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服部ユウが踊らない理由

アニメ『アイカツ!』(以下アニメを『アイカツ!』と称し、キャラクターが取り組む日々の活動をアイカツ(『』無し)と称す)のキャラはよく踊る。
それは筐体ゲームの利益向上やゲームをプレイしたときの臨場感を高めるために必要な事である。

『アイカツ!』は主人公がトップアイドルになっていく物語であるが、時折主人公を取り囲む脇のキャラクターに焦点を当てた話も放送する。そのような話ではスポットライトが当たったキャラクターがステージを披露する。
そうすることで筐体ゲームで使用してもらえるキャラクターを増やしていく効果がある。

しかし、スポットライトが当たったにも関わらずステージを披露しなかったアイドルがいる。
それが服部ユウである。

>当初はあかりの友達であかりと寮が同室だったが、3期開始直後にスミレと入れ替えられたことに象徴されるように、劇中の出番がびっくりするくらい少ないユウ。ただでさえ出番が少ないのに交換留学でスターライトに不在になるということから覚えていない人もいるのでは、という具合の掘り下げのなさなのです(´・ω・`)<

http://yamato-yuyu-toy-x2.blog.jp/archives/46044482.html

キャラデザインはでんぱ組.incの最上もがを思わせる金髪ショートカット(本人も言及)、たまに見える八重歯も可愛さを増幅させる。

それほど作り込まれたキャラであり、尚且つ1期〜2期主人公星宮いちごから3期以降の主人公をバトンタッチする大空あかりと同室という重要ポジションであった。しかしそのポジションが氷上スミレに変わる3期以降、登場回数が激減(ほとんど無かったと言っても良い)し、服部ユウ下克上なる物騒な言葉もTwitter上で誕生するほどの不遇さであった。

そんな服部ユウにスポットライトを当てた回がアイカツ156話『You! Go! Kyoto!』である。


大空あかりと氷上スミレが次なる旅(新条ひなきを含めた3人のアイドルグループ、ルミナスはジャパンツアーの真っ最中である)に向けて支度をしているところ、朝の情報番組が話題のアイドルを紹介するところから始まる。

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>アナウンサー「注目の熱視線!今日は話題のアイドルをご紹介します」
大空あかり「えっ?話題のアイドル?」<

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番組は話題のアイドルとして「旅アイドル」と名付けられ各地で活躍する服部ユウを取り上げる。

この時点で大空あかり・氷上スミレ両人は「話題のアイドルであるはずの服部ユウ」を知らない。
その理由は普段のアイカツが忙しかったり服部ユウが活躍するのがローカル番組だったり…ということが考えられる。

支度が済み、ルミナスは沖縄に向かうツアーワゴンに乗り込む。

そのツアーワゴンにヒッチハイクの要領で服部ユウは同乗することになる。

服部ユウがツアーワゴンに乗った理由を説明する。京都に向かうはずが寝坊をしてしまいたまたま通りかかったツアーワゴンを見つけたのだと。ルミナスのツアー日程に余裕があるために道中で降ろしてもらえることになる。

「寝坊」したが「日程に余裕のある沖縄に向かうルミナスツアーワゴン」を見つけ「行き先の途中で京都」に降ろしてもらう。
もし、服部ユウが寝坊せずに一人で京都に行ってれば---
ルミナスの日程に余裕が無ければ---
ルミナスはまず北海道にツアーに行っていたがその順番が逆だったら---
服部ユウは前話(155話)に少し出ただけで終わってしまい、また次の出番がいつになるかモヤモヤさせられることになっていただろう。


服部ユウが大空あかりに渡した飴が大空あかりの好きな味だったことから話が弾んでいく。ちょうどハロウィンだったからだろうが、「飴を渡すことで距離を縮める」というのは主に大阪の中高年の女性の常套手段であり、服部ユウも関西に交換留学に行っていた時にこんな風に飴を渡されてその土地土地に馴染んだろうか...と想像が止まらない。

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服部ユウ「私はかっこいいアイドルになりたくてスターライト学園に入ったんだ。レッスンも特訓もやる事全部が新しくて楽しかった」

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>かっこいいアイドル……か。彼女の推してるブランドのスイングロックもかっこいいを追求してると言えるし、納得。<

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服部ユウの志望動機は「かっこいいアイドル」であると語られる。服部ユウ自身の思うかっこいいの定義までは語られないがアイカツ!内で例を挙げるとするならば同じブランドコーデを着用するドリームアカデミー学園に所属するロックなアイドル、音城セイラのような存在が挙げられるであろう。

