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無課金で最強伝説〜赤ずきんちゃんに騙された〜

前書き
この物語はフィクションです。
ただし、九割は本当にあった話です。
個人特定出来ないように少し設定やら、場所などいじっています。
やっちゃたんですよ、本当に。

本文
序 赤ずきんちゃんとの出会い

「あんた、またやったの?」
「またって、結婚式で花嫁連れ出したのなんて初めてだよ。」
「って言うか、いい歳なんだからそろそろ落ち着きなよ。」
Aは長年の女友達。
彼女には長年付き合った彼氏がいる。
ハチャメチャの俺の行動を監視し、時には同感してくれる大切な女友達である。
「たぶん、彼とは結婚することになると思うけど、結婚しても連絡頂戴ね。」
「Aがいいなら、いいよ。でも俺が結婚したら連絡しないぞ。」
「わかってる。メチャ一途だもんね、信広。でも今のままの性格じゃ結婚出来ないんじゃない。アハハハハハハ。」

野口伸子、21歳、8月26日生まれ、A型
この物語のメインヒロインにして最可愛、最悪の女性である。

南雲信広、26歳、8月26日生まれ、A型
俺、この物語の悲劇の主人公である。

それは、ここから始まった。
南雲信広は広告代理店の営業マンである。
GW前のとある日、一流商社の壮大なビルの入り口を潜り受付へと向かった。

そこには、そこは一流商社。
受付にいたのである、野口伸子が。
メチャクチャ可愛いじゃん。こんな娘が存在してる現実ってどうなの?
小さな逆三角形の色白の顔にバランス良く配置された目と鼻と口。髪は少し茶色がかったショートボブだ。それを一流商社の受付嬢らしい落ち着いた化粧でまとめている。

幾度かの訪問でラッキーが重なって、めでたくその商社から新規大型広告を受注することが出来、一週間に一度打ち合わせのためにその商社を訪問することになった。そのことで、広告代理店の営業成績で全国一位に躍り出ることが出来た。

5月21日月曜日。
何回目かの訪問日の帰り、受付に入社証を返しに行くと、

彼女、野口伸子が
「これから、ご飯ですよね。よかったらご一緒していいですか?」
嘘だろ?
「は、はい。」
即答だった。
もう一度嘘だろ。こんな可愛い娘とご飯を食べた記憶はないぞ。
彼女のおすすめでトンカツ家に入った。
めでたくこの難攻不落の会社から新規広告を受注出来たこと、そのために一週間に一度訪問しなければならないことなど、を話した。

「信広さん、相談があります。」
ちょっと待て、なぜファーストネームを。
彼女はかまわず話を続けた。
「実は私、婚約者がいます。親が決めた婚約者です。もう仕方ないことです。」
ああ、分かっていたさ分かっていた。
こんな可愛くて魅力的な女性との間に俺には縁のないことが。
「でも私、結婚したくないんです。マッリジブルーというか。どうしたら、いいですか?」
「うん、ごめん。俺にはわからない。でも、話は聞くし何か困ったら、いつでも相談に乗るよ。」
「はい。今日はありがとうございます。」
「あのー、メルアド聞いてもいいですか?」
いやー、俺、安易にメルアド教える人じゃないんだけど。
でもなー、いつでも相談に乗るって言っちゃたし、まさか婚約者のいる彼女と間違い犯すわけもないよね。
メルアド教え合うなんて、いつ以来だろうか?

彼女、そこそこのお嬢様だよな。それなのに箸をきちんと持ってていないことを指摘してしまった。
言わなかったけど、箸をきちんと持てない女の子を好きになったことなど俺には一度たりとも無い。

まさか、それから怒涛のメール旺盛になろうとは想像もつかなかった。

彼女はメール魔だった。
朝、昼、夜、俺の空いている時間と彼女の空いている時間が合う時は四六時中メールをしてた。
朝起きてのおはようメール。
通勤途中のホーム、電車内。
ちなみに俺は歩きスマホはしない。
お昼のお疲れ様メール。
帰宅中も朝と同じようにホーム、電車内でメール。
帰宅したら、ただいまメール。
もちろん、おやすみメールも欠かさない。
何せメールしないと、
「何してるの?」
と怒絵文字つきのメールが送られてくるのだから。

独り暮らしの俺は、ほぼ毎日コンビニ弁当。
食事しながらメールしていると、
「遅い。何してるの?」
と返事を返す前に彼女からメールがくる。
もちろん、怒絵文字つき。

5月26日土曜日。
って言うか、彼女本当に婚約者いるのか?
そんな疑問を内に秘めて、週末の土曜日にメールをしていると、
「明日の日曜は婚約者と会わなければいけないの。」
「そっか。」
と、素っ気ない返事の俺。
「お互いの両親も一緒で、どちらかの家で親睦会·今後のスケジュールって感じかな。」
「んじゃ、明日はメール出来ないね。」
やっとこのメール地獄から解放される。
「えっとね。いつもお昼食べてから夕方くらいまでだから、その時間以外はメールしよ。」
ああー、解放されないのか。って言うか、相談に乗るって言ったけど、メールの内容はお互いの趣味の話だとか完全に日常会話。

5月27日日曜日。
いつものように彼女と朝の挨拶を交わし、日常会話をする。
彼女が婚約者と会うために家を出る時間が来た。
「いってらっしゃい、野口さん。」
「行ってきます、信広さん。終わったらね。」
「ハイ、ハイ。」

