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オーバードクターとは何か ~良いこともあるが悪いことの方が多い~

こんにちは、黒都茶々と申します。
現在は定職(not研究職)についておりますが、かつて大学院の博士課程というものに在籍しておりました。

前回は私が博士課程に進んだ理由と、その後非研究職に就職した理由をつらつら書かせていただきましたが、その中でも出てきた「オーバードクター」というものについて、紹介したいと思います。

最低在学年限超過学生のことをオーバードクターと呼ぶ

簡単に行ってしまうと目次の通りですが、「博士後期課程の最低在学年限超過学生」のことをオーバードクターと言います。
私の所属していたところは(そして多分大半の大学院は)最低在学年限は3年なので、博士後期課程4年目、5年目、6年目の人たちのことをオーバードクターと呼ぶことになります。ちなみに、7年目はありません。最高在学年限は6年までだからです。
(私の隣のラボには、オーバードクターして6年生まで行ったけど学位とれなくて、研究生として大学に在籍していた人もいたようです。闇ですねー)

それでは、いったいどれくらいの人数がオーバードクターになっているのか? ということを具体的に見ていきましょう。以下は、政府統計の総合窓口e-Statからの引用です。

e-Statで公開されている統計データの中に「研究科別 最低在学年限超過学生数」というのがあり、令和元年度の統計だと以下の通りとなっているみたいです。

「博士課程(就業年限3年)」令和元年度
全体合計 12,926人(1年超過:4,666人、2年超過:3,532人、3年超過:2,231人)
理・農・工学関連の研究科 3,605人(1年超過:1,585人、2年超過:1,049人、3年超過512人)

ちょっとこれだけだと、そもそも1学年何人いるのか分からないので、各学年の人数もざっと引用しておきます。足すところ間違ってるかもしれないんで、概算ということでご認識ください。

「専攻分野別 大学院 学生数/博士課程」令和元年度
全体合計 74,711人(うち社会人は33,174人)(1年次18,140人、2年次17,882人、3年次30,109人、4年次8,580人)
理・農・工学の研究科 20,973人(うち社会人は5,437人)(1年次6,071人、2年次5,890人、3年次8,946人、4年次166人)

うーん、あくまで理農工についての概算ですが、1学年6000人くらいいて、オーバードクターやる人は1500人くらいって感じかな。
イメージしやすい人数に置き換えると、12人のドクターがいたら、3人くらいはオーバードクターを経験して、1年オーバーの人は1人、2年オーバーの人は1人、3年以上オーバーする人が1人、くらいの感覚ですね。

これを多いと見るか少ないと見るか。。。難しいもんですね。

なぜオーバーするのか

上の人数を見て、「少ない」とは言えないと思うのですが、どうしてオーバードクターになってしまうと思いますか? 普通の学校(小・中・高・大学)だと、卒業できない=勉強できないの図式が成立するんですが、ラボだとちょっと事情は変わってきます。
オーバーするかどうかというのは、本人が優秀かどうかというより、運と先生の方針だという気がしています。

オーバードクターになってしまう理由は、「卒業要件を満たしていないから」に他なりません。では、満たすのが難しい卒業要件とは何か、というと、ほぼ100%で「論文の投稿数」です。

私も実は真面目に調べたことはないのですが、うちの学部では、「英語の論文(査読あり)を科学雑誌に1本掲載すること」が要件になっていたと思います。
インパクトファクターは関係なしに、とりあえず1本。日本の学会誌でも、使っている言語が英語ならOK、だったようです。

学部によって少し違うみたいで、友人の学部では「査読あり論文を3本」が必要で、その代わり日本語論文があってもOK、インパクトファクターが高いジャーナルに掲載されたものが1本あれば2本とカウントする、みたいなよくわからんルールもあったようです。

まぁ、とにかく、学位に必要なのは論文を出すことですよ。

論文書くのってそんなに大変なわけ? と、多分大半の人は思うでしょう。
私だってそう思うと思います。(もし、書いたことがなかったら。) しかし、実際自分が書いてみて、また、周りの先輩たちの状況なんかを思い出してみたりすると、論文書くのだけに集中したって、初めての英語論文なら1年くらいかかるのが普通かなと思います。
どのデータを使って、どんな構成でどんな論を展開するのか、という骨組みを考えるところからスタートして、足りないデータを実験で増やしたり調べた方がいい研究を検索したりして、英語で書いて、図も整えて。。。
初稿を作るだけで下手すれば2年、3年かかって、投稿した論文がメジャーリビジョン(雑誌の編集者に、この内容なら雑誌に載せてやらないこともないけど、大幅修正してね、と言われること)で返ってきたりなんかしたら、実験追加+原稿大幅修正で乗り切るのか、それとも別の雑誌(もっとランク低い)に落とすのかを選択しなくてはなりません。そして、それには先生との衝突がもれなくセットです。