そこで疑問に思うのが現在の服部ユウの立ち位置は「かっこいい」のだろうか。
冒頭の朝の情報番組で紹介されている映像では足湯に入って効能を説明したり吊り橋に腰が引けてしまっていたり旅館の食事に舌鼓を打っていたり…ツアーワゴンが途中休憩したPAではB級グルメの紹介をしている。

京都で出るローカル番組のタイトルはローカルらしいギャグが用いられている。

その立ち位置は「かっこいい」というよりゆるキャラ的な緩さを感じさせる。

そしてそれらには学園で行っていたレッスンや特訓が活かされているとは言い難い(山を登っている1シーンでは活かされているだろうが)。彼女もステージに立つ日を夢見て学園生活を送っていただろうに、だ。

服部ユウの提案によりルミナスは服部ユウの番組にゲストとして出る事になる。
ハロウィンスペシャルという事でルミナス、さらに栗栖ここねと藤原みやびによるユニット、あまふわなでしこの2人は仮装をしている。
しかし服部ユウは冒頭の情報番組で紹介されていた時と同じバスガイドの服を着ている。この番組での衣装だと思われるのだが「ハロウィンスペシャル」で「皆で仮装する」と誘ったはずなのに。そしてあまふわなでしこ・ルミナスが踊るステージに服部ユウは参加せず観ているだけである。

「かっこいいアイドル」になりたくて「レッスンも特訓も」頑張っていた彼女はあくまでいつもの姿で進行役を勤めている。

番組はスペシャルゲスト2組を迎えて大成功に終わり、あまふわなでしこの2人はそれぞれのホーム(それぞれの学校の寮であろう)へと帰り、ルミナスと服部ユウはホテルの部屋で打ち上げを兼ねた女子会を楽しむ。
宴もたけなわになるうちに大空あかりは寝てしまう。

眠ってしまった大空あかりに氷上スミレが毛布をかける。

眠っている大空あかりに正面から穏やかな眼差しを向ける氷上スミレの横顔のカットが差し込まれる。

そこにはかつてのルームメイトであった服部ユウどころか新条ひなきすら写っていない。そしてそれぞれが座っている位置関係からは大空あかり・氷上スミレの距離の近さが服部ユウ・新条ひなきの目に映り込んでいる。

さらに言えば服部ユウは(氷上スミレの後ろ姿に隠れていなければ)氷上スミレと同じ角度(つまり真正面)から大空あかりを見ている、いや、見ざるを得ない。

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氷上スミレ「ユウちゃんはどうして何度も交換留学をしようと思ったの?」

服部ユウ「やっぱり、あかりちゃんを見たかったからかな。目の前のあかりちゃんがどんどん眩しくなっていったから」

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現在のルームメイトでありパートナーであり大空あかりと偶然の出来事から共にトップアイドルを目指し順調にステップアップしていく、更に言えば寝ているところに毛布をかけてあげる様が自然になっている、まさに相思相愛という言葉がピッタリな氷上スミレから、かつてのルームメイトであり、共にアイカツする仲間と出会えたにも関わらず、同じ偶然の出来事から一人で交換留学することになった服部ユウへと向けられた質問。何気なく交わされた質問だが捉えようによってはこれは少し刺のある質問である。
これに服部ユウは笑顔で答える。しかし、そこから話される内容は少し辛いものである。

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服部ユウ「星宮先輩の真似じゃなくて自分らしいアイドルになりたいっていきなり髪を切ったり、ものすごく厳しいアイカツブートキャンプっていう特訓に出かけていったり。少しでも輝くためにあかりちゃんはいつも頑張ってて。不安そうなこともあったけど、どんどん新しいあかりちゃんになっていった。まるで生まれ変わっていくみたいにね。私にとってはずっとずっと一番近くでキラキラ輝くアイドルだったんだ」

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服部ユウから見た大空あかりの第一印象は「目が離せない」である。
その理由は大空あかりが最初から才能やオーラが溢れていたからではない(夏期講習で落ちこぼれている姿も2期で描かれている)
スターライト学園中等部全国オーディションキャラバンでの「星宮いちご事件」や

