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小説『煌(ひかり)の天空〜蒼の召喚少年と白きヴァルファンス』

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カナダ極北、夏。白い獣の仔を助けた少年・蒼仁(アオト)は、天空の大精霊より特殊能力を授けられる。 翌年の春、日本の学校に通う蒼仁に正体不明の集団が襲いかかる。危機を救ったのは、か…
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2024年6月の記事一覧

『煌(ひかり)の天空〜蒼の召喚少年と白きヴァルファンス』 第11話 極北への第一歩

 あの夏の日、自分以外は助からなかったと思っていた。  でも、小さかったシェディスは生きていた。  さらに、ゲイルとブレイズまで!  蒼仁は、体内のどこかで冷え固まっていたものが、じんわりと少しずつ温度を取り戻していくのを感じた。 「あの、この二頭、どうやって?」 『十二月、調査中に偶然逢った。強い二頭だ。極寒の森林で、ほとんど食べることもできなかったろうが、たくましく生きていたよ』  画面の向こうで語る折賀は、誇らしげにゲイルの頭をなでた。  人に飼われていた狼

『煌(ひかり)の天空〜蒼の召喚少年と白きヴァルファンス』 第12話 ヤンキー料理フェスティバル

 なしてこうなったんや……。  金髪ヤンキー青年・北橋達月は、出汁と醤油と香水が混ざったにおいの中、かしましいおしゃべりに翻弄されながら顔面をひくつかせていた。 「相棒」の強引すぎるプロデュースに根負けし、料理教室などを開くことになったのだが。  プロでもない、ただの「料理好き男子」である若造に。  まして、金髪でガラの悪い正体不明の不良男子に、料理を教わろうなんて奇特な人間がいるはずがない。  参加費はほぼ実費のみに抑えたので、ひょっとしたら世間知らずのお姉さんや中年

『煌(ひかり)の天空〜蒼の召喚少年と白きヴァルファンス』 第13話 ヤンキー、恋に落ちる?

「蒼仁くんがいないのに、なぜ!?」  ハムのつぶやきを、漆黒のブレイクアップがかき消してゆく。  空一面に拡散する黒色の極光は、まるで天上の神が放つ審判の矢だ。  人の無力を嘲笑うかのように、勢いを増した矢が容赦なく世界に降り注ぐ。 「達月くん、逃げて!!」  ハムの声に、達月もただならぬ異変を感じとった。  どこへ逃げるべきなのかと、急いで周囲を見回す。周囲には、静まりかえった住宅街と、営業中かどうかもわからない店舗と――おかしい、屋内も屋外も、いくらなんでも人の気配

『煌(ひかり)の天空〜蒼の召喚少年と白きヴァルファンス』 第14話 召喚した二つめの「力」

 シェディスは苦戦していた。  驚異のジャンプ力を誇るクーガーたちに、階段を昇りきるよりも先に余裕で追いつかれたからだ。  後方から飛びかかるクーガーに氷結棒の後方突きを放ち、そのクーガーが落下すると同時に階段を数段飛びで駆け上がる。横から飛びかかる個体を回し打ちで払い落とす。  次のクーガーは後方から、大きく頭上を飛び越えてシェディスの前方へ躍り出た。着地と同時にターン&ジャンプ!  前方から飛びかかる個体に、シェディスは自身の体ごと大きな回転払いを食らわせた。  ど

『煌(ひかり)の天空〜蒼の召喚少年と白きヴァルファンス』 第15話 空を繋ぐ橋

 野生動物が人間を襲うとしたら、その理由に、人間が抱くような「憎悪」は含まれない。  彼らはただ、目の前の「脅威」に立ち向かうために戦う。 「脅威」ではないと判断したとき。また、「獲物」としても認識しなかったとき、彼らは攻撃を止める。  現状に関わりなく、自身の「感情」のために相手を殺すのは、人間だけだ。 「達月」が記憶に見た狼は、内に生まれ出た「憎悪」に支配されてしまった。  仲間のすべてを失い、逃げることもできたのに、狼は人間に飛びかかった。  牙を通して己の細胞に

