忙しない喧騒の中で

街には音が溢れている
サラリーマンの足音、エンジン、風が木々を揺らす、鳥の鳴き声。
そんな中をすり抜けた、一筋の透き通る音の波動が私の鼓膜を揺らす。
まるでそれは、私めがけて投げられた伸びのある藤川球児の速球の様な軌道。
目には見えないが、しっかりと私の心に突き刺さった。

「ガスマスク ガスマスク 俺はガスマスクを...」

途絶えてしまった。
新宿駅高架下。
ちょうどその時、山手線が通り、緑の車体が私とその音源を結ぶ線を切り離した。
私は千切られた線を辿り、声の主を探す。
ふと、青々とした天空を駆ける漆黒のカラスを見上げる。
そのまま飛んでいき、電線に止まるつがい。
喧騒の中の声を探す事が、青空に違和感を与える漆黒を探す事より容易では無いことを悟る。

私から声の閃光を放つ。

「ぶぁあああああああん!!!!!」

その一寸の瞬きもない間に、それぞれの声の主は糸を紡ぎ、互いに見つめ合った。

「ガスマスク、ガスマスク、俺はガスマスクを被ってない!」

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