星宮いちごのようになりたいとしゃもじを飾ったり…

というような「なんだ?」と思わせる行動がその理由であり、オリジナルのアイドル像を打ち出せないながらも、憧れと模倣が溢れた女の子-それは「かっこいいアイドル」という曖昧な言葉によってアイカツに励んでいた服部ユウもまた同様である -だった。

>あかりは初期の頃、大丈夫なのかこの子?ってレベルで未熟な子だったからね。
あかりが登場する前に登場した全てのアイドル達(あかり達の先輩)は、何かしら秀でた要素があったというのが普通でした。
だが、あかりは入学当初何かに秀でた要素があると言えるわけではなく、逆にその未熟さがインパクトとなってスターライト入学に繋がった子です。
初登場時点ではまさかこの子が今後のアイカツの主人公になるのかという部分までは予想出来なかっただろうが、この子がどう成長していくのか?という意味で目が離せないような子だったんですよね。<

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しかし、大空あかりは「少しでも輝くために」「頑張って」いき「どんどん新しいあかりちゃんになっていった。まるで生まれ変わっていく」ように。

この様子を間近で見ていた服部ユウの心中はこのカットの表情を見るだけでも(大空あかりとルームメイトになることが決定し、彼女を待っている時の表情と比べるとさらに)伝わってくるものがある。

それは大空あかりへの心配でもあるだろうし「目が離せない」などどいう言葉で済ませられない存在(一番近くでキラキラ輝くアイドル)へとステップアップする大空あかりへの戸惑い…のようなものが挙げられる。

そしてこのカットには大空あかりが使用しているベッドと机も描かれ、そこには輝かしい衣装に身を包んでポーズを取っているソレイユのポスターが貼ってある。一方立ち尽くしている服部ユウは寝間着である。

トップアイドルであるソレイユのポスター、ステップアップしていく大空あかり、寝間着でどうしていいか分からず立ち尽くす服部ユウ。その対比がますます服部ユウの立場を不遇なものにしていく。

その後、大空あかりは星宮いちごとの交流を経て2期最終話ではソレイユと共演を果たすまでに成長していく。手垢のついた表現で言えば才能が花開いていく。そしてその才能は氷上スミレと出会い、切磋琢磨していくことによりさらに磨きがかかっていくことになり、現在のルミナスジャパンツアーにまで繋がっていく事になる。

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服部ユウ「それで雨漏りで別々の部屋に移る事になった時、私達約束したんだ」

回想--

大空あかり「この部屋ともお別れだね」

服部ユウ「あかりちゃん!あかりちゃんと離れても私、もっと輝くために頑張るからね。あかりちゃんみたいに未来の新しい自分を探して!」

大空あかり「うん!私も頑張る!」

2人「約束!」(ハイタッチ)

回想終わり--

服部ユウ「私が旅に出たのはあかりちゃんを追いかけるためだったんだ」

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>事実上ユウとあかりの距離が少し離れてしまったきっかけとも言える話です。
スミレをレギュラー化させるための措置だろとか嫌な風に考えてしまう展開運びで、正直いい印象のなかったこの雨漏り入れ替えイベント。<

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この日に雨が降っていなければ---
部屋に雨が浸水しなければ---
新しい部屋割りで氷上スミレと同室になっていなければ---
大空あかりのアイカツは大きく変わっていたに違いない。
もちろん、それはアニメのストーリーを進行させていくために作られた物語であるのだから別の道というものはない。そして雨漏りが起きた時点では3期からの主人公である大空あかりと新たなパートナーとなる氷上スミレを出会わせるための出来事にしか過ぎない。

しかし、この出来事を大空あかりではなく、服部ユウが語る時、どうしてもそのありえないはずの別ストーリーを想像してしまう。思い出して欲しい。服部ユウにスポットライトが当たり「雨漏り入れ替えイベント」を服部ユウが回想している、この156話は服部ユウが「寝坊」したが「日程に余裕のある沖縄に向かうルミナスツアーワゴン」を見つけ「行き先の途中で京都」に降ろしてもらうという偶然性の重なりによって始まったストーリーであるからだ。

そして、その想像は服部ユウにも向けられる。この「入れ替え」が無ければ服部ユウのアイカツも大きく変わっていたに違いない、と。何より「未来の新しい自分を探」す約束を大空あかりと交わす事が出来たであろうか(この約束は大空あかりからではなく服部ユウから交わされた約束である)