ふうー俺、一体何やってるんだ。そんなふうに溜め息をしていると、メール音が鳴った。
Aからのメールだ。
「信広、最近冷たいんじゃない。返信ないし。」
返信したくても出来ないんだよ。そんなことは言えない。
「ごめん。最近、忙しくて。」
「ははん、さては好きな娘出来たな?」
好きな娘?それは違う。決して違う。確かにメールしてる時は楽しい。
でも、解放されたという安堵感を実感してる以上、好きにはなっていないハズだ。
人はパートナーがいる異性に対して、見えない壁みたいな免疫を張る。一部の例外を除いては。
その証拠にAには全く恋愛感情が湧かない。
「違うよ。本当に忙しいだけだって。」
忙しいってのは、嘘じゃない。
「わかった。話せる時が来たら、話して。」
「アイよ。」
なんか、少しバレてるような気がするのは気のせいか。

はー、やっとゆっくり出来るな。
DVDでも見るか。

それは見てる映画のDVDが佳境に入った時だった。

ん?メール?誰から?

野口伸子からだった。
「どうしても、信広さんとお話したくてトイレからメールしてるよ。」
「アハハ。そりゃ、どうも。」
今、いいトコなんだけどな。
婚約者といるハズなのに、それでもメールしてきた彼女を無下には出来ない。
「ん?なんかあったの?」
彼女からのメールの返事を待たずに思わず追いメールしてしまった。
「えっとね。今後のスケジュール決まった。本人たちの意見聞かずに。」
おいおい、戦国時代じゃあるまいし、そんなことってあるのかな。
いや、あっちゃいけない。
「そっか。」
素っ気ない返事ではない。どうしていいかわからないのだ。
「帰ったら、またメールするね。余り長居も出来ないし。」
「うん、わかった。待ってるよ。」

佳境に入ったDVDなんて、それどころじゃない。いつでも見れるし。
本人たちの意志を無視して結婚話がドンドン進んで行くってどんな心境だろうか?
少なくとも俺には耐えられない。で、俺に何が出来る?何も出来やしない。
俺程度の知識と経験じゃ足りないってことか。
目の前に救って欲しいって人がいて、何にも出来ない俺がメチャ歯がゆい。

「ただいま、信広さん。終わったよ。」
「おかえり、野口さん。」
「って、婚約者と夕食するとかしなくていいの?」
後は、若い二人に任せてとか、ないのか?
「形式的なものだから。もう、早く帰りたかったし。」
「んで、決まったことって?」
「結納の日付けとか、式の日取りとかかな。」
「式はいつに決まったの?」
「10月20日。大安吉日だよ。」
5ヵ月後か。
日曜日の夜は早い。
いつものようにコンビニ弁当食べながら、彼女とメールしたり、洗濯したりしているうちに時間は過ぎていく。
「今日はお風呂入って、もう寝るね。おやすみ、野口さん。」
「おやすみなさい、信広さん。」

5月28日月曜日(式まで、後146日)の朝、
もう定例となった、おはようメール。
が、しかし。
「今日、またお昼ご一緒していいですか?」
そう、一週間に一度の彼女の会社への訪問は月曜日なのだ。
「うん、いいよ。」

毎週月曜日の朝は会議がある。会議室に課の全員が集まり一週間の行動予定と受注予定を発表する場である。俺は伸子の商社から新規大型受注しているので、週目標、月目標、クオーター目標を達成している。
この会議が終わってから一息ついて伸子の商社へと向かうとちょうどいい時間に到着するのだ。

そして、お昼。
前と同じトンカツ家さんである。
彼女の箸の持ち方が直っていた。
それをチラッと確認してまるで子供を誉めるような眼差しをして、思わず頭を撫でてやりそうな仕草をしたが手を引っ込めた。
彼女は上目遣いでニコッと満面の笑みを浮かべた。そして、それが超絶可愛いかった。

しかし、うめえなこのトンカツ。饒舌のトンカツに舌包みしていると、メール音が鳴った。
誰だ?
女性と食事している時にメール確認など、マナー違反だ。少なくとも俺はそう思う。
ふと、彼女の顔を見る。彼女の眼はテーブルの下方に向けられていた。
彼女は満面の微笑みで上を向き、メールを見てもいいよとジェスチャーしてきた。

そこには、
「好き(ハートの絵文字)
と書かれていた。

そう、伸子のメールアドレスからだった。ちょっと待って。あんた、婚約者いるよね?
これまでのやり取りで、パートナーのいる女性は絶対に好きにならないし、受け入れないって言ったよね。

テーブルの上で腕を組みながら彼女を見た。
そこには、頬を真っ赤に染めた彼女の姿があった。

可愛い、メチャ可愛い。こんな可愛い女性と出会うことなんて、もうないかもしれない。
でも、彼女には婚約者がいる。返答に困っていると、
彼女からまたメール。
「信広さんは、私のことどう思っているの?」
どうって?こんな可愛い娘を不幸にしちゃいけない。好きって感情は絶対に湧かないけど、救ってあげなくちゃいけない。

