W-メン
「ここかなぁ」
メタボ気味の大学生が心細げに裏路地をウロウロと彷徨っている。かつては赤いチェック柄であったろう、今は変色してオレンジ色になってしまったヨレヨレのシャツは既に汗ばんでいた。ワキ汗の半径は軽く10センチを超えている。スパイシーな臭いが仄かに漂っていた。
グーグルマップでは確かにここ、木造の昭和感溢れる小汚い長屋を指していた。
「Wメン秘密基地…、ここか、って表札かまぼこ板にマジックでかい! しかも超クセ字で汚いし」
スマホを尻のポケットにしまうと、大学生は磨りガラスの入った戸を横に滑らせた。立て付けが悪く何度も引っかかる。
「ごめんください」
薄暗い和室には真ん中にちゃぶ台こそあれ、壁は一面にこの場には不釣り合いな最新コンピューター機器が設置されていた。
「来たかね、分かる。私も特殊能力者だからね、特殊能力者は特殊能力者を引き寄せ合う。これは宿命なのだ」
部屋の隅、スーツ姿で年配の頭がツルツルな初老の紳士が、大学生の前へにこやかに立ち軽く会釈した。全て分かっている風である。
「ツイッター見て来たんです。特殊能力者求む、時給応談、家族のような雰囲気の職場です、頑張れば賞与もあります。ってほんとですか? 社長」
「おい、ちょっと待て、自分今なんて言うた?」
温厚そうな初老は目の色を変えて大学生の方を睨んだ。
「し、社長という呼び方の方ですか? それともいきなり賞与の話題はタブーじゃ若造ってことですか?」
「ワシの呼び方やがな、誰が社長やねん。プロフェッサーと呼びなさい」
「わかりました、プロフェッサー」
「初手から厳しいですね、プロフェッサー」
部屋の隅の陰から30歳くらいのガリガリな男が出てきた。
「よろしく、俺も君と同じく特殊能力者だ。この能力のおかげで社会からはつまはじきの村八者さ、でもプロフェッサーのおかげで今はこんなに明るく元気で毎日が活気に満ちている。充実した毎日だよ、ってなんか青汁の宣伝みたいな感じだな」
何を言ってるのかよくわからない。
「大学生、事態がよく飲み込めていないようだな、君、特殊能力を彼に披露したまえ」
プロフェッサーはガリガリの男に指示を出した。
「わかりました、じゃあ君、ちょっと近くに来てみ、で、俺の耳の後ろの匂いを嗅いでみ?」
大学生は言われるがままガリガリ男の背後に立つ。
「あっ、シナモンの香りがする」
「そう、彼の特殊能力だ、今後『シナモン』と彼の事を呼びたまえ」
シナモンはドヤ顔で振り返る。
「あらあら、にぎやかなことね」
大学生が振り返ると、赤いパッツンパッツンの胸元が大きく開いたドレスを着た、フェロモンムンムンの熟女が微笑んでいた。二流のサスペンス劇場に出てきそうなタイプである。
「いいこと、私のこの指と指の間の付け根を見て」
大学生は顔を近づけて熟女の手を見る。すると赤い斑点が浮き出てきて、だんだんと大きくなる。どうやら液体が分泌されているようだ。
「えいっ」
熟女はその液体を、近づいて見ている大学生の顔めがけてふりかけた。
「い、痛っ、目が痛っ、それに刺激臭、これラー油っすか?」
「そう、彼女の特殊能力だ、今後は『ラー油』と呼びなさい」
プロフェッサーは熟女の腰に手を回す。ちょっといやらしい雰囲気だ。職場不倫になっているのかもしれない。バレていない、と思っているのは当人らだけで、意外と周りにはすぐにわかるものである。
「さぁ、次は君の番だ。この二人に君の特殊能力を披露したまえ、あっ、確認だけどいきなり死ぬ系の技じゃないよね?」
「大丈夫だと思います、では」
大学生は両手を広げ、手のひらを特殊能力者二人の頭めがげてかざした。
「はうっ」
「あはん」
頭を抑え、畳に膝をつく二人。
「き、君、二人に何をした!」
「ぷ、プロフェッサー、へ、偏頭痛がします」
シナモンが苦しそうに報告する。
「そうか、君の特殊能力は偏頭痛をお見舞いすることか、すばらしい、今日から君は『偏頭痛』だ」
「よろしく偏頭痛」
シナモンが握手を求めてきた。プロフェッサーとラー油は後ろでスタンディングオベーション。
「今日だけで三人も集まった。いいかい、君たちは特殊能力で社会から差別を受けてきた。普通の人とは違う。が、心の中はどうだ? 正義か? 悪か?」
「正義です!」
三人は揃って返事する。偏頭痛は二人を見る。かなり先輩だと思っていたのに、今日集まった人たちなのか。
「正義だな。よし、君たちの運命は決まった」
プロフェッサーが言い終わると屋根に取り付けられた赤いサイレンが音をたてて回りだした。
「悪の特殊能力者レーダーが反応した、出動だ! Wメン!」
三人の呼称はWメンになっているらしい。
プロフェッサーを先頭に三人が後へ続く。裏口に回るとスーパーカブと後ろに縄で連結されているアヒルの乗り物が三台。
「こ、これですか? ステルス戦闘機とかじゃなくて」
「ん? なら現場まで歩いて行くか? きょうび送迎付きなんてなかなかないでホンマ」