大空あかりが氷上スミレと運命的にパートナーとなり、切磋琢磨しているストーリーが描かれている間、服部ユウは申し訳程度(交換留学のために京都・神戸に行くために見送られる姿等)にしか描かれなくなってしまう。
先ほどの引用にある「嫌な風に考えてしまう展開運びで、正直いい印象のなかったこの雨漏り入れ替えイベント」の「嫌な風に考えてしまう」というのは服部ユウにとってこのイベントがどのように作用したのか一切語られずに大空あかりのアイカツストーリーが進行していくため、このイベントのもう一方の当事者である服部ユウの身を案じる視聴者の気持ちである。このイベントは第3期以降の主人公・大空あかりにとって大きなプラスになる出来事に結果としてなった。しかし、プラスがあるということはマイナスがある。服部ユウはそのマイナスを一身に背負わされたのではないか?という疑心である。

再び想像する。服部ユウがマイナスを一身に背負わされ、それが描かれてしまう可能性があったのではないか…と。しかも「雨漏り」という自分自身ではどうすることも出来ない災害によって無理矢理昨日までの自分自身の環境(この場合、住む場所・生活を共にする相手)が変えられるという出来事によって背負わされたマイナスを。



-「アイカツ!」の世界観について、バンダイでは最初、どういった内容を決めていたのでしょうか?

一番最初にバンダイから言われたのは「アイドルの熱血スポ根」である、と。(中略)そのバンダイの会議の場で盛り上がったのは『エースを狙え』のお蝶婦人じゃないですけど、昔の少女マンガみたいな熱さがあるといいよねという話でした。上履きに画びょうが入っていたり「私のカードが本番前に破かれた」みたいなことがあるんじゃないの、と(笑)(中略)

-その後、ゲームおよびアニメとしての企画は、どうなったのでしょうか?

大きな転機になったのが、東日本大震災です。コンセプトを固めている最中の2011年3月に、東日本大震災が発生しました。地震が起きた瞬間、僕は東京・浅草のバンダイ本社で『アイカツ!』の会議に出席していたんです。地震で電車が止まったので、車で来ていた僕が3人に声をかけて、皆を送っていくことになりました。(中略)皆を送って23区内の家に帰るまで12時間位かかりました。そのとき一緒にいたのが、アニメ『アイカツ!』の若鍋竜太プロデューサーと企画スタッフです。車に缶詰状態で、8〜10時間ぐらい、地震の影響を目の当たりにしながら、皆で『アイカツ!』のことを話しました。まるで合宿みたいな濃い時間でした。「こんなことが起きたら、いままで話してきたような作品は出来ないね」という話もその場で出て。それを受けて書き直した企画書の内容が、そのときの僕らの思いを込めたものだったんです。

-どんなふうに変わったのでしょうか

ネガティブなことも起こりえるレトロなスポ根路線は消えてなくなり、代わりに「皆で一緒に笑いながら身近な幸せを改めて感じ、明日を信じる力、未来への夢を持てる作品」が必要だろうということになったんです。「トップアイドルを目指すスポ根サクセスストーリー」の部分はそのままに「温かくて前向きな気持ちになれる作品を作ろう」と、企画をブラッシュアップしていきました。(中略)あの震災が『アイカツ!』という作品にとっての転機だったと思いますね。(後略)

(引用:『アイカツ!オフィシャルコンプリートブック』・スタッフインタビュー2 シリーズ構成:加藤陽一)



東北地方太平洋沖地震(僕はあの地震を東日本大震災と表記したくないのでこちらの表記を使う。それはTwitterのフォロワーに服部ユウ好きであり東北在住のるーにゃんがいることは無関係ではない)では直接的には多くの人や家屋が津波によって流されたり、浸水した(大空あかりと服部ユウの部屋を襲ったのは雨漏りである。水による災害なのである)
間接的には東京都内だけでも9万人以上の帰宅困難者が出現した。そこに『アイカツ!』の制作スタッフも含まれていた。そして間接的被災者となった彼らは「地震の影響を目の当たりにしながら」『アイカツ!』を生まれ変わらせることを余儀なくされる。


(地下アイドルにはグループアイドルが多い、という話題から)
濱野:いやでも僕最近一周回ってグループアイドルってないなと。
小明:え、なんで?
濱野:いや自分で作ってみてわかったんですけど、
  ある年頃の女性を集団でまとめるとまあ碌なことがない。
  あのねえ、嫉妬、妬み、イジメ、陰湿な何々。
  もうねはっきりいってマネジメントなんてできませんよ。
  勝手にいじめとかやってろってなるんですよ、正直。
  ソロだとないじゃないですか。
  これはうーん大変だろうな他のグループアイドルの運営さんも、と。