「信広さん、私のこと好きって言ってくれなきゃ、死んじゃうぞ。」とメール。

そして、目の前の彼女のピンク色の唇から、

「好き」

という言葉を放たれた。

ああー、彼女、マッリジブルーかもって言ってたよな。それは、精神的に不安定になってることだよな。
まさか、本当に死んじゃうわけないよな。これがメンヘラってやつか。

「ねえ、女の私から好きって言ったんだよ。しかも、初めてだよ、私から告白したの。答えて。」

それは、今まで彼女からは聞いたことのない強い口調だった。
俺は周りを見渡し目線を気にしながら、

「···わかった。好きだよ、俺も。」

ああー、言っちゃった。ドキドキし過ぎて、俺が死にそうだった。だが、過去のトラウマが俺にそう言わせた。
彼女の満足そうな顔を後にして、昼食は終わった。

「この前割り勘だったから、今日は俺に払わせてくれ。」
何格好付けてんだ、俺。
「うんうん、今日も割り勘にしよ。誘ったの私だし。」
そんなやり取りをしていると、店員さんが「早くしてくださいよ」という眼で俺を見た。
そして、彼女を見た。眼が止まっている。
そう、おそらく俺が初めて彼女に抱いた感情と一緒だろう。男の店員だ。こんな可愛い娘が存在していたのか?という眼だ。
伸子はカバンの中から財布を取り出した。しかし、今度は彼女の眼が点になっている。現金を持ち合わせていなかったのだ。
店員は明らかに苛立っている。
彼女はカードを差し出し会計を終えてしまった。

ああー、二人で一緒に食事して女性に全額出させるなんて初めての経験だよ。
「半分払うよ。」
「今日は私のミスだから、私に払わせて。」
「んじゃ、どっかでこの埋め合わせはするってことで。」
「うん、じゃあ、また一緒に食事とかするってことだね。」
しまった、という嵌められ感は間違いだろうか。好きとは言ったけど、付き合うとかは言ってない。って言うか、ないハズだ。

二人は仕事に戻った。

夕方。
「ただいまー、野口さん。」
「おかえり、信広。」
「って言うか、いきなり呼び捨てかよ。」
「信広も伸子って呼んでね。」

俺にはいくつか座右の銘がある。

All Or Nothing 

日本語なら、黒か白だ。
要するにハッキリしないモノを好まないということだ。
だからだろう。パートナーのいる女性、ここでは、婚約者のいる伸子を好きにならないということだ。
昼間は確かに「好きだよ、俺も」と言った。過去のトラウマが俺にそう言わせた。

19の時、そして22の時、俺が告白されて断った二人は精神的におかしくなってしまった。
詳しくはここでは話さない。たぶんそういう性質の娘に優しく接してしまうのが原因だろう。

彼女もマッリジブルーになっていて、独りでいる時に鬱になることがあると言っていた。
彼女が好きなのは俺じゃない。メールしている自分。100歩譲って、俺とメールしている自分だと、俺は己れに言い聞かせた。

「ねえ、信広のこと家で待っていて気付いたことがあるの。私達、イニシャル一緒で、ファーストネームの頭の読み方が一緒。そして、誕生日と血液型が一緒。こんなの世界で私達二人だけだよ。」
俺は気付いていた。誕生日と血液型を聞いた時に。
「そうかもね。」
俺は素っ気ない返事を返した。
「ねえ、信広。私、もう我慢出来ない。明日から、メールしてた時間電話しよ。私から掛けるから、番号教えて。」

彼女は覚醒した。電話魔に。
番号を教えると早速彼女から電話をしてきた。
「信広、大好きだよ。」
「·····」
「ねえ、何で黙っているの?」
「ちょと待ってくれ。何で俺のことを好きになったんだ?」
もし、彼女に婚約者がいなければ俺はもう彼女にメロメロだっただろう。今も少しヤバい。
自分のドストライクの女性から告白されて落ちない男が、この世界に何人いるだろうか?
でも俺は落ちない。
彼女に婚約者がいなっかたとしても、だ。

「話長くなるけど、いい?」
「いいよ。」
「えーとね。私、受付してるでしょ。でね、同世代の男の人で、何回もうちの社に来て事務的に受付を済ませて通りすぎて行く人って信広だけだったの。自惚れかもしれないけど、露骨にナンパされたりもしたし。信広、うちの専務から契約の印鑑貰った時あるでしょ。あの時、信広の後に専務と約束しているお客様がいたの。で、専務から大事な契約中だから少し待って貰ってくれって連絡が来たの。」
「専務がどこかに電話したのは覚えているよ。」
「気づいたら、受付で私独りでガッツポーズしてたよ。」
「それは傑作だ。ハハハ。」
「プウー。信広の後のお客様って、民放TV局の社長さんだよ。私、受付になって一年だけど、うちの堅物専務が人を待たせる連絡をして来たの初めてだったよ。」
「専務からも、君みたいな若い営業マンが私までたどり着いたのは初めてだ、って言われたけど。」
「それから、あの専務に会うのにこの社でどう行動したのか、あの専務から印鑑もらうのにどう行動したのか気になっちゃて、気になっちゃて。」
「孫子の兵法に習った。」
「孫子の兵法?聞いたことはあるけど、中身まではよく知らないよ。」
「困難にぶち当たったら先人に学べってことだよ。話反れちゃうから、また今度ってことで。」
「でね、家に着いたらこの人なら私を助けてくれるかも、出来るかもって思い始めて。気が付いたらいつも信広の顔が浮かんで、信広の来る月曜日が待ち遠しくて溜まらなくて、話だけでも聞いてくれるかなって、勇気を出してお食事ご一緒したの。」
「そんな背景があるなんて知らなかったよ。」
「信広、一度も眼を反らさずに話を聞いてくれたでしょ。」
俺は大切な話をしている時に眼を反らす人間を信用しない。だから、俺は大切な話をしている人から眼を離さない。
そっか。だから俺、いろんな人から相談持ち掛けられて、厄介ごとに突っ込むハメになるんだ。今がまさにそれだ。イイこと教えてくれた、感謝。少し気を付けよう。
彼女に見とれてたのもある、なんて言えない。

