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2. 本で冒険する! 『会話分析』 くろしお出版 1993

あくまで個人的な思い出

『会話分析』は、原稿を手書きで準備した最初で最後の著書である。そのプロジェクトのために集めた膨大なデータの処理は言うに及ばず、鉛筆、けしゴムを使って執筆していたことを今思い出すと、まさに悪夢としか言いようがない! しかし、くろしお出版の皆様のご厚意・ご配慮により、本書は、筆者にとって初めての日本語研究の著書として無事出版された。白地にピンクの色調のカバーが付いた『会話分析』を手にとったときの感動は、今も忘れられない。

1980年代前半の日本語研究は書き言葉が中心だった。話し言葉についての著書も何冊かあったが、実際の会話をデータとした研究ではなく、あくまで話し言葉としての日本語の特徴を、ランダムに選んだ例を用いて説明するという書物が多かった。

会話分析という冒険

そんな状況の中、日本とアメリカの学生たちが、友人同士のごくカジュアルな会話でどんな言語表現を使うのかを、カセット録音とビデオ録画をして調べることにした。このプロジェクトを始めた1985年には、カセットテープとVHSテープを使用する方法しかなく、機材もデータ保存も、今となっては信じられないほど大荷物で重かった。研究にあたり、比較対照分析と会話分析とを併合した新しい枠組みを試みることにした。日本語とアメリカ英語の会話を比較するという構想は、大学で日本語教育に従事する者として、実際に両国の若者がどういうコミュニケーションをするのか、それを知らないでは何事も始まらないと思ったからでもあった。

アメリカでは、まず、勤務先の大学が研究補助金を出してくれるということでその申請、学生新聞に対象者を募る広告掲載、対象者のプライバシー保護の手続き、録画の場所と機材の確保、集めたデータの使用方法とその保護の確認など、データ収集だけで多くの労力と時間を費やした。具体的には男女友人同士のペア10組ずつ、計40名が参加し、各ペアに30分会話してもらった。日本でも、同様に都心の大学生の参加者を募り、某大学にご協力いただき施設をお借りして、アメリカと同じ方法でデータ収集を行った。最終的には、日米で80名を対象とした20時間分のデータが集まった。実際分析したのは、各ペアのうち最初の2分を除いた3分間で、集積したデータのごく一部であったが、それをすべて記述するだけで、何百ページという膨大なものとなった。例えばあいづちの頻度というような統計をとる場合は、私的な判断を避けるため、筆者だけでなく日本語と英語それぞれの母語話者と観察し、一致した結果を使用した。

分析結果

研究結果は、まず1989年 にAblex社より出版された英文著書『Japanese Conversation: Self-contextualization through Structure and Interactional Management』に、一部のみ報告された。本書は、あくまで日本語の会話分析の報告が中心で、アメリカ人の会話との比較については、巻末の2章で扱うという限られたものとなった。1993年に出版された『会話分析』は、その後対照分析の観点から日米会話について書きおろしたもので、日本の大学院生や研究者の方々に読んでいただき、日本語研究の一分野を形作る契機となったように思う。

それにしても、日本語会話は、アメリカ英語の会話とは明確に異なる点があり、我ながらそんなものなのか、と感心した記憶がある。例えば、あいづちとして使われる頭の動きで、いわゆるうなずきと定義付けられる現象は、20組3分、合計60分の会話で、日本語の場合は1,322回、米会話では452回観察された。概観として、カジュアルな友人同士の会話で、日本人はアメリカ人の3倍の頻度で頭を動かしているのである。日本語の会話では、聞き手が話し手を常にサポートしていることを示し、共話というべき態度をとることが多く、一方米会話では、相手の発話を静かに親身になって真剣に聞くことが、好ましいとされることがわかる。日本語会話には、話し手と聞き手が同時に2、3回続けてうなずく「協力リズムどり」も観察されるが、米会話には皆無であった。

会話分析における非言語行動は、それまで詳しく分析されることはなかったが、本書ではアナログな手法ではあったものの、ビジュアル情報の分析を試みた。(いろいろなタイプのあいづちとうなずきを探して、テープを何度も巻き戻しながら一緒に数えてくれた京都出身のRTさん、ありがとうございました。あの頃、どんな結果になるか見当もつかないまま、とりあえず頑張ることができたのは、休憩のためにどら焼きなんかを一緒に作ったりして、ただ楽しかったから、でした!)

本書では、その他にも、終助詞、テーマ構造、接続表現の日米比較を報告している。比較対照するデータと現象の共通性・同質性を重視した対照分析そのものが、まだ新しい時代であったこともあり、筆者はその分析方法への思いを熱く語ったことを覚えている。

課題です!

さて、今、これを読んでくださっている皆さん、課題です。今度、友人と会話しながら、あいづちを打ったりうなずいたりすることなく、どの位の間会話を続けられるか、実験してみてください。自分から無意識にあいづちを打ってしまったり、何度もうなずいてしまったり、相手から全くうなずきやあいづちがないと不安になったりしませんか。日本人のうん・ふん調のひっきりなしのあいづち、それに伴う首運動は、むち打ち症とまではいかなくとも、けっこう激しいものであることに気付いていただけると思います(笑)。


■この記事の執筆者
泉子・K・メイナード(Senko K. Maynard)
山梨県出身。AFS(アメリカン・フィールド・サービス)で米国に留学。甲府第一高等学校およびアイオワ州コーニング・ハイスクール卒業。東京外国語大学卒業後、再度渡米。1978年イリノイ大学シカゴ校より言語学修士号を、1980年ノースウェスタン大学より理論言語学博士号を取得。その後、ハワイ大学、コネチカット・カレッジ、ハーバード大学、プリンストン大学で教鞭をとる。現在、ニュージャージー州立ラトガース大学栄誉教授(Distinguished Professor of Japanese Language and Linguistics)。会話分析、談話分析、感情と言語理論、語用論、マルチジャンル分析、創造と言語論、ポピュラーカルチャー言語文化論、言語哲学、翻訳論、日本語教育などの分野において、日本語・英語による論文、著書多数。
くろしお出版から刊行の著書

■この記事で取りあげた本
泉子・K・メイナード『会話分析(日英語対照研究シリーズ 2)』1993年刊 くろしお出版
出版社の書誌ページ

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