(引用:Togetter:アイドルグループPIPプロデューサー濱野智史「アイドルって糞だなーってわかったんで」)

引用中の濱野という人物はアイドルグループ「PIP」プロデューサー・社会学者濱野智史である
彼はソロアイドルに「嫉妬、妬み、イジメ、陰湿な何々」がないと断言しているがそんなことはない。
それは『アイカツ!』の最初の世界観でアイドル同士での「嫉妬、妬み、イジメ、陰湿な何々」が盛り込まれていることでも明らかなようにソロアイドルであっても「アイドル業界」という「集団」に集っている以上避けられない出来事の一部である。

そして濱野の実感に伴ったであろうこの発言に沿ったようなストーリー - 『上履きに画びょうが入っていたり「私のカードが本番前に破かれた」みたいな』『ネガティブなこと』 - が服部ユウに用意される、もしくはこのような部分や服部ユウ自身を黙殺するという選択が待っていたのかもしれない。
しかし『アイカツ!』は服部ユウにスポットライトを当て「未来の新しい自分」を提示した。しかも関西というスターライト学園から遠く離れた土地に(現在も震災以前に住んでいた土地に戻れずに慣れぬ土地で暮らす被災者は沢山いるであろう)長い期間交換留学をさせてから。

「未来の新しい」服部ユウに「雨漏り入れ替えイベント」を回想させるこの話を作ることによって、『アイカツ!』とは震災以後の希望(未来の新しい)を描いた作品であると改めて宣言したのではないか。
その楽観的な視点や甘さを批判する事は可能であるし容易であるだろう。被災地の復興はゴールが見えないまま(どこをゴールと定められないまま)遅々としている現状を指摘出来るし、直接的・間接的被災者の心の傷を、ケアの不十分さを「希望」だの「未来」といった手垢の付いた表現で塗りつぶすのは傷口に塩を塗込むような非道なことだと批判することも出来る。

しかし、『アイカツ!』はそのような脇の甘さを抱えたままでも希望を描くことを決めた。「かっこいいアイドル」を目指していた服部ユウがこの話の時点ではステージにも立たず(立てず)、トップアイドルのステージを観て番組進行をする「旅アイドル」としてかつてのルームメイトである大空あかりと再会する。それは「被災者が震災以前に完全に戻ることはまだ長い時間がかかる。もしかしたら戻ることは難しいのかもしれない。しかし未来の新しい何かにはなれる」という注釈をつけなければいけない希望である。



何をどうしたとしても「当事者」にはなれない事態というものが、この世界には存在している。だから出来ることと言えば、背負ってしまった「後ろめたさ」をけっして手放さず、それと向き合い、むしろ凝視するようにして、そしてそれでも何ごとかをやるつもりがあるのなら、ただ、やればいいだけだ。
それはしかし、当事者ではありえないからこそ出来ることがある、などといった、やはり綺麗事というしかないような言い草とは違う。そうではなく、それはあたかも鈍感であるかのような表情で、他人に曝け出されるのはもちろんのこと、自分自身にも翻って突き刺さってくるだろう、ある歴然とした、みっともなさに耐えることなのだ。

(引用:佐々木敦『シチュエーションズ 「以後」をめぐって』)

われわれは皆、多かれ少なかれ、否応無しに、すでに変わっており、変わり続けている。認めると認めざるとにもかかわらず、われわれ全員があの日の「以後」を生きているのだから。何をするにしたって、それはなんらか影響してこざるを得ないだろう。むしろだからこそ、殊更に変化を強調するわけではない、ごく淡々とした営みの中にこそ、不可逆的な変化が滲んでおり、本人自身も気づいていないかもしれない、そんなありさまを見て取ることこそが、たとえば自分のような仕事にやれることなのかもしれないと考えたりしている。
(中略)
僕が観たいのは、ある紛れもない必然性をもって生まれてくる映画だ。この必然性は、切実さを伴っていなくてはならない。撮らずにはいられなかった映画、生まれてこないわけにはいかなかった映画。切実さは、個人的なもので構わない。それは使命感とか責任感とは違う。もっとある意味では取るに足らない、他人にはすぐ伝わらないような、こだわりのようなものでもいい。作られる価値があるというよりも、出来はともかく兎に角作りたいという動機だけは煌々と輝いている映画。役に立つとか立たないとか、ウケるとかウレるとか、そういうことはもうどうでもいい。ただひたすら、ああ映画が撮りたかったのだな、ああこの映画が撮りたかったのだな、と納得してしまうような、強い動機と必然性を帯びた映画が観たいのだ。
(中略)
大きくなくていい、小さな映画でもいい。小さくてもとても強い映画はあるのだから。そしてそんな映画たちには、われわれ全員が今もその渦中を生きている、あの日からの不可逆的な変化が刻印されていることだろう。