彼女の話はまだ続く。
「それからお箸の持ち方が変だって言ってくれたじゃない。あっ、この人私をちゃんと見てくれてる。この人になら、私の全部を見せてもいいかななんて思っちゃった。」
おい、婚約者どこに行った?
たった一週間で、箸の持ち方が直っていた彼女を愛らしいと思ったことは確かだ。
「それにね。私、伸子って古風な名前が好きじゃなかったの。でもね、信広と出会って初めて伸子って名前が好きになった。だって、信広と読み方一緒でしょ。メチャ嬉しかったんだよ。だから、信広も伸子って呼んでね。」
それって、俺の名前も古風って言ってないか。

「信広、好き好き大好きだよ。」

「·····」
「やっぱ、言ってくれないんだ。好きって。」
「·····」
「じゃあ、言い方変えるね。私と一緒にいる時楽しい?」
「うん、楽しい。」
俺は正直に答えた。
「じゃあ、私のこと大切に思ってくれてる?」
「大切かあ、それはちと違う気がする。」
「正直だね、信広は。今日は好きって言ってもらうの諦めるよ。でも、私は毎日信広のことを好きって言う。」
彼女に婚約者が居なかったら彼女の気持ちを受け入れて、俺も素直に好きと言っていただろうか?いや、そもそも彼女に婚約者が居たから、食事に誘われメールするようになったんだ。
運命は皮肉ってヤツか。
「ありがとう、今はそれしか言えない。」
「今は、って言ったよね?私頑張るね。」
頑張るって、何をだ?
「実はね、明日また伸子の会社に行くんだよ。」
「あっ、初めて伸子って言ってくれたね。信広、大好き。」
「アハハハ、ありがとう。ようやく広告が出来上がって、専務に見せに行くんだ。本当はね、これは営業担当の仕事じゃなくて原稿担当の仕事なんだけど、俺がどうしても自分で持って行きたいって言ったんだ。」
「私にそんなに会いたいんだ。ウフフ。」
「違う。あの堅物専務に初対面の原稿担当なんて独りで会わせられるわけないんだよ。」
「違うって言った(怒)。でも、明日もお昼一緒だね。」
「それじゃ、明日のお昼は両手に花だ。」
「待って、その原稿担当の人って女性なの?」
「うちの課に原稿担当は二人いて、どちらも女性だね。」
「ふ~ん。その二人可愛い?」
「可愛いと思うけど、恋愛対象じゃないな。社内恋愛はしない主義だし、明日一緒に来社する娘は長く付き合っている彼氏いるはずだよ。」
実は、明日一緒に来社するDとヤバい関係になりかけたことは黙っていよう。流石に明日三人で食事はまずいかな。いや、Dと二人で食事するつもりも無い。Dと別れてから伸子と食事も不自然な行動だ。
「ごめん、明日は俺一人で昼食べるよ。」
「なんで、一人?その娘と一緒に食べないの?はは~ん、その娘と信広なんかあったでしょ?話して。」
女の感は鋭い。
「話すの?てか、大したことじゃないよ。」
「信広の過去全て知りたい。そして、信広のこともっともっと好きになって全てを受け入れて、その上で私のことも好きになってもらいたいの。私は信広に嘘もつかないし、隠し事もしない。そして、どうやったらこの偏屈な男が出来上がったのかを知りたいの。」
なんか最後余計な事言わなかったか?
「偏屈か。それは俺にとっては誉め言葉だぞ(笑)。」
「なんか、話を反らそうとしてない?」
彼女は自分の言った事を取り消さない。俺と似ている部分である。
誕生日が同じだから、血液型が同じだから、イニシャルが同じだからか?だから、婚約者との結婚も取り消す事が出来ずにいるのかもしれない。