自分でお金取ってこれる大学院生ならばまだしも、普通は先生の取ってきた研究費で研究させてもらっているので、例え自分の研究テーマで、研究の内容も自分が一番理解しているとしても、「論文」=「先生の業績」でもあるわけです。である以上、自分一人で全てを決められる訳ではないんですよね。

私たち大学院生にも、先生にも言えることですが、論文を書いたら、「できるだけエネルギーを使わず」に、「できるだけインパクトファクターの高い雑誌に掲載したい」と思います。
そりゃそうだ、それが業績ですから。業績があれば次の研究費取ってきやすくなるし、お金があれば研究進むからね。

これまでの私含め周りの院生の状況を見ると、先生は「インパクトファクターの高い雑誌に掲載する」、院生は「早くどこかの雑誌に掲載する(←卒業かかってるから)」を優先する場合が多いかなと言う気がします。

どっちが正しいのかはケースバイケースです。
博士3年の段階でメジャーリビジョンのコメントが返ってきて、博士4年まで行って頑張れば確実にそのジャーナルにアクセプトされるっていうのなら、別にいいんじゃないの、オーバーしたまえよ、と思いますし、博士6年でもう後がありませんこれ以上オーバーできませんお金もないですメンタルもボロボロで頑張れません、っていう状況ならもっとランクの低いところに投稿し直すのが正解だと思います。

私は、オーバーさせるのは基本的にナンセンスだと思っている。

ここまで、ぐだぐだとオーバーさせてしまう教授側の意見を汲み取りつつできるだけ公平な情報を提供しようと思って文章を書いてきましたが、ここからは、本当に、個人的な感情です。

私は、よっぽどの理由がない限り、オーバーさせないのが良いと思う。

理由の一つ目として、やっぱりオーバーするとお金が無くなるし時間がかかってしまうということなんですよ。
全部が無駄とは言わないけど、学生にとっては厳しいです。そのお金と時間で、どれだけその学生の可能性を狭めているかというのを察していただきたい。
当たり前ですけど、ドクターがオーバーしたって先生はこちらの学費を払ってくれたり大学からペナルティがあるわけでもないです。
しかも、ドクターという無償の労働力を確保できちゃうんで、オーバーしてくれれば先生は嬉しいです。意識的にそうやってる悪どい先生も、無意識にやってる浮世離れしてる先生も居ますけど、やってること一緒ですから。悪気がなければOKなんてことはないんで。そこんとこ、先生は無責任ですからね。ええ。

理由の二つ目として、卒業要件の論文投稿は教育的側面が大きいので、そこで業績を上げようとするべきではないと思うのです。
期限内に、手持ちのリソースを駆使して卒業を目指すというトレーニングをした方がいいですよ。限られた手持ちデータと時間と労力でなんとかせにゃならん、っていうときがこれから先いくらでもあるんだからさ。

業績良い方が良くない? って、そりゃ先生にとってはね!

1回論文を書いてしまえば、多分2回目はもっと早く書けます。たとえ博士課程のときに書いた論文がショボくたって、次ポスドク行った先で生涯のテーマになる研究を見つけりゃいいんですよ。
そんで、そのときトップジャーナルに論文出せばいいんですよ。
周りの先生たち、博士のときのテーマをメインにしてる人います? みんな、ポスドクとか助教のときにやったテーマで飯食ってますよね。なんで早くそのステージに行かせてあげないのかね。

さらに、最近は、学位取ったけど研究者になりませんよっていう私みたいなヤツまで現れるようになりました。
ハッキリ言いますけど、学位持ってるかどうかも大して重視されない職場で、誰が論文掲載された雑誌のランクなんて気にするかっての。就職してから自分の論文が話題に上ったことなんて数えるほどしかありませんぜ。こんな奴がインパクトファクター気にするわけがない。

先生側の反論として、「ドクターの学生の能力不足だからオーバーさせるしかない」っていうものもあると思うんですが、わたしからしてみれば「じゃあそんな能力低い奴ドクターに来させるなよ」と言いたい。
ちゃんと選抜して、ラボの余裕と自分の状況考えて、オーバーさせないで卒業させられそうだなっていうやつだけドクターとして迎え入れるべき。
(実際、私の同期は明らかに不向きなのにドクターに進学してしまって地獄を見たはず。そんな奴博士に6年いたって大した能力つかねぇだろうが。教授も教育できない奴なんだから。)

以上、熱くなってしまってすみませんでした。今回はこれにて、「オーバードクターとは何か」は終わりです。

次回は、「研究室で生き残るためにやるべきこと ~記録・健康維持・ラボの外の友達作り~」をお届けします。これまで、ラボ辛い研究大変だ、という記事を書き綴ってきましたが、そんな環境で生き延びる方法について書きたいと思います。

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