(引用:佐々木敦著:2012年仙台短編映画祭パンフレット/佐々木敦『シチュエーションズ 「以後」をめぐって』より孫引き)



そして、何より僕がもっとも心揺さぶられたのはそんな -ステージ衣装も無くダンスもしない- 「旅アイドル」である服部ユウを大空あかりが共にアイカツする仲間として認めていることである。

京都での番組出演を終えた後の帰り道。服部ユウと大空あかりは並んで歩いている。

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服部ユウ「あかりちゃん達のホテル、この道から行くと気持ちいいんだ」
大空あかり「うん。(空気を吸って)気持ちいいー」

服部ユウ「この道、みやびちゃんの姫桜女学院に交換留学した時、よく通ってたんだ」
大空あかり「へぇー」
(ここで並んで歩く2人のカットから大空あかりだけを正面から捉えたカットに変わる)

大空あかり「ユウちゃん、私の知らないことを本当にいっぱい知ってるなぁ。本当に色んなものを見てきたんだね」

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「知らないこと」はたくさんある。
それは大空あかりや服部ユウが中学2年生だから、ということが言いたいわけではない。
服部ユウの知っていること - 高速道路のPAのB級グルメ・足湯の効能・旅館の食事の美味しさ、そして京都の道の気持ち良さ、さらに言えば飴を渡して距離を縮める大阪独特な風習 - それらはトップアイドルへの道を階段を駆け上がるように進んでいく大空あかりにとって絶対知り得ないことである。
そして同じように大空あかりの知っていること - ステージに立つことや朝のお天気コーナーに出演すること…そのことから得た経験 - は大空あかりの日頃のアイカツの賜物であり、服部ユウには知り得ない(もしくはまだ知ることが出来ない)ことである。
そして先ほどの氷上スミレから服部ユウに向けられた質問。それに服部ユウが答えている時、大空あかりは眠っている。大空あかりは服部ユウの答えを知らない。更に言えば「朝の情報番組で紹介された話題の旅アイドルである服部ユウ」も大空あかりは知らなかった。


翌日、大空あかりは沖縄に向け旅立ち、服部ユウと別れることになる。

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服部ユウ「沖縄まで気をつけてね」
大空あかり「うん。ユウちゃんの仕事、近くで見られて良かった。ホント輝いてたね」

服部ユウ「ありがとう。わたし、ちょっと見て欲しかったのかも。今の私を」

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「知らないこと」で積み重ねられたこの話の最後で服部ユウを「私の知らないことを本当にいっぱい知って」いて「輝いていた」と話す大空あかり、そして「今の私」を「ちょっと見て欲しかった」と告白する服部ユウ。その2人の距離感・関係性に目頭が熱くなる。



『岩波・哲学・思想事典』(1998)の「共生」の項目には次のように記されています。

現代的意味での共生は、自他が融合する「共同体」への回帰願望ではなく、他者たる存在との対立緊張を引き受けつつ、そこから豊かな関係性を創出しようとする営為である。

今日的な意味での<共生>とは、利害、関心、趣味を同じくする者たちが。和気あいあいと仲良くしたり、一体感を味わったりすることではありません。利害、関心が異なる人々から遠ざかることではありません。また、そのような人々を<なかま>として取り込んでしまい、併合して同化させ、一体化をはかることでもありません。むしろ、自分たちとは<異なる>人々の存在を認め、緊張や摩擦が生じることを覚悟しつつ、<異なる>人々との対話や交渉の場にあえて踏みとどまることなのです。けっして「話せばわかる」からではありません。話してもわからないかもしれません。いや、話しても分かり合えないことのほうが多いでしょう。それでも、対話の機会を放棄してはならないのです。対話の場から立ち去ってはならないのです。

(引用: 荻原真『なぜ宮崎駿はオタクを批判するのか』)