『わかった、話すよ。うちの会社、毎月月末に打ち上げで飲み会するんだけど、二次会でカラオケに行ったんだ。そして、周りが盛り上がってるうちに終電無くなって、Dも終電ないって言ってきてさ。結局、カラオケに朝まで居たんだけど、ソファーで座ってくつろいでたらDが隣に座って普通に日常会話とかしてたら、彼女いつの間にか俺の肩を枕にして寝てた。俺も眠くて眠くて仕方がなかったんだけど、周りにまだ盛り上がってる連中やら、少し離れたとこで同じように寝てる人たちやらいるからね。でも、男女でソファーに二人は俺たちだけだった。
で、離れようとしたら南雲くんって、寝たまま俺の手を握ってきた。起きてるのかって少し揺すってみたけど反応無かった。この状態で、離れる訳にもいかず、まして俺が寝てしまう訳にもいかない。近くの女性グループに助けてって目配せしたんだけど、首を横に振るばかり。結局その状態で寝ることも出来ずに朝を迎えた。ほどなく解散って号令で、彼女は起きた。
「ありがとう、ごめんっ。」て言われた。
そして、帰宅の電車のホームが同じなのは俺たち二人だけだった。ホームは同じだけど進行方向は逆。彼女の乗る電車のアナウンスが鳴って、手を振って挨拶をした。そしたら彼女は走って来て、俺の頬にキスして「好き。」って、また同じように走って電車に乗って電車の窓から手を振って帰った。
そして俺は会社の飲み会の二次会に二度と参加しなくなった。お互いにパートナーがいた二年前の話。彼女とも距離を置いて仕事で必要な話以外はしないようになった。って感じだよ。』
「二年も前のこと引きずってるの?信広ってその性格で一杯損してるんだね。私が信広を一杯幸せにしてあげるよ。」
それは無理だろ?君には婚約者がいるんだから。
「引きずって無いよ。俺は彼女と別れてるけど、Dには8年も付き合ってる彼氏いるはずだから。そろそろ、風呂入って寝ないと。」
「うん、一杯直接話せて嬉しい。」
「じゃあ、おやすみ。」
「お願い。おやすみ、伸子って言って。」
「ハハハ。おやすみ、伸子。」
「おやすみ、信広。」

そして、俺は一日の疲れを癒すために風呂に入った。
はあ、濃厚な一日だったな。これからどうなるんだろう?どうすればいいんだろう?

風呂から出てきて、スマホにメールが届いていることに気づいた。
一人はAから
「今日も一日お疲れ様。あまり無理をしないようにね。おやすみ。」
「おやすみ、A。返事もしてないのに毎日ありがとうね。」
そして、もう一人は伸子。
好きとハートの絵文字でハートの形を作っている。そしてその下に
「ずっとずっと信広の側にいたい。叶わぬことだと知っていても想うだけなら私の勝手だよね。おやすみ(ハート)。」
俺はわざと
「おやすみ。」だけの短い返事を返した。

破 愛しい人

5月29日火曜日(式まで145日)。
俺はいつもより30分ばかり早く家を出た。Dとは11時に伸子のいる商社の前で待ち合わせである。
その前に別の中堅スーパーでのプレゼンの予定が入っている。本来、原稿担当と同行する場合一緒に社を出るのが通例だ。先の一件からDと同行する場合は一緒に社を出なくてもいい方法を取っている。同行の際、二人きりになる時間を少しでも減らすためだ。Dとでなくても、この女性と二人きりになるシステムが俺は嫌いだ。

社に着くと、うちの課は誰もまだ出社していなかった。
「無い。無い。無い。」
昨日帰社する前に準備した朝一番にプレゼンを行う中堅スーパーへの企画書、資料がデスクの上から無くなっている。
実は昨日出社した時はデスクの上のペン入れから、ボールペンが無くなっていたのだが。

そこへ隣のデスクのM先輩が出社して来た。二つ上の先輩だ。
「Mさん、俺のデスクの上の書類知りませんか?昨日Mさん、俺より遅く帰りましたよね。知らなくても、誰か俺のデスクに近づいたりとかしてませんでしたか?」
「昨日、お前のボールペンが無くなっているって言ったとき、忠告したじゃないか?」
M先輩の話を要約すると、
お前の社歴(5年目)以内で、この4月~6月(第一クオーター)で、全国1000人以上いる営業マンで全国1位になった人は必ず潰されている。周りから包囲網されて引きずり下ろされる。ボールペンくらい無くなっても不思議じゃない。このフロアだけでも、100人以上が凌ぎを削ってるんだ。俺だって、お前の敵の一人かも知れないんだぞ。そして、お前の社歴以内で通期(4月~3月)で、全国1位になった人は誰もいない。

俺は自分のデスクの引き出しを引いて、昨日準備した書類がないか探してみたが、見つからなかった。
しまった。二部ずつ用意して一部は鍵のかかる引き出しにしまっておくべきだったか。
後、15分以内に社を出なくては約束の時間に間に合わない。

庶務のMちゃんが出社して来るのはいつも始業10分前だ。昨日、彼女に企画書をワープロ打ちしてもらっていて、データは彼女のパソコンの中だ。いつもより数分早くMちゃんが出社して来た。
「Mちゃん、始業前に悪い。昨日、打って貰った企画書直ぐに出力出来ないかな?」
「まさか無くしたの?南雲くんがそんなヘマするの珍しいね。デスクトップにアイコン張り付けてあるから直ぐに出すね。」
プリンターの電源を入れたがいつもより立ち上がりが遅く感じる。
「Mちゃん、ありがとう。帰ったら缶ジュースくらいなら奢るから。」
これで約束の時間に間に合う。資料のデータは頭の中に入っているので、資料は後日届けることにして口頭で話せば良い。資料をまとめてコピーしていては間に合わないからだ。
Mちゃんとは同い年である。但し、彼女は高卒なので4年先輩にあたる。彼女の彼氏はこの課のリーダーだった人である。社内恋愛禁止のこの社にあって、上司にバレれば男性の方が転勤させられる。俺はその後にここに転勤してきたので直接は知らない。M先輩の話によるとかなりの遊び人で、それをMちゃんは知っているのか知らないのかわからないという。とっても性格のイイ娘で笑顔の似合う小さなかわいい娘。

続々出社してくる課のメンバーに朝の挨拶をした。勿論、原稿担当の二人にもだ。Dちゃんには
「後でよろしくね。」とだけは加えた。

そして小走りで、エレベーターへと向かう。
少し後に視線を感じたのは気のせいだろうか?