『煌(ひかり)の天空〜蒼の召喚少年と白きヴァルファンス』 第16話 アパートでお好み焼き

 じゅわじゅわと、いい音が立ち上がる。  今日の達月は、油とソースとマヨネーズ、その他バリエーション豊かな具材が混ざったにおいに包まれていた。 「食いたいもんどんどん出したるでー! 豚玉に牛玉、ネギ玉に海鮮玉。もちチーズにキムチ、明太コーンに野菜もあるでー。広島風も焼いちゃるから、はよリクエストせー!」  あまりの手際のよさに、手伝うつもりでいた他のメンバーの動きはずっと止まったままだ。みな一様に、ホットプレートの上に次々に形作られていくお好み焼きに視覚・嗅覚・聴覚のすべ

『煌(ひかり)の天空〜蒼の召喚少年と白きヴァルファンス』 第17話 入り乱れる動物霊の猛攻

 シェディスの記憶――  まだ小さかった頃(人間にとっては約八ヶ月前)、いつもそばにいてくれる、大きくて温かくていいにおいがする生き物(人間は「母親」と呼ぶらしい)が、狩りの練習のために生きたナキウサギを捕まえてきたことがあった。  ナキウサギは、耳が丸くて短く、どちらかというとハムスターに似ている。  母親はもちろん軽々とくわえて運べるが、シェディスよりほんの少し小さいだけで、しかも食われまいと必死だ。  母親は仕留めるところを我が子に見せるつもりだったが、事前に与えた

『煌(ひかり)の天空〜蒼の召喚少年と白きヴァルファンス』 第18話 狼王の真意

 距離を取って着地した後も、ウィンズレイは気を緩めない。鋭くつり上がった金の瞳が、次から次へと休みなく押し寄せる動物霊たちの動きをとらえている。  不意に一声、高く鳴いた。  短い遠吠え。誰に向けたものか。 「わかった!」  応えたのはシェディス。彼女は共に戦う蒼仁・達月に向かってすぐに声を上げた。 「あいつから伝達! 私たちはそのままのやり方で戦え、だって。合体? みたいなのは、自分が食い止める、だそうだ」 「食い止めるって、どうやって?」 「そもそもあいつはな

『煌(ひかり)の天空〜蒼の召喚少年と白きヴァルファンス』 第19話 パトロンの相手は楽じゃない

 どうしてこうなった……。  蒼仁は、目の前の男の視線に耐えながら自問自答した。  男に会ったのは今日が初めて。  肩書きからして、高級料理も食べ慣れてきたと思われる男の手が握るのは、自分と同じ給食用の箸。食するは、自分と同じ、「あじのひつまぶし」に副菜二種と味噌汁を添えた、栄養面も見た目にも配慮の行き届いた給食メニュー。  地元産の炊きたて白米の上に、まるでうなぎのようにタレを絡めた肉厚のあじのかば焼きをたっぷりと乗せて。さらに錦糸卵に白ゴマ、ネギも散りばめた、見るから

『煌(ひかり)の天空〜蒼の召喚少年と白きヴァルファンス』 第20話 海風に記憶を乗せて

 全員にとってありがたいことに、その日は快晴だった。  この高台からは、どこまでも広がる青く静かな海も、何重もの音を響かせて砂浜に押し寄せる白い波も、圧倒的な力強い音を立てて岩に砕け散る高い波も、一度に見渡すことができる。  自然物と人工物が混ざり合い、所狭しと視界を埋め尽くす、潮風の香りに包まれた一大パノラマ。ざっと見渡しただけでも、海岸沿いに停泊する漁船の数の多さ、魚市場や物流倉庫といった建物・駐車場の広大さには目を奪われる。かと思えば、少し離れた場所には華やかなのぼ

『煌(ひかり)の天空〜蒼の召喚少年と白きヴァルファンス』 第21話 野生狼の洗礼

 カナダ、五月。  日本人の感覚で言えば、想像を絶するほどの広大な世界だ。  カナダ北西部、アラスカと国境を接するユーコン準州。この州だけで、面積が日本の約一・四倍にも及ぶ。  州都ホワイトホースから、さらに北のドーソンシティまで。地図上ではわずか数センチメートルの距離だ。土地の名称の記載が極端に少ない――つまり街や観光名所が僅少な、人のいない山地ばかりのルートだが、その距離、実に530km。日本で言えば、およそ東京から神戸までの距離と言えばわかるだろうか。  その距