プロフェッサーはキックでカブのエンジンを回す、なかなかエンジンはかからない。
「俺が先頭、ラー油は真ん中、偏頭痛は最後尾な」
シナモンが場を仕切る。
「Wメン、ゴォーッ!」
プロフェッサーが法廷速度をかなり下回るスピードでカブを走らせた。速攻で後ろはパレード。道路の真ん中を走っているので後続車も追い越しができない。セルシオ、アルファード辺りから鳴り響くクラクション。
「あっ、ちょっと寄るで」
徐行しながらプロフェッサーは歩道に乗り上げる。
「リッター160円やから、一人40円出して」
「ええっ、ガソリン代割り勘なんですか?」
「安いがな、ここセルフで、こっちも街で一番安い所チョイスしてるがな、文句あるなら現場まで歩いて行くか?」
プロフェッサーは『歩いて行くか?』ばかりを脅し文句に使ってくる。暑いので歩きは避けたい。痛い所を突いてくる。
「そろそろ到着するで」
カブが止まる。追突気味にアヒルの乗り物がぶつかって三人のWメンは道路に放り出される。引き裂くような悲鳴、人々の逃げ惑う姿。
噴水のある公園で、黒いマントのヤクザ系の顔をした男が両手から炎を出して街の人たちを襲っている。
「めっちゃ強そうですやん。勝てますのん? 作戦ありますのん? プロフェッサー?」
偏頭痛は困惑を隠しきれない。
「私は司令塔だ、作戦は君たちが立てたまえ、最終、どうにもならんようになったら、私の必殺技一発で終わらせるさかい、とりあえずやってみて」
プロフェッサーは植え込みの後ろに隠れる。
「いいか、ラー油、偏頭痛、あのような悪を許すわけにはいかない。特殊能力を手にしたら、人間は悪の道へと走るのだろうか。否、違う。そんなことをするために神はこの力を授けたわけじゃないはずだ」
「シナモンさん、お話の途中ですんません、後ろでOLさん火炎放射されて逃げてますけど」
「いかん、悠長に語ってる場合と違うな、じゃあ作戦を言う、まず俺がアイツに近づき耳の後ろを嗅いでみ? って注意を誘う。その間にラー油は指で分泌始めててくれ、そしてシナモンの匂いにビックリしたところでラー油の目つぶし。両目を押さえて苦しんでいる所を、偏頭痛がやってくれ。あの噴水の後ろ水路になってるやろ? 15メートルの段差あるわ、あそこまで追い込んで落ちれば死ぬわ」
三人お揃いの、前にファスナーの付いた、出撃前に支給された黒い衣装を着て立ちはだかる。
『これ、皮かな? って渡されたときに一瞬思ったけど、ビニールやん』
偏頭痛がこのタイミングで素材に気付く。
「人々を襲うのはやめろ、情けなくないのか? 悪い事をすれば全部自分に帰ってくるもんだぞ? 因果応報だ」
シナモンは自分に酔い気味で演説する。
「うっさいハゲ」
黒ヤクザは両手から灼熱の炎の柱を吹き出した。火に包まれて速攻炭になる二人。
「シナモンさーん、ラー油さーん」
一瞬で勝負が付いてしまった。
「くっそう、二人のかたきだ。最高の偏頭痛で頭を割ってやる」
泣きながら偏頭痛が両手を黒ヤクザにかざす。
「い、いてぇっ」
効いているようだ。黒ヤクザは地面に膝をついた。偏頭痛は振り返る、プロフェッサー、足止めしている間に必殺技で決めてください。アイコンタクトを送るもプロフェッサーはビビって前に出てこない。
「オマエも死ねやーっ!」
片手でこめかみを押さえながら、もう片方の手を偏頭痛にかざす、強烈な火柱が偏頭痛を包み込んだ。
「うわぁーっ」
公園にパチパチと音を立てて燃える三体の遺体。
「お疲れさまです。いつ見てもほれぼれする火柱でございます」
「見え透いたお世辞はええがな、三人やから今日は一万五千な」
黒ヤクザがプロフェッサーに封筒を渡す。
「中身確認させてもらいます」
「ちゃんと入れてるがな、ほんでな、これくらいのレベルの奴らならな、十人くらい溜めてから来て。こっちも回数こなすの夏場はシンドイし」
「わ、分かりました。すんません」
「正義の能力者はな、時間たてば進化して成長するからな、そうなったら厄介やから、早めに頼むで、早めのパブロンやで、頭痛いわ、自分パブロン持ってる?」
「あ、あります。一袋どうぞ」
プロフェッサーはスーパーカブまで走って後ろの荷台から薬を取って戻ってくる。
「ありがとうな、じゃあまたツイッターで正義の能力者の募集、休まずに頼むで。ピッチあげよか、時給800円から1050円に表示変えてええで」
「分かりました。さっそくやっときます」
そういうと黒ヤクザはテレポートして消え去った。プロフェッサーはまだ、もみ手をしながら顔をこわばらせている。
「正義の特殊能力っていっても『自分自身の頭髪が全て抜け落ちる能力』じゃ絶対に勝てんしなぁ、長いもんには巻かれるしかしゃあないでホンマ」
『それ、ただのハゲやん!』
とプロフェッサーに突っ込める者は周りで燃える三体の遺体だけなのだが、今はいい感じの炭になってしまっている。
〜終劇〜
※挿絵 金平守人
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