最初に訪問した中堅スーパーへのプレゼンは無事に終了した。このまま伸子のいる商社の前に行けば、約束の10分前くらいには着くだろう。原稿はDが持っている。
そういえば、Dと仕事を一緒に仕事するのって久しぶりだな。そんことを考えながら歩いていると、いつの間にか隣にDが寄り添って歩いていた。
「いつも逃げられちゃうから、地下鉄の出口で待ってたんだよ。なんか深刻そうな顔してたから、挨拶も出来なかった。そんなに堅物なの?これから行く商社の専務って。南雲くんより堅物?(笑)」
深刻な顔をしていたのは専務のせいではない。Dのことを考えていたからである。
「ハイ、ハイ。偏屈と堅物の塊がスーツ着て、重い鞄ぶら下げて歩いてますよ。」
彼女は俺の前に出てくるっと横にクルッと一回転してから、真正面に向き直り
「ねえ、大切な話があるの?今日のお昼時間を下さい。」
彼女はペコリと頭を下げながら言った。
俺の知っているDはいつも伏せ目がちで、何か言いたいことが有っても我満してるような雰囲気を持っていた。今は何かを吹っ切ったようにキラキラしている。

何?この娘。メチャメチャ可愛いんですけど。
伸子、ごめんって。伸子は彼女でもなんでもないか?
いや、Dは俺と同い年、高校の頃から付き合ってる彼氏がいるはずだ。この娘も好きになってはいけない。

伸子の商社は直ぐ目の前だ。
「わかったよ、もう直ぐそこだから気を引き締めないとだよ。」
俺は少し距離を置くように指示して、Dと二人で受付へと向かった。

いつものように事務的に受付を済ませたふりをして、商社のエレベーターへと向かった。
「ねえ、なんかあの受付の人、私をメチャメチャ睨んでた気がするんだけど気のせいかな?」
「Dちゃんが可愛いから、嫉妬したんじゃないの?」
「誰に嫉妬よ。てか、南雲くんもそんな軽口叩くんだね。」
そうか、Dは俺が大学時代から付き合ってた彼女と2年位前に別れていることを知らない。
そして、特定の彼女がいない時は結構軽口を叩く事も。
二人が睨み合っているのは気づいていた。素知らぬ顔をしていたが、横で見ていて気づいたことがある。二人は顔立ちが似ていた。Dは伸子を丸顔にして、さらにボーイッシュな短い黒髪にした感じだ。それはもう、姉妹といっても通じるくらいには似ている。
俺の好み一貫してるからなって、どちらも好きになってはいけない相手だ。

専務室の扉の前で軽い深呼吸してからノックをし、いつものように軽い会釈をして専務室に入った。
専務はデスクの書類を片付けながらこちらを見た。
「ん?そこの美人さんは、受付の野口君のお姉さんかね?(笑)」
流石の専務も美人相手だと軽口叩くらしい。
Dは名刺を差し出し
「原稿担当のDと申します。本日はお手柔らかにお願いします。」と深々と頭を下げた。その言葉は少し力強く感じた。
やはり専務の眼にも伸子の姉と見えるくらいに似てるんだ。
専務の案内で専務室の隣にある応接室に足を運んで、高級ソファーに少しDとの間を取って座った。
「本来、完成原稿の持参は担当同士、御社の場合は係長、弊社の場合は原稿担当との打ち合わせになりますが、直接専務がご覧になりたいとのことで私、南雲も同行させていただきました。早速ではございますが、ご確認をよろしくお願いします。」
Dは素早く原稿を差し出した。
「流石、南雲君だね。よくここまでうちを調べて、当社の望む物を作ってくれたものだ。ん?」
あっ、ヤっちまった。よくある誤植ではあるが、漢字の偏が間違っていたのだ。
「南雲君、気づいていたかね?」
俺は返答に困っていた。気づいていて、そのまま持ってきたとも言えないし、気づいていなかったとも言えない。俺は後者だ。
本来の担当同士なら、笑って済む話だろう。しかし、この堅物専務が相手だ。
「申し訳ございません。南雲も私も気づいておりました。原稿をお見せする前に一言添えるべきでした。しかしながら、少しでも良い物を作る為に私共制作スタッフ一眼となってギリギリまで制作しておりました。不徳の致すところながら、気づいた時には修正していては本日のお約束のお時間に間に合わないことと、専務の貴重なお時間を優先し、本日このままの形で持参したことをお許し下さい。」
あれ、Dって俺より営業能力高いんじゃね?
「ふむ。優秀なタレントが揃っているんだね。この誤植以外は満足というより期待以上の物を作ってくれた。南雲君にも制作スタッフにも感謝させてもらおう。」
「ありがとうございます。そのお言葉が私、南雲も制作スタッフにも励みになります。」

俺たち二人は専務室を後にした。
帰りの短いエレベーターの中で
「Dちゃんスゲエな。俺より先にあの堅物専務丸め込めちゃって。」
「私、南雲くんと同い年だけど、専門卒だから社では2年先輩だよ。それに南雲くんがこの商社の為にずっと頑張っているのを見てたからね。」
「はい、先輩。感謝です(笑)。」
狭いエレベーターの中で二人の笑い声が兒玉した。

