友情と収集品と
東京で漫画家として活躍している小学生からの幼馴染、金平。
今年の盆休みも姫路に帰ってきた。毎年一週間はゆっくり田舎で骨休めをするのがならわしであった。
そして休みの日の何日かは、地元で働き続ける呉エイジと旧交を温めるのが常であった。
「待たせたか? 元気してたか!」
「オマエも元気そうやな、まぁ家に来いや」
「呉、ちょっと太った? ええモン食ってるんやな。景気のエエ話や」
姫路駅のロータリーで車に乗り込む。昨年より太った呉エイジは、額に汗を浮かべながら再会を喜んでいる様子であった。
車内はちょっと酸っぱい汗の臭いが充満している。
子供の頃なら茶化しながらイジったりもしただろうが、もう二人とも良い大人だ、金平はその事に触れずにおいた。
「なぁ、呉、嫁さん出て行ったままか? 離婚はホンマなんか?」
「まぁな、人生色々あるよ。結局オタク気質が抜けんかった。そんな所に愛想を尽かされたんやろうな、さぁ着いたぞ、マイホームや」
車を降りて二人は家の中に入った。生活感が無くひっそりとしている。
「可哀想にのぅ、呉」
「な、急に何や!」
金平は後ろから呉を抱きしめた。
「寂しいやろうのぅ、今日は楽しくやろうぜ」
昔は互いにこそばせたり、相撲の真似事をしたりと、よくしたものだった。離婚して一人になった呉を励まそうと、童心に一瞬戻った気持ちが、自然とそうさせたようだった。
「今日は改造した地下室を是非見て帰ってくれ」
「そうよ、オマエ、よくそれだけ金注ぎ込んで地下室なんか作ったよな、生活は大丈夫なんか?」
「もう生き甲斐は趣味だけよ」
二人はリビングの端に新たに作られた地下へと降りる階段へと歩み寄った。
人一人がやっと通れる階段を降り切ると、鉄製のドアが一枚。
「先に入れよ」
「いいのか? じゃあ拝見するぞ」
扉を開けると、地下室特有の、地上とは違う冷たい湿った空気が部屋を充していた。
「ほぉ、なかなかなモンだな」
6畳ほどのスペースには壁一面にラックが備え付けられ、隙間なくアイドルCDが収められていた。
「おニャン子クラブの全アルバムコンプリートか、松田聖子の当時物も全部揃ってるな、壮観だな」
金平はラックに見入っている。呉はドアから入ってこない。
「金平ぁ、このドアな、外からはノブ回して入るだけだけど、出る時は暗証番号で出るタイプなんよ」
「なんだよ、それ」
「泥棒対策でな、地下室の階段見つけて入った泥棒が、このレアCD見て、転売しようと思ってカバンに詰めて、いざ出ようと思ったら出られない、悪い奴に制裁を加えようと思ってな」
「出口はそこだけか?」
「換気もないからな。窒息するよ」
そんな構造を何気なく聞きながら、金平はお宝CDの確認を続けている。
「金平ぁ、まだ持ってるか? 十年前位に書いたよな、どっちか先に死んだら、持ってるコレクション、全部譲渡します、って」
金平は懐かしさについ笑ってしまった。
「あぁ、あれか、冗談で互いに交わしたやつ。家にあるよ。互いのオタクぶりに笑ったよな。それでもあれから何十年も経って、こりゃ笑い事じゃなくなったよな。結構な資産だぞ、これ」
「オマエのPCエンジン、ヒューカードとCDロムのコンプリート、あれもとてつもないぞ、今では」
「シューティングなんて一枚で数万するからな。株の投資より良かったと思ってるよ」
「それが欲しくてなぁ」
「え?」
金平はラックに魅入るのを辞め、出入り口の方を振り向いた。逆光で表情がよく見えないが、呉はどうやら悲しそうな顔をしているようだ。
「オマエは俺の留守を狙って、この地下室に忍び込むねん。後で上で石投げて、リビングの窓、割るつもりやから。そうして俺のコレクションを盗むつもりで入り、出口で暗証番号を入れるとは知らず、ここで窒息死か餓死するねん」
「く、呉、何を言うてるんや」
「この後、ワシは北海道へ旅行するねん。数日後、隣の仲良し家族に電話入れて、お土産のリクエストを聞くついでに『まさか泥棒とか入ってませんよね?』って振る。笑いながら隣の人は散歩中に我が家を見る。リビングの窓ガラスが割れている。慌てて警察に通報する。死んだオマエを発見する。それを北海道でワシが聞く」
金平は聞きながら、悪い冗談なのか、本気なのか見極めようとしたが、逆光で顔がよく見えない。
「警察には『私のコレクションが欲しかったんですかね、彼には旅行のことを告げていましたから、あっ、そうだ』そういって、互いのコレクションを譲渡する書類を警察に見せる。皮肉ですね、私が貰う方になってしまった。って」
「呉……」
「もうコンプリート無理やねん。PCエンジンの全ソフト。俺は結局大人になれなかった。完全犯罪で悪いな。二酸化炭素は眠るように死ねるらしいぞ。体験したことないけどな、ほな」
呉エイジは本当にドアを閉めた。
結論から言えば、その後、金平は地下室で絶命した。
「呉、俺は本当に懐かしくてオマエを抱きしめたんだぞ。でもその友情がお前を告発する事になるだろうよ。オマエ、ワキガになってるな。相当くさいぞ、かなり臭う。俺のシャツにオマエの汗がべっとりだ。今から俺はシャツを脱いで、綺麗に畳んでおく。命をかけたダイイングメッセージだ。警察も不審に思ってDNA鑑定してくれることだろう。北海道にいるはずのオマエの汗が、なんでオレのシャツに付いてるのかな。俺の真の友情で、オマエの歪んだ心、留置場で悔い改めてくれよな」
数日後、北海道にいた呉エイジのスマホに警察から着信が入った。
要件は殺人の容疑であった。