ヒゲよさらば
ネットのお友達から高級脱毛器を譲っていただいて、一時期せっせと脱毛に勤しみ、今では毛深かった腕の毛が、綺麗さっぱりツルツルとなった。誰がジャニーズやねん。
そのことを同僚のまさよし君に話したら、たいそう羨ましがられ『それならば顔のヒゲにも使ったらええやないですか。私は毎朝の髭剃りが面倒で仕方ありませんわ』と言われた。
その意見に私は猛反発した。
「男ならヒゲは必要でしょう。会社員時代は無理でも、退職したら立派なヒゲを蓄えたいではないですか。板垣退助みたいにやってみたいではないですか。毛根を焼くと生えてこなくなるんですよ? それでもいいんですか?」
と力説した。まさよし君は『そんなもんですかねぇ』という顔をしていた。そしてヒゲ論争で私が譲らなかったので、その腹いせに女子事務員に笑いながら『エイジ君は脱毛器使って、下の毛もツルツルなんやで』と耳打ちすると、美魔女事務員連中は顔を真っ赤にして『ホント? あそこツルツルなの?』と聞いてきた。私はネタバラシで。
『下の毛? ツルツルやで。すね毛な』
とズボンを捲って見せた。私のお気に入りの美魔女事務員さんも、その時頬を赤らめていたのがちょっとエロくて嬉しかった。
なんにせよ、二度と生えてこない、修復が効かないというのは勇気の必要な決断であろう。立派な顎鬚は男の象徴とも言える。
パイプカットでもそうだ。会社の先輩で【別所の種馬】の異名を持つヤンチャな先輩は、親が資産家で土地持ちなので、悪さをして他で子供を作らないように、奥さんからパイプカットを勧められたそうだ。
二度と子供を作れない身体……。
『パイプカッター呉』なんだかコロコロコミックで新連載が始まりそうなネーミングだが、二度と出来なくなる、と思えば躊躇してしまう。
パイプカットすればアバンチュールも問題なしかぁ、となるとあの時や、あの時の酔った美魔女さんとの飲み会、もしもう一押しして仮に間違いがあったとしてもセーフだったわけかぁ、みたいなよからぬ妄想が渦を巻く。
話が大幅に逸れた。顎鬚の話である。まさよし君には偉そうに男の勲章なんぞと講釈して見せたが、毎朝の面倒な髭剃りから解放される。これはよくよく考えれば勲章であっても手放しても良い話ではないのか、と思い始めた。
なので、本日、美顔器をヒゲに当ててみました。しかし顎鬚だけである。口髭は残す、というチキン野郎振りである。
口髭はダンディな男にはやはり必要ではないか、と最後に思い止まってしまった。
老後は和服を着て、ヒゲを思いっきり伸ばし、登下校中の児童の交通安全を街角に立って見守る老人、子供達からは『ジェダイじじい』と呼ばれるように頑張るつもりであったが、日々の面倒臭さに負けた。
顎鬚のついでにもみあげも美顔器で除毛することになった。
というのも今日、散髪に行き、担当がいつものおじさんではなく上半分がツンツンで、下半分が刈り上げの、ボールペンのキャップのような若造が担当で、きな臭いにほいがプンプンとしていたのだが、もみあげはどうされます? の問いに『普通で』と言わず『猛暑だからさっぱりと』とリクエストしたら、もみあげを全てバリカンで持っていかれ、耳の横から斜めのカット、通称アイビーのもみあげになってしまったのだ。
よくよく考えれば、これだけ多様性が叫ばれる昨今、安易に普通で、とリクエストすることほど不用心なことはないのではないか。
そのパンクヘアーの兄ちゃんの【もみあげ普通】が山ぎりカットの可能性だってある。そうでないという保証はどこにもないのだ。『私の普通は昔からこれでんがな!』と叫ばれても仕方がない。普通の互いの擦り合わせがそこには無いからである。
五十四歳にしてもみあげアイビー……。それでもテレビで聞いた話、若い男性アイドルがもみあげテクノカット(切り込み真横に水平)を流行らせようとしているらしい。
ならばいっそ、テクノカットでも良かったかな、と思い直してみたり。
顎鬚ともみあげの脱毛に、今後勤しむ所存である。