そして、もう一つの難関である。
行きと同じく事務的なふりをしてやり過ごそうとしたが、今度は伸子が俺を睨みつけている。
ヤバい、今夜は修羅場の予感がする。

なんとか受付を済まし、商社を出た。
「ねえ、受付の人南雲くんのことメチャクチャ睨んでなかった?」
「きっと目が悪いんだよ。だから、行きの時もDちゃんのこと睨んでたんじゃないかな。」
俺は珍しく嘘をついた。伸子が目が悪いのは嘘ではない。受付の仕事をしている時はコンタクトをしているって言ってたし。

「さっきの約束覚えてるよね?」
「食事しながら話せる話か?」
「私、泣くことになるかもしれないから、人のいるところでは話せない。」
「そうか。コンビニでパンと飲み物でも買って、近くの公園でも行くか?」
俺が伸子に食事に誘われる前に、何度かコンビニでパンと飲み物を買って軽い食事を済ませた公園が近くにある。都会の小さな公園だ。平日の昼間はほとんど人がいない。

案の定、誰一人として居なかった。
「あのね、二年前のこと覚えてるよね?私が南雲くんの頬にキスして、好きって言ったこと。打ち上げの次の朝だから、土曜日だよね。その日の夜に彼と別れたの。南雲くんと連絡取ろうと思って、社内住所録調べたら南雲くん、メールアドレスも電話番号も非公開だった。」
「別れたのか。二年前なら彼と6年じゃないのか?社内住所録は名前だけ記入して総務に提出したら、再提出させられたよ(笑)」
俺はその二週間後にここで話す気にもならないほど悲惨なフラレ方を4年付き合ってた彼女からしている。
「うん、そうだよ。南雲くんには4年付き合ってる彼女がいて、南雲くんから彼女と別れる訳はないし、まして彼女からフラレる何て有るわけ無いのはわかっていた。」
Dは当時の俺の彼女と一度会っている。T先輩の結婚式の二次会に一緒に出席した時に親しく話していた。その内容までは詳しくは知らない。
彼女からフラレていることは社の誰にも言っていない。聞かれて無いから、誰にも言っていないだけだ。自分から話すタイプでもない。
「月曜日に出社して、南雲くんに話しかけようとしても逃げられて。そしてそれから逃げられっぱなしで(苦笑)。」
ごめん、まさか6年も付き合ってる彼氏と別れてるなんて思いも知らなかった。
そして、お互いにパートナーと別れていることを知らずに今日が有るわけだ。
「二年間ずっと南雲くんだけを見てきた。こんな偏屈で堅物の人、どうして好きになっちゃのかって思いながら。南雲くんが私は大好きです。」
えっ、ヤバイ。俺、この娘のことメチャメチャ好きだ。何で、今頃気付くんだ。この娘から逃げていたのは、好きだったからか?俺が逃げていたのはこの娘だけじゃない。この娘と仲の良いと思われる人物達からも逃げていた。自分の気持ちからさえも逃げていたってことか?
そして、今の俺の状況で彼女の気持ちに応えられることが出来るわけがない。
「ねえ、お願い。元の関係に戻って欲しいの。会社の同僚として普通の関係でいいの。彼女にして欲しい何て言えないから。」
「うん、わかった。それぐらいなら出来るよ。」
「もうひとつお願いしていい?連絡先教えて欲しいの。」
ちょっと待って。好きだってことに気づいた俺がこの娘に連絡先を教えたら、俺はこの娘を第一に考え、伸子を見捨てることになる。あんなに真っ直ぐにぶつかって来る伸子を俺は見捨てることが出来るのか?出来ない。出来るわけがない。
「それは···、少し考えさせてくれ。」
「だよね、大切な彼女いるもんね。」
彼女なんかいない。少し?五ヶ月後か?そんなことは言えない。
社会人になるときに母親から言われた言葉がある。

「お前は人のため、他人のために自分を犠牲にしてしまうところがあるから気をつけなさい。」

お前がそれを言うな。俺がどれだけ母親のため、父親のためそして兄弟のために我慢をして自分を犠牲にして生きて来たと思っているんだ。と思ったものだが···。
今、俺は迂闊うかつにも涙を流してしまった。

「ごめん、Dちゃん。」
何の涙か?
今、目の前で好きだって言ってくれた女性の気持ちに応えられないってことか。
本当は結婚したくないっていう伸子の期待に応えられないってことか。
前の彼女からの悲惨なフラレ方をしたことを思い出したからか。
俺が生きていくために家族を見捨てたってことか。
俺が母親以外の女性の前で涙を見せるなんて初めてのことだ。

