「人を笑わせる力」~岸田奈美さん『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』を読んで~

 岸田さんのエッセイは面白いです。阿川佐和子さんの言葉をお借りすれば「泣きながら笑うわざと、怒りながら信じるコツがたっぷり書かれている」からです。私はエッセイが苦手で、素敵なエッセイが書ける人はどんな特別な才能を持っているのだろう、といつも考えていました。答のヒントが、この本に書いてありました。

 岸田さんの人生は波乱万丈です。ドラマや漫画の設定にしたら、それは作り過ぎだろうと言われてしまうような出来事が満載。そりゃエッセイのネタには事欠かないよね。
 でも、そういうことではないのです。
 岸田さんのご家族は素敵です。最初のエッセイ、かの有名な「赤べこ」事件を読んだだけでも、いえ、その前にある「はじめに」を読んだだけで、ご本人とご家族のお人柄が伝わってきます。エッセイの基本は「お人柄」だから、岸田さんに素敵なエッセイが書けるのは当然だよね。
 でも、そういうことでもないのです。

 私が心を打たれたのは、117ページにあった「わたしは忘れるから、書こうとするのだ」という言葉です。嵐の夜をしのぐため家に籠って耳をふさぐように、岸田さんは辛いこと、嫌なこと、悲しいことを考えないように、忘れるように務めてきました。そして、本当に忘れてしまう才能があったのです。だから生き続けることができた。辛い出来事にまつわる全てを、愛しい記憶も含めて失ってしまうことで。

 岸田さんがたどり着いたのは「つらいことがあったら、心置きなく、忘れてもいいように」日常を、愛しいことを書き残そうという想いでした。読み返す時苦しくないように少しばかりおもしろい文章で書く。それが、岸田さんのエッセイの面白さの正体でした。
 SNSで誰もが気軽に文章を書く現代、読者受けが良く、氾濫するのは、書き手があえて道化を演じるような軽やかな文章です。読んでいる時は面白いけれど、なんだか寒々しくもなってくる。そうした文章に比べて、岸田さんのエッセイの面白さが読後もじわじわと効いてくるのは、忘れるから書くという切実な、真摯な気持ちがあるからなのかもしれません。

 私もものを書く人間なので、この本から受け取った一番大きなものは、書くという行為に込められた意味なのですが、他にもたくさんのことを考えさせられました。
人生で転んでしまったあとの立ち上がり方、ドラえもんのような無償の愛、そして「いい言葉は、いい場所へと連れて行ってくれる」ということ。

 最期に、記しておきたいことが一つ。この本を知人に薦めたら「今年一番読んでよかった本」と言われました。「そうでしょ、えっへん」てなもんです。自分が書いた本じゃないのにね。