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出産までの道のり:人それぞれ、みんな大変。

前に記事を書いたのが10月頭でございました。その時は、逆子どうする問題に直面して、無事治ったくらいのことを記事にしていましたね。いや~、随分と昔の出来事のような気がします。
前回記事投稿から今まで何をしていたかというと、子供を産んでいました。大変喜ばしいことに、子供が産まれました。母子ともに健康で、現時点では特に困ったことはありません。

それでは、自分の備忘録も兼ねまして、前回から出産までで体験したこと、考えたことを書き記しておきます。

逆子リターンズ

前回記事投稿したときに、「逆子になっちゃったけど、信ぴょう性の怪しい鍼灸に行って治った」と書きましたが、その後、また逆子になっていました。36週の健診で。
逆子の場合は37週とか38週で帝王切開らしいので、病院側も「こりゃ帝王切開だな」ってことで、レントゲン、血液検査、尿検査、心電図など、帝王切開になったときに必要な検査を追加実施。説明書や同意書などなどを貰い、私は家に帰ってから、帝王切開後の傷を保護するテープとか、帝王切開用の産褥ショーツなんかをネットで検索検索…。(購入はしなかった。)
翌日、病院から電話があって、38週の真ん中くらいの日程で手術予約しましたと言われ、「我が子の誕生日はこの日になるのか~」なんて感想を持ちながら、前回の通院の時にやり残した検査のためにもう一度病院へ行ったら、「あれ、逆子治ってますね」ですって。

おお、逆子ってこんな遅い時期にも治るのか…とちょっとびっくり。いやまぁしかし、よかったよかった。
手術予定もキャンセルになり、ベビーちゃんの誕生日は再び白紙に。

夫は、職場に「出産日早まりそうです」と報告していましたが、「やっぱ遅くなります」と訂正したとのこと。(男親の方は、妻の出産日を基準に各種の休業日程が決まるので、職場にも逐一連絡を入れていました。)

妊娠中は胎動は常に感じていたけれど、もこもこ動いているのが足なのか手なのか頭なのか、普通の妊婦さんはわかるんだろうか…? 私、ずっと足だと思ってたのが頭だったり、頭だと思っていたのが別の何かだったりして、イマイチ胎児の体が把握できていなかったんだけど…。もし、これは足、とか、これは頭、ってのがわかるんだったら、逆子になったのも治ったのもわかったんだろうなぁと思って。(結局、最後の最後までよく分からなかった。)

逆子に対する鍼灸の効果について:1回目の逆子は、鍼灸に行ったあとで治ったので鍼灸の効果は否定できなかったけど、2回目の逆子は鍼灸に行かずに治ったので、うーん、わたしの鍼灸への信頼は非常に低くなってしまいましたね。

胎動が感じられないので救急外来へ!

胎動カウントはほとんど真面目にやってこなかった私ですが、午前中と夕方1回くらい、「胎動あるかな~」とお腹を触ってじっとしている、ということを定期的にやっていました。
とある日、夕方に胎動を確認しようと、ごろごろ布団に横になってお腹を触っていたのですが、どうにもこうにも動いているような気がしない…。
横になりながら、スマホで検索。。。「胎動 少ない」「胎児 死亡」とかキーワードを入れると、不安な記事が次から次へと出てくるわけです。
「臨月は一般的に胎動が少なくなるもののなくなることはない」という情報、あとは、胎動が感じられなかったけれど病院に行かなくて胎児死亡を経験した方のインタビュー記事なんかを読んでいると、「お腹の子、大丈夫? 明らかに胎動少ないんだけど…」と心配になってしまいました。

夫は私の訴えを深刻に受け止めておらず、のんびり晩御飯の準備を進めてくれていたのですが、「ここで晩御飯のんびり食べて、このお腹の子が死んじゃったりなんかしたら、後悔してもしきれない…!」と思って、救急外来へ行くことにしました。

タクシーに乗っている間も、病室で助産師さんが心音を探してくれている間も不安で不安で仕方がなくて、こんないい歳した大人なのに泣いてしまいました。この子の異常に気付いてあげられて、命を守ることができるのが私ひとり、というプレッシャーに押しつぶされそうでした。
力強い心拍が聞こえて、助産師さんから、「赤ちゃん元気ですよ」と教えてもらうまでの時間が恐ろしく長く感じました。その後は、ものすごくホッとしましたね。

余談ですが、念のためNSTをしておきましょう、ということで、装置を付けて胎動と心拍をモニターしていたのですが、赤ちゃんが途中で寝てしまったようで、1時間くらいベッドの上に横たわっていました(ふつうは20~30分くらいで終わる)。
その間、付き添いで来てくれていた夫は待合室に放置されていたようで、看護師さんも何も言いに来てくれないし、私からも連絡はないし(スマホを入れたカバンが手の届く位置になくて、NSTの装置を付けながら「スマホ取ってください」と看護師さんに言うのが気が引けて…)で、非常に不安な時間を過ごさせてしまったようです。

