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秘境・野毛山動物園の麓に幻のテレビマンを見た!

 桜木町近辺で昼食を食べる事になった。
 駅近くのちょっとした店は主に寿町の表玄関、野毛に集中している。
 場外馬券売り場のエクステエリアであるおっちゃんたちが猛暑日の陽を避けて木陰に寄り添っているのを横目に、思いがけず瀟洒なたたずまいのイタリアンレストランに到着した。ドアには「予約の方以外ご入店をお断りしております」とプレートがかかっている。
 もちろん事前に予約を済ませてある。ランチ3000円、ディナー7000円と、庶民にとってはそれなりのお値段のお店である。一人だったら絶対に入らないと思う。
 実際、前菜はお値段なり、いやそれ以上のポテンシャルを秘めていた。一見場違いな食材を違和感なく活かしており、葉物野菜一つとっても味の濃度がスーパーのそれとは比較にならない。
 外はカリッと、内はホクホクと仕上がったフォカッチャに舌鼓を打っていた時、それらはやってきた。

「予約してないけどいいよねぇ!」
 傍若無人な中年男性の胴間声が凝った店内の雰囲気をぶっ壊す。取り巻きと思しき男と女性たちの4人組。どうやら常連らしい。
 とにかくまあこれがひっきりなしに喋る。
「~のレストランで『コレコレがまずい』って言ったら出禁食らっちゃってさあ!おかしくない?まずいものまずいって言っただけなのに」
「うわこれスイカじゃん!スイカなんて食べたのガキの時以来だわw」
「あ、今夜俺が作った番組やるから見てよ!MXで26時からだから!」(なにゆえ神奈川県で東京の地方局の番組をアピールするのかよくわからない。バカなのか)
 「予約無くても平然と飲み食いできる特別な俺ちゃん」に始まる、露悪的な自己アピールはいったい誰に向けられているのだろうか。
 前菜に違和感なくスイカが使われているという事実以前に「これはスイカである」という認知の段階で彼の理解は止まっている。そしてそのことを口にせずにはいられないようなのだ。
 そして彼はどうやらテレビマンのようだ。

 テ レ ビ マ ン !

 周囲を不快にせずにはおれない愚かな害獣としてテレビドラマや映画の中で散々ステレオタイプに描かれ、「こんなやつ本当におるんかいな?」と思われていた幻の生物が今目の前にいる!
 もはや飯の味どころではない。この場においては食事は演技に成り果てた。実際ここから後に出されたパスタや肉料理の味はよく覚えていない。
 ちらっと視界の端で外観をチェック。年齢は40過ぎ、にしてはオッサンが過ぎる。屋内においても脱帽せず、短く刈り込んだ襟元から続く全身はアルコールでだらしなく浮腫んだたるみを帯びており、横縞のブランドシャツに短パンというファッションは予想を全く裏切らない。20世紀のとんねるずの番組から飛び出してきたかのような秋元康の劣化コピーを私はいま目の当たりにしている。素晴らしい。
 そしてどうやら私の視線を気にしていたようで、怯えたような目でこちらを気にしていた。傍若無人にふるまう自分の挙動の完成度が気になって仕方ないようだ。いじましい小心ぶりが胸を打つ。素晴らしい。

 テレビマンがテレビマンなら取り巻きも取り巻きらしくて、取るに足らない主従関係に徹した卑屈さが素晴らしい。
 特に取り巻きAが放った言葉が実にいい。
「あたし、カニカマ好きじゃないんだよね。カニじゃないから」
 至言である。真理だ。いや真理を超越してそのまんまだ。
 むしろ問題は何故この場でわざわざカニカマを話題に持ってくるか、である。
 自分と連れの前に入店していたカップルは女性の方がひっきりなしにアピールしていたが、
「どこそこで食べた納豆はとても美味しかった」
「また別の所は蕎麦が美味しかったから今度行こうよ…」
というもので「今食べているものがおいしいから別のおいしいものを思い出しちゃった」という至極自然な流れである。
 それがこの取り巻きAはなんだ。極力彩度を抑えた店内には小洒落たインテリア。そこでふるまわれるのは素材を吟味して味付けに趣向を凝らした、手の込んだ食事。それを前にして出てくる話題がカニカマか。
 むしろお前がカニカマそのものだ。
 そのことにお前だけが気付いていないのだ。
 お前がカニカマを見るとき、カニカマもまたお前を見ているのだ。来世の世渡りのために覚えておくがいい。
 学生のような声色と口調だったが、店を出るときにちらっと見たらアラフォーぐらいの立派な中年女性だった。うわキモい。このグロさは反則でしょ。きっと学生時代で心身の成長を止めたのだろう。そういえばハダカデバネズミは老化しないというから、その亜種かもしれない。

 取りすまして店を出てから連れと爆笑した。
「本当にああいうのっているんだね!」
 すぐそこの坂を登れば動物園だが、まことに見るべき価値のある動物は檻の外にいた。
 あの前菜と入園料を合わせれば3000円でも安いぐらいだった。
 個性も創造性もない、純然たる俗物たちよ。おなかが膨れたら三宿へお帰り。
 

 

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