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出産レポ②(GBS陽性妊婦)

ものすごい日が空いてしまいましたが…。
①の続きで、入院が決まってからのレポになります。

着替えが終わって、看護師さんに荷物を持ってもらって、陣痛室へ移動しました。
どなたかの出産レポで、「足首を温めた方がお産が早く進むと言われた」というのを見ていたので、締め付けのきつくない長めの靴下を履いておきました。
ベッドに横になってNSTを付けられ、産褥パッドを付けられ、簡単に部屋の説明を受けたら、後はもう時が来るのを待たれよ、という感じでした。

孤独に陣痛に耐え、少しして夫が到着。
ゼリー飲料やカイロなど、お願いしていたものを持ってきてくれました。カイロは気休めだったかもしれませんが、楽になったというレポも見ましたので、あるといいかなと思います。なお持っている余裕は無くなるので、貼るタイプのほうがいいです。入院着の上から貼っておきました。

1時間半ほど経過した9:30頃、内診してもらうと、子宮口は7cmになっていました。
赤ちゃんのお尻が左側にあるので、左腕を下にして横になった方が進むかもと言われたのですが、抗生剤を効かせるためには11時までは待つ必要があり、進めたいけど進めちゃいけないという、なんとも難しい時間でした。
途中で先生もいらして、「寝てるより歩いた方が進むよ〜」なんて言われたのですが、後から助産師さんに「11時まではそのままで」と念を押されました。

波がくると、痛みといきみたい感覚がぐわーっときて、夫に尾てい骨あたりを拳で押してもらっていました。
全然力も足りないし、絶妙に場所が違う気がしたのですが、そんな注文付ける元気もありませんでした。私は、もっと全力で押してほしい…!と思っていたのですが、後から実は最大限の力を出していたと聞き、改めて陣痛の強さを実感しました。
また途中で朝ごはんが出たので、陣痛の合間に食べやすいものを食べさせてもらいました。これは一人だったらとても食べられなかったので(起き上がる気力が足りなかった)、夫がいてくれて良かったです。朝食は普通のご飯だったので、パサつくものは食べられず、カロリーのとれるゼリー飲料にも助けられました。
どのタイミングだったか忘れてしまいましたが、膀胱を空にした方がお産が進むとのことで、トイレに行くよう促され、その際におしるしがありました。

さらにひたすら耐え続け、抗生剤のリミットを越えた11:00頃、肛門側の痛みが強くなってきたので内診してもらうと、子宮口が全開になっていました。既に赤ちゃんが降りてきているとのことで、分娩室の準備が開始されました。
その頃私は、「今から準備するの?!?!出ちゃうよ?!?!」で頭がいっぱいで、助産師さんへの返事は全て夫がしてくれました。笑

11:30頃、やっとの思いで歩いて分娩室へ移動。陣痛室には私しかいなかったので、一番近い分娩台を使わせてもらえました。
そして分娩台に上がる直前、痛みで吐きかけました。痛みというかもはや、何かが挟まっているような、下痢を我慢させられている感じ(汚くてすみません)で、身体を起こすのもやっと。もうどうやって上がったのかも覚えていません。
もういきんでいいよ!と言われたのに、いざとなるとさっきまでの波が来ず、今かな?というタイミングでいきみました。いきみ方、予習しておいてよかった。こんなにいきなり、はいどうぞ!ってされるとは。
ポイントは、目は開ける・声は出さずに息を長く吐く・頭を上げてお腹の方を見る・お尻は浮かさない、でした。

このときまだ破水していなかったので、助産師さんが破水させてくれました。生暖かいものがぶしゃーっと溢れ、助産師さんに引っかけてしまいました(一瞬我に帰って申し訳ない気持ちになった)

「いきむの上手よ〜」と助産師さんが褒めてくれていましたが、「もう頭こんくらい見えてるよ〜」のジェスチャーが、逆に「え?!こんな痛いのに頭出てないの?!?!」と衝撃を受け、軽く心が折れました。
きっと本当は、頭が見えるまでが長いもので、私はすごく順調だったのだと思うのですが、体感的には頭が半分くらい出てる感じ(なんか挟まってる気がしてた)だったので、先が長くてショックでした(笑)
もうとにかく会陰が痛くて痛くて。助産師さんが伸ばしてくれているのも痛くて。何でそんな伸びないところから人間出す設計なの?って思いながらいきんでました。この会陰の痛みが強すぎて(今でも覚えてるくらい)、陣痛の痛みが思い出せないレベルにすっ飛びました。

途中から先生が来ましたが、切開はされず、見守られていました。結局普通に裂傷してたんですが、お産自体はスムーズだったので切られなかったのだと思います。
痛みに耐えようとして力んでしまい、お尻が台から浮いてしまうのを何度も指摘されましたが、余裕が無さすぎて改善出来ませんでした。最後、何とかお尻を下ろしていきんだ途端に生まれたようで、力を抜くよう言われました。出た感覚はわからなくて、気付いたら生まれていました。
元気な産声を上げてくれた赤子。見せてもらった私の第一声は「うわぁ、赤ちゃんだぁ」でした。本当に人が入ってたすごい。
分娩室に移動してから約30分のスピード出産でした。

無事に終わったことにほっとして、自然と涙が出ていました。茫然としている間に胎盤は出ていたようで、何箇所か麻酔の後、会陰縫合されました。麻酔自体は痛くなかったですが、縫われる感覚が地味に痛かったです。

綺麗にしてもらった赤ちゃんとカンガルーケアをして、産んだんだなぁとしみじみしました。
分娩中は、ずっと夫が側で励ましてくれており、水を飲ませてくれたり団扇であおいでくれたり(団扇は助産師さんが渡してくれたそう)、立ち会いじゃなかったらもっと長引いていたかもしれないと思います。
また私に代わって、陣痛中もこまめに母に連絡を入れてくれていました。病院まで付き添ってくれた母とは、あまり会話も出来ないまま入院となってしまったのですが、産後、「もし何かあったら会えるのはこれで最後かもしれない」と思ったと言われました。いくつになっても私も娘で、私が息子を想うように、一生懸命育ててもらったのだなと涙が出ました。

分娩台で休んでいる間、ちょうど昼食の時間だったので運んでもらったのですが、お腹は空いているのに口が受け付けず、汁しか飲めませんでした。出産て本当に、命を削って力を振り絞ってるのだなと思います。

初産にしてはとてもお産の進みが早く、スーパー安産な出産となりました。安産と言っても身体はそこそこにボロボロで、全ての痛みから解放されたのは産後3ヶ月経ってからでした。自分の痛みでいっぱいいっぱいなのに、赤子のお世話に休みはなく、しんどくなったこともありました。実家や夫、そして何より頑張って生まれてきてくれた息子がいたから、深く落ち込むことなくここまでやってこれたなと思います。

そして産後一番驚いたのは、母子手帳に記載される分娩時間が自己申告だったことです。私の場合、前駆陣痛からじわじわと本陣痛に切り替わった感じだったので判別が難しく、「明らかに痛くなったのは何時くらい?」という曖昧な感じで時間が確定されました(笑)
これからご出産の方はぜひ、こまめにメモを取っておくことをおすすめします。

長くなりましたが、以上が私の出産振り返りとなります。結局、抗生剤を注射後、8時間以内に生まれましたので、追加の注射はありませんでした。また今回、痛みへの好奇心で普通分娩を選択しましたが、次機会があればぜひ無痛分娩でお願いしたいです…。

これから出産を迎えられる全ての方のお産が、安全でよいものでありますように。

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