窓の外の風景は、秋が深まるニュアンスの空に色。87年が冬に向かおうとしている。私のハミングは駅の発車ベルとハモっていた。


 に続く 

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