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三人の青年〜ブンゲイジェネリック1〜

 或る北国の山奥にある村。その村に正彦、佐吉、権兵衛という三人の若者が住んでいた。正彦は真面目で大人しく正義感の強い男、佐吉はちょっと小狡くて仲間内でも詐欺スレスレのようなことをする男、権兵衛は体格が良く力持ち、大声が特徴で『古臭い名前勘弁してくれだわ。だからモテないんだわ』という話を酔ったら大声で何度も愚痴をこぼす愚鈍な男であった。
 そんな名は体を表すような三人は、小、中、高と同じクラスで、といってもどの学校でも1クラスしかなかったのだが、仲良く幼馴染から成人し、今では村のはずれにある唯一の工場に三人揃って就職した。
 マジで山奥なので、仕事をするとなると、親の手伝いで林業をやるか、農業をやるか、都会へ出稼ぎに出るか、その工場へ就職するか、の選択肢は四択くらいであった。
 企業戦士が都会の人間関係に疲れて田舎暮らしに憧れる、というような話をテレビで観たりもするが、その映るテレビもこの山村ではまだブラウン管で、地デジを変換する機械で無理矢理試聴を続けている家が大半である。
 村に来た都会のセールスマンは『地デジになるとテレビが使えなくなるので、このコンバターを取り付けに来ております。これを付けないと映りませんよ。市役所の方から来ました』と言葉巧みに農民に近づき、工賃込みで一件十五万というボッタクリ価格でそれはもう儲けまくった。仕入れ価格八千円くらいの機械がである。
『向こうの田吾作さんの家も取り付けましたよ』
 と近所が取り付けたことを付け加えれば、ほぼ全員が疑いもなく取り付けたので、入れ食いのサビキ釣りであった。
『市役所の方から来ました』
 というのも彼らが決して市役所の役人などではなく、市役所のある方角から車で来た、という叙述トリックのようなスレスレのコミュニケーションで、本人らは『それでも嘘は付いてない』と、ギリギリの線で良心の呵責に耐えているだけのことであった。
 そんな素朴な人達が住む村は、秋になると山が一面に紅葉となるくらいで、他に取り柄もなく、果たして都会の人間が移住してきて、退屈に耐え切れるものだろうか、と三人の若者は工場の社内食堂に備え付けてある、これも社長が騙されてチューナーを付けたブラウン管のテレビから流れるニュースを観ながら感じていたのであった。
 正彦、佐吉、権兵衛の三人は、ある秋の日曜の朝、いつものように村の中央にある火の見櫓の前に集まって、他愛もないことを喋りながら、コンビニまでタバコを買いに行くのが常であった。
 なんせ娯楽がない。村にはコンビニもガソリンスタンドもない。かなり離れた街まで行かなければタバコ一箱すら手に入らない。一度出かけた時に3カートンでもまとめ買いしておけば、このように毎週集まって買い出しに行くこともないのだが、三人とも手取り十三万なので先立つものが常になく、1カートンで必死に一週間を繋ぎ止めているのであった。
「今日もお天気になるべや」
 正彦が独り言のように言うと、佐吉、権兵衛も声を揃えて
「そんだな、お天気になるでや」
 と調子を合わせた。
「タバコ買いに行くついでに、ガソリンも入れとくべ」
 火の見