東北地方太平洋沖地震の直接的被災者はそうで無い者にとって「知らないことを本当にいっぱい知ってる」だろう。津波によって流されていく様々なもの、何もかも止まった暗闇、元に戻らない地元…そして私達と何か違う -服部ユウがダンスを踊らないように- かもしれない。しかし、それを「併合して同化させ、一体化をはかる」のではない。大空あかりと服部ユウが再び別れ、それぞれのアイカツを通じ、お互いが知らないことを知っていくように「<異なる>人々の存在を認め、緊張や摩擦が生じることを覚悟しつつ、<異なる>人々との対話や交渉の場にあえて踏みとどまる」のである。

そして服部ユウが大空あかりにまず飴を渡し、そして色んなことを教え、大空あかりもまた服部ユウにステージを見せたように相互の知識や経験を交換する。その積み重ねは復興、または震災以後の社会形成に繋がっていくのかもしれない。



<社会>とは<学び>によって自らを他者との関係において変革し続ける人々によって構成されるものであり、そうであることで変化し続けるものでありながら、この人々が他者との<間>に構成する<学び>の関係そのものでもあるという構成を取ることとなる。つまりは、個人の個体化的存在のあり方が身体的な「欲望」を通して、<関係態>へと構成されるとき、個人の存在そのものが<社会>であり、その<社会>を構成する営みすなわち<関係態>としての個人の存在そのものが<学び>となるのである。それはまた、<学び>の<贈与>=<交換>の関係であり、そのプロセスであることと等しい。

(引用:牧野篤:生きることとしての学び 2010年代・自生する地域コミュニティと共変化する人々 第2章)

新しい社会においては、富は人々の<間>で生成され続けるものとなり、知識そのものも、人々の<間>で生成され、組み換えられ、新たな知識へと生まれ変わっていく、循環するものとしての存在することになる。人々は知識の受け手であるだけでなく、つくり手であり、発信者であり、媒介者でもあって、知識をつくりだし、循環させることで、この社会を構成することになるのである。(中略)
新しい社会では、経済的な量の拡大ではなく、価値多元的な文化資源を人々の日常生活と結びつけ、新たな価値を多元的に創造していくことが問われることとなる。

(引用:同上 終章)



そして『アイカツ!』における社会形成に服部ユウが関わっていると想像出来るシーンが前話(155話)に出てくる。
北海道からスターライト学園に入学した大地ののと白樺リサが服部ユウと対面するのだが

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大地のの「服部ユウちゃん!?りさっぺ!ファッション誌でいつも見てる服部ユウちゃんだよ!」

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というセリフが出てくる。
この「ファッション誌」というのはどのようなものを指しているのだろうか?
156話冒頭で大空あかりが「話題のアイドルであるはずの服部ユウ」を知らないことは既に述べた。
それほどの知名度のアイドルが掲載されるファッション雑誌とはどのようなものだろうか
もちろんファッション雑誌モデルとしての有名人とアイドルとしての有名人が違うということもあり得る。しかし、ルミナスにはモデルをこなしながらアイドルとして活躍する新条ひなきがいる(そのことがまた服部ユウの現在の立ち位置を明らかにしていく)
そのルミナスと初対面した時(153話)と服部ユウと初対面した時の大地のののテンションは明らかに違う。服部ユウと対面したときの方が明らかに高揚しているのだ。
さらに服部ユウは北海道の方言である「なまら」を旅ロケで北海道を訪れていて知っていることも明かしている。

地域に特化したご当地・地方・ファッション・音楽・カルチャーメディア(雑誌・フリーペーパー・web)というものがある。その中には北海道限定で発売・配布されているメディアもある。

服部ユウは旅ロケで訪れると同時にそのような雑誌のファッションモデル撮影も行っていたのではないだろうか。
そしてそれを大地ののと白樺リサが眺めていた可能性は十分にある。
そんな服部ユウを通じて2人がアイドルへの想いを強めていたのだとすれば...

4期『アイカツ!』ではローカルで活躍するアイドルがスポットライトを浴びる展開になっている。
そこで服部ユウの影響が出てくるような展開を夢想するのもまた1つの楽しみである。


次に服部ユウが『アイカツ!』のストーリーに出てくるのはいつになるのかは分からない。
そして、その時に服部ユウがステージ衣装を身につけ、ステージを披露すれば私はここで書かれた文章をアップデートしなくてはならないかもしれない

その行為は何なのだろうか?


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