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あかえんぴつトゥーマス

あかえんぴつのトゥーマスは足を高く上げ、そして腕も大きく振りながら颯爽と街を歩いていた。

あの『赤えんぴつ』を立てて、細い手足を生やし、芯と本体との間の木の部分に丸い目と鼻口がある。てっぺんの赤い芯の部分は、可愛らしい赤の帽子に見えなくもない。

反対側は白い消しゴムが付いていて、これが『オムツ』に見えてしまうのがトゥーマスの悩みの種であった。

「これ、オムツと違いますんで」

バスの中でも電車を待っている時でも、コンビニで巨乳の店員さんに代金を支払う時でも、オムツではないことを否定してまわるのが大変であった。

「元気に散歩しちょるの」

向こうから『たった今、親族を殺されたのか?』と思えるくらい眉間にシワを寄せて、怒り狂った顔をした定規のガウドンが歩いてきて声を掛けた。

「おはようガウドン。今朝も超怒り狂っているね。そんなに世の中が楽しくないのかい?」

眉間、といっても想像しにくいであろう。ガウドンの目は定規の両面にある。サンマを立たせたようなイメージに近い。

そして細いボディに眉間のシワも細い鼻口も収まっている。口などは唇を剥いて、常に歯ぎしりをしている。という狂いっぷりだ。

視野は広いが、話をするときに馬が顔を横に向けて、片方の目でこちらと向き合うような動作をするのがトゥーマスには少々間抜けに映った。

そういう日々のストレスが、ガウドンの常に怒り狂っている原因なのかもしれない。

「ご挨拶だな、トゥーマス。朝から殺されたいか?」

「冗談はやめてくれよ、ガウドン。今朝はこんなに早くどうしたんだい? どこかへおでかけかい?」

「いや、学校を出てから無職だからな、頑張って仕事を探しに出かけたのさ」

「頑張るって何? 頑張らないことも大事だよ、ガウドン」

「てめぇ何言い出すんだ、トゥーマス」

「地球上の全員が頑張る、ってことがおかしいと思うんだよ。まるで頑張らないのが『悪』みたいに聞こえるじゃないか。頑張らなくて生きる。これも立派なことだと思うよ。働かない、いいじゃないか。いつか本当に働きたくなったときに、その時に本腰を入れて働けばいいのさ」

「でもなぁ、トゥーマス。家にいると居心地が悪いんだぜ」

「堂々としていればいいのさ。親が元気なうちは少々甘えてもいいと思う。その分、自分が親になったとき、子供を優しく見守ればいいだけの話さ」

ガウドンの狂った口元が緩んだ。癒やされているようである。

「あぁ、なんか胸のつっかえが取れたような気がするぜ」

「あと『手を抜く』のも大切なことだよ。どうぜどこの会社も労働組合なんて会社とズブズブなのさ。自分は自分で守らないと簡単に発狂しちゃうよ。日本の企業にハムスターを就職させてみな。一日でストレス死にするよ」

「なんかおめぇの言うこと、間違っているような気もするけど心に沁みるぜ」

「固定観念が君の魂を蝕んでいるだけのことさ、爽やかな朝、僕に続いて号令をかけようよ」

トゥーマスは拳を天に向けて突き上げた。

「働かないのは悪くなーい」

「悪くなーい」

「家にいるのはピュアな証拠ーっ」

「証拠ーっ」

「親のスネは囓るためにあ…」

「やかましい!」

目の前の妄想スクリーンが一瞬で消え失せた。振り向くとそこには白髪の交じった母親が、ガウドンばりの眉間にシワ寄せ具合で仁王立ちで立っていた。

「おまえ何してるねん」

「か、母さんが外に出ればお金を使う、と言っていたから家で遊んでます」

「おまえ、今年何歳になったんじゃコラ」

「46歳です」

「今日の予定を言うてみぃコラ」

「は、はい。ハローワークスへ必ず行きます」

五郎がそこまで言うと、納得して母親は一階におりていった。

「そろそろ本気で働き口を見つけねば限界だな、こりゃ」

五郎はあかえんぴつと定規を、ふでばこの中へ綺麗に片付けた。

〜終劇〜

※挿絵 金平守人


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