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母に見せてあげたい長岡花火

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今年は長岡花火が開催されるらしい。

新潟生まれの母は長岡の花火が大好きなのだ。
私も小さい頃連れて行ってもらった記憶がある。
雷鳴のように大きな音がするので怖がっていたと両親から教えてもらった。

何年前か忘れたけど、母がまだ認知症になる前に長岡花火に行こうと私と妹を連れて新潟まで一緒に行った記憶がある。
新幹線に乗って、宿泊先も予約して。弥彦神社近くのホテルだったかな?とても素敵なところだった。

夕方に花火が見えるエリアまで移動したけど、既に人がたくさん。我々はそれほど準備もしてこなかったのでレジャーシートもなければキャンプチェアも持っていなかった。
手ぶらでフラフラ歩いて良さそうな場所を探す。
途中親切なご夫婦がレジャーシートの空いているところを使って良いよと招いてくれた。

ほどなく花火が始まった。
思いの外良い場所だったようで目の前で大輪の花が咲き乱れる様をゆっくり座って見ることができた。

私は当時使っていた携帯電話(スマホじゃなくてたぶんNOKIAだったと思う)で花火の写真や動画を撮影した。今でもどこかのクラウドに残っていると思う。
花火に感動する自分の声が入っていて面白い。

当時の記憶はあまり残っていないが、元気な母の姿と花火を喜んでいる姿、ホテル近くの居酒屋さんで一緒にご飯を食べた記憶が残っている。

あの時母は何を思って花火に行こうと言ったのか。
父は仕事だったのか、母娘3人旅だったのは意味があったのかもしれない。
もしかしたら母自身が何か体の不調に気づいていて元気なうちに一緒に旅行に行きたかったのかもしれない。

私は大学に入ってすぐ家を出た。
別に両親と仲が悪かった訳ではないけれど、出来るだけ早く自立したかった。
(とは言っても大学の学費も下宿代も両親に出してもらっていたけど…)
家を出てからはほとんど実家に帰らなかった。
年末年始も、誰かの誕生日も。
帰るのは飼い猫が死んだ時くらい。
今思えばもっと実家に帰って母や父に会っておくべきだった。

母は記憶が残せるうちに一緒に旅行に行きたかったのかもしれない。
ほったらかしにしてしまってごめん。

「子供は早く自立する方が良い」そう思っていた。
大学まで行かせてもらった分早く自立して両親を子育てから一刻も早く解放してあげることが良いと思っていた。
私は子供がいないので親の気持ちはわからない。
なのでこれが正解かどうかは聞いてみないとわからないけど…。自立はしたけどもっと親のことも考えるべきだった。

今年の長岡花火は母を連れて行ってあげたいけれど、なんとも言えない状況だ。
母が長距離の移動に耐えられるなら(父も運転頑張れるなら)現地に行ってみるのも良いけれど。
オンラインでライブ配信もすると思うのでそれを一緒に見ようかな。

感傷に浸っている場合ではない。
今日のニュースからの気づき。

長岡花火は慰霊と平和への祈りの花火。
花火や(一部で話題になっているが)千羽鶴では戦争が終わるわけじゃないし、亡くなった人や被害に遭っている人たちの助けになるわけじゃない。
だけど、人々の心に何かを思い起こさせる力は持っていると思う。
少なくともこの花火が慰霊と平和への祈りの花火であるということを知ることができた。長岡花火のWebサイトへ行けばより詳しいルーツを知ることができる。

第二次世界大戦をきっかけとして始まった慰霊と平和への祈りが込められた長岡花火から今起きている様々な戦争へ興味と知識は広がっていく。

こうやって1つの花火から新しい知識を得て、さらにそこから知識を深掘りしたり広げたりしていくことは本当に楽しい。
小さい頃はきれいな花火を見て、綿菓子やりんご飴を買ってもらえる楽しいイベントでしかなかったが今はその歴史や意味、これからのことなどを考えながら花火を見ることができるようになった。

知識の広がりには終わりがない。

#ニュースからの学び   #ニュースを読んで書く

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