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なぜ人々はLiminal spaceに惹かれるのか

2021年頃から度々目にするようになった''Liminal space''というものをご存知だろうか。

まず、ここでのLiminal spaceはミームの一種を指し、「どこか既視感を覚えるが不安を掻き立てられる建築物や場所」という意味でここ最近では用いられている。
実際にその画像や動画を見てもらった方が早いが、それを見た時に怖い、という単純な感情ではなく、怖さと不気味さ、そしてどこか魅力的なものを感じるのではないだろうか。クリエイター達の創るLiminal space(そこから派生して一種のコミュニティとなりつつあるBackrooms系の動画も多いが)はそのリアリティからまるで自分がそこに居られるような感覚を少しの間楽しめるだろう。

では、なぜ私たちはこのLiminal spaceに惹かれるのだろうか。これは感覚的な問題になってしまうし、完全に私の思ったことを述べるだけになってしまうがいくつか考えてみたい。

まずはやはりLiminal space独特の雰囲気、空気感だろう。空気感といってももちろん擬似的な体験にはなるが、Liminal space関連の動画を見てみると、例えばホームビデオのような映像などが多くある。そこのリアルさからまるで自分がそこにいるような、その動画の主人公になっている感覚を得られるところは大きいと思う。もちろんそのようなスタイルでなくとも、薄暗くて先の見えない場所には誰もが不安を感じ、またその先を見てみたい、という些細な好奇心を感じることがあるのではないだろうか。

次に、自分一人しかいないという「孤独感」だ。
先程Backroomsという言葉を出したが、私はLiminal spaceとBackroomsは似て非なるものだと考える。その決定的な違いは自分一人かどうか、だ。
Backroomsには「Entity」といういわば怪物のようなものがそこら中にウロウロしている。本来Entityは実在物という意味だが、Entityと名付けることで、少し現実とはかけ離れているが、どこかにいるかもしれない、という恐怖は身近に感じることができるのかもしれないし、そういった意図で付けられているのかも知れない。一方、Liminal spaceではたった独りで、孤独に彷徨い続ける。確かに、Backroomsのような得体の知れない怪物という不気味さも魅力に感じるが、Liminal spaceでの魅力は孤独感であり、誰もいるはずがないのに居るような気がする、というところに私は惹かれるのだと思う。
この「居るはずがないのに」という思いはLiminal spaceの「既視感のある建築物、場所」によるもので、例えばいつもなら人が沢山いるスーパーマーケットであったりと、自分が来たことのあるような場所であればある程奇妙さを感じやすくなる。
どこか不安で、奇妙で、孤独で、何かがいるかもしれないという味わったことの無い感覚を求めてLiminal spaceに私たちは魅力を感じている。この経験のない怖さや不安からくる興味は、人間の勝手な妄想から来ているのかもしれないが。
ちなみに私は疲れている時にLiminal spaceを見ると何もかも考えなくて良いような感覚になって少し心が安らぐような気もするのだが…これは人によるだろう。

最近ではLiminal  space関連のゲームもちらほら出ているようだ。この独特な世界観に浸ってみたい方はやってみると良いかもしれない。
先に断ったようにこれはあくまで私のLiminal spaceについての概念ではあるが、このような視点から考えてみると新たな自分なりの解釈が生まれ、よりLiminal spaceを楽しめるようになるのではないだろうか。



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