「南雲くんが泣くなんて思っても由らなかったよ。何かいけないこと思い出させちゃったかな。でも、次泣くのは私の番···。」
「へっ。」
俺はすっとんきょうな声を上げてしまった。
「うちの会社創業以来始めてってくらい業績落ちてて、この七月に大きな内部改革があるのは知ってるでしょ。原稿担当っていう職種も無くなる。で、マネージャーに営業か制作か庶務か制作補佐かへの転向を進められたんだけど、私は原稿担当って仕事が好きでこの会社に居られたの。私は退職する道を選んだ。だから、南雲くんから連絡先を教えて貰えないと、後一ヶ月もしたら私から南雲くんと連絡する手段が無くなるの。やっぱり泣いちゃったね、ごめんね。」
俺にとっては両想いでお互いにパートナーがいないことに気づいたのに、結ばれることのない二人。
この娘は俺でなくても今後いい人に会えるよな。そして幸せになる、きっと。
今、俺を必要にしてくれているのは伸子だ。正義のヒーローなんてものに憧れていたのは幼稚園の頃の話だが。俺がこの娘にしてやれるのは、今一緒に泣いて明日からは残りの一ヶ月間、元のように普通の会社の同僚に戻ることだけだ。
「一杯泣いちゃったね。午後からも仕事あるし、顔洗ってから会社に帰らないとだよね。南雲くんが一緒に泣いてくれて嬉しかったよ。今日のことは一生の思い出だよ、ありがとう。」
俺は決断した。伸子を絶対に救ってみせる。そして、通期で全国一位になって会社を去る事を!
彼女は一ヶ月後に退職した。俺の連絡先を知らぬまま···。

「ごめん、ちょっとメールしていいかな?」
「彼女?なら、仕方ないよね。あれ、彼女って仕事中にメールしてくる人だったけ?」
「···。」
Dは元彼女を直接知っている。そして、かつては俺と何度も一緒に同行している。そんな時に元彼女からメールが来ることは無かった。俺は黙っているしか無かった。
「まさか、南雲くんが浮気?」
「浮気なんてしてないよ。するわけ無いじゃん。」
浮気も何も彼女はいないとは言わなかった。

「ねえ、今何してるの?」
もちろん、伸子だ。フィリピーナみていな女だな。そんな事を思ったが伸子からメールが来ているのも、電話が来ているのもわかっていたが無視していた。いつもなら、一緒に食事しているかメールしているか電話で話している時間だ。
「これから、帰社するとこだよ。」
「まさか、Dさんと一緒ってことはないよね?」
伸子には嘘をつかない。
「ごめん、一緒にいる。夜にちゃんと話すから、伸子にとってはたぶん悪いことじゃないから。夜まで待っててくれ。」
「はい、わかった。信広を信じてる。大好きだよ、信広ハート。」
「ありがとう、夜にね。」

Dと俺は何も無かったように帰社した。
もう一人の原稿担当のFちゃんとDが目配せしているのには気づいたが。
Fちゃんとは何度も同行しているが、彼女と話を交わす事は殆んど無い。それは嫌われいるのかって思える程に。

同じ階のフロアにある少し離れた課が何だか騒がしい。まるでお祝い騒ぎである。そこから、まるで俺に聞かせるように大きな声が飛んできた。
「T社様。Kさん新規受注おめでとう。」
俺はDから肩を叩かれた。
「T社って、南雲くんの今週の受注予定に上がってた会社だよね。」
「ああ、Kに抜かれた···。」
Dも俺を慰める言葉が見つからないらしく、そのまま押し黙ってしまった。
今、うちの課に在席しているのは原稿担当の二人と庶務の女性陣だけである。マネージャーを筆頭に皆営業に出ているって訳だ。

俺は書類を整理したりしながら、Kのいる課が落ち着くのを待って内線で連絡した。
「K、おめでとう。皮肉だがな(笑)。」
「アハハハ。待ってたよ、南雲。」
Kは同学年の同期入社。そして今Kのいる新規5課にはかつて俺も所属していた。新規5課はその名の通り新規顧客を獲得するために2年前に作られた先鋭営業マン達が所属している課である。
「っていうか、よく印鑑貰えたな。社長には釘を差しておいたんだが。」
「アハハハ。Hマネージャーに南雲が印鑑貰えるだけになってる会社が有るのを発見したんですけど、5課にいるときにマネージャー同行してるんじゃないですか?って言ったら、T社なら私が直接社長に連絡するってアポ取って10分で印鑑貰って帰ってきた。こんなに簡単に印鑑貰えたのは始めてだよ。脇が甘いよ、南雲。」
「あの社長だってアホじゃない。5課の名刺を出したなら印鑑を押すはずがないぞ。ってことは、Hマネージャーはまさか古い名刺を出したのか?」
「うっかり俺が5課の名刺を出しちまって、社長が南雲さんと違う課の方では印鑑押せないって言い出したから、Hマネージャーが古い名刺を出して南雲と同じ課の上司で兼務しているので責任を持って持ち帰りますって印鑑貰ったよ。アハハハ。」
もうT社はKの客だ。俺がT社の社長に連絡して本当の事を聞き出すのは社内ルール違反だ。
これが包囲網?マネージャーもグルになって俺を引き釣り下ろすのか?

俺の勤務する広告代理店はカリスマ経営者により創業23年余りで業界トップクラスに登り積めた。
その23年間で通期で全国1位を入社7年目で成し遂げたのは過去に3人。そのうちの1人がHマネージャーである。
大卒7年目の29歳で全国1位となりマネージャーになることで年収1000万を超えるのがこの社の最高のステータスとも言える。
それがいつの間にかその7年目未満で全国1位なることを許されず潰されて行くのが当たり前の様になっていた。

入社5年目の俺はそれでも全国1位となり、マネージャーに成らずに退職する。過去に誰もやったことがない事に挑戦しているのである。

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