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黒ネコのクロッキー⑦少食の女神1

 (少食の女神)それでは次に、少食のエナジーの説明に参ります。エナジーと言いますのは仕事をする力のことでございますよ。人間が食べ物を摂取したさいに、その体内で何がおこなわれているかと申しますと…
 さあ、あなたはご存知ですか。どうぞ、想像してご覧なさい。
 まずご飯をどんぶりにいっぱい、これに肉、魚、野菜を山盛り、海藻やきのこ。さらにサクランボやバナナなどの果物を、ひとつの大きなすり鉢に入れてすりこぎ棒でぐるぐるとすり潰します。全部の形がわからなくなるくらいどろどろに潰すのですよ。たいてい十分もすればくたびれてしまうでしょう。
 この作業を、人間は一日二回も三回も体内でおこなっているわけです。
 それだけではありません。
 どろどろになった食べ物をさらに別の場所に移動させ、さまざまな栄養素に分解し変化させ、血液に混ぜて全身に送り出すのです。残りかすを体外に排出する仕事もまた別にあるのですが。
 これらの作業にいったいどれほどのエナジーを必要とするのか。ええ、ええ、その通りです。それほどのエナジーが、でもこれは、言葉で説明してもなかなか理解できるものではありません。
 さあさあ、今日はこの人間の体の中で働いている現場のエナジーの皆さんに出て来ていただきました。実はお一人お一人があまりにお小さいので少し細工をいたしまして、私どもと同じくらいになっていただきましたよ。
 さあ、直接お話をうかがおうではありませんか。

           ✳︎

 (舌のエナジー)僕はこの方の口の中で働いています。ちょうど舌と呼ばれる部分です。仲間はそりゃあ大勢ですが、いったいどのくらいいるのかわかりません。舌というものが全体どんな形をしているのかもわからないのです。
 (胃のエナジー)私の職場はこの方の胃袋のちょうど真ん中辺り。毎日毎日、朝から晩まで働いております。サンドウィッチにハンバーガー、おにぎりにピザ。夜中になるとチャーシューメン。次から次に入ってくる食べ物を細かく切り刻む仕事に、私たちは休む暇もございません。
 仕事が終わってやれやれと思ったらまた次の食べ物がやってくるのですから。 
 (腸のエナジー)その通り。私はこの方の腸と呼ばれる部署に長年勤めておりますが、あの菌とかいう集まりが絶大な力を誇っていて、何せ争いが絶えない。善玉派と悪玉派、そこに日和見の適当なやつらが加勢したり引っ込んだり、その仲裁にてんてこまいで腰を下ろす暇もありません。 
 (胃のエナジー)ほんの一時でも、私はただゆっくり眠りたい。
 (舌のエナジー)僕もそうだ。一日中もみくちゃにされる生活はもういやだ。
 (腸のエナジー)いえね、私たちも働くのがいやだと申しているのではありません。エナジーというのはただいるだけでは意味がない。しかし働きすぎるとだんだん気持ちが弱くなって、満足な仕事も出来なくなって、ついにはこの方を死なせてしまった。
 (少食の女神)あらあら、この人間はまだ死んではいませんよ。あなた方エナジーの責任者がしっかり踏ん張っていらっしゃいますからね。そこに、あなた方の持ち場からも応援に駆け付けているのです。
 (胃のエナジー)そうでした、そうでした。なぜか最近は送られてくる食べ物が以前よりは減っていたので、そういえば暇になった仲間もいたようです。彼らは別のところに呼ばれていたのですね。
 (少食の女神)ええ、呼ばれていたといいますか、自ら出向いたといいますか…
 そちらの腸の方がおっしゃったように、エナジーというのはただいることが出来ないのです。仕事がなくなると自然にその場所を離れ、新しい仕事を探しに出かけるのですよ。

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