夫の作ってくれた晩御飯は、帰ってからおいしくいただきました。

予定日超過して生まれない我が子

出産予定日は「予定日」なので、ちょうどその日に生まれることを保証するものではない、というのは知っていました。ただ、予定日よりも前に生まれる場合が多いというのも調べていたので、予定日を超過しても全く産まれる気配のない我が子、「大丈夫なんかい?」と心配に… ホント、子宮口も全く開かないし、お腹の張りもほぼなかったので。

予定日超過が確実になった後の健診で、入院して陣痛誘発剤を入れて産むことが決定しました。入院日が決められていたので、入院準備を余裕を持ってできたのは良かったです。陣痛来てからだったら、当日バタバタと病院に移動することになっちゃってたと思うので。
入院した夜は、内診の結果、やっぱり子宮口が全然開いていないねということで、ラミナリアを入れて就寝(入れるとき結構痛い。入れてしまえばそうでもないけど)。
翌日は朝から内診があり、子宮口は3cmくらいこじ開けたとのこと。促進剤の点滴をスタートしたものの、特に何も起こらず。夕方には促進剤投与をやめて、次の日に持ち越し…そして、翌日も朝から点滴したものの、2日目も産まれず。
同室の方が次々と出産されていく中(大部屋だったので。)、私は重いお腹をずっと抱えながら、いつ産まれるのかしら~、と考えていました。
「赤ちゃん、お母さんのお腹が心地いいんだね」と言われるとちょっと嬉しい気もしましたが、それを上回るお腹の重さ・苦しさに、「お母さんを早く楽にさせてくれよ…!」と思っていました。だって、夜もよく眠れないし、ご飯も常にお腹いっぱいで辛いし…
ま、赤ちゃんの状態をマメにモニターしてもらえるので、知らない間に赤ちゃんが亡くなってるという恐ろしい可能性は限りなく低く、その点は安心でした。

我が子、爆誕。

陣痛誘発剤を入れて3日目は、薬を変えることになりました。昼前までは、それまでと特に変わらずでしたが、トイレに行ったあと破水。この時点ではお腹はそれほど張っていなかったのですが、しばらくすると周期的に腹痛が。
ちょうどお腹が痛くなってきた頃、お昼ごはんのタイミングでした。
私の入院していた病院では、無痛の処置をするのは食事してから6時間経過以降、というルールがあったので、お昼を食べることは夕方6時ごろまでは無痛を入れることができないことを意味しています。
助産師さんは、「これから夕方まで促進剤入れて、そこから周期的なお腹の張りが続いて本陣痛になれば今日中に出産できるけど、まだ時間があると思うから、食べておいた方がいいんじゃない?」とのことでしたが、正直お腹が結構痛くて、ご飯食べてる気分じゃなかったんですよね。
結局、ジュースとゼリーだけ食べることにしましたが、結果的にこの判断は正解でした。
というのも、この後2時間もせずに産まれちゃったからです。

私のお世話になった病院では、無痛の麻酔を入れるタイミングは、周期的なお腹の張りがあって、痛みが我慢できなくなったとき、という極めてアバウトな感じでした。
あとから思うと、この「我慢できない痛み」というのが結構曲者だった気がします。というのも、私、結構痛みに強い性質らしくて、我慢できる範囲が多分他の人より広いんでしょうね。
「痛みどうですか?」と聞かれたら、「痛いけど我慢できるくらいです」(嘘はついていない)と答えていたら、知らない間に結構お産が進んでいたようです。
自分でも我慢できない痛みだなぁと思う→助産師さんが麻酔科医に連絡→麻酔科医到着→麻酔開始、の時点でかなり出産は進んでいて、脊髄に麻酔を入れた時点ですでに痛みのピーク。(※痛みに耐えながら、麻酔の針を刺してもらう姿勢が死ぬほどつらかった。。。)
麻酔を入れてもらって、さぁお産のために仰向けになりましょうね、となってから、ホント2いきみくらいで我が子誕生でした。
無痛分娩にしたけど、痛かったです…。
分娩時間は、驚異の3時間未満。どこを分娩開始と取るかで変わってきそうな気もしますが、とにかくスピーディーなお産でした。

ちなみに、スピーディーだから万事OKということもなく、膣や会陰がびりびりに破れたので、お産後かなり長い時間をかけて縫合してもらう羽目になりました。先生からは、「この処置が麻酔かかっているということだけでも、無痛分娩にした意味がありますよ」と、慰めなのか励ましなのかわからないお言葉をいただきました。それだけ重症ってことを考えると、決して喜べないですわ… それだけびりびりだったので、出血量も1.5Lとまぁまぁなダメージでした。輸血もしなかったし、分娩室から歩いて普通に病室戻ったけれど、結構タフな症例だったのではないかと思います。

産んだ我が子を最初に見た感想は、「うわぁ~、夫君にそっくりだぁ」って感じでした。うみゃうみゃと元気に泣いて、しわしわな顔は真っ赤でしたけど、とてもかわいいと思いました。

とりあえず、出産までの記録はこんな感じ。周りの出産経験者に聞くと、みんなそれぞれ大変な経験をされていますよね。
私の場合は、出産本番は高速で過ぎていったのでそんなに苦しい記憶もありません。もう一回経験しろって言われたら嫌ですけど、そこまで大変でもなかったような…? 腰痛も特にないですしね。股は大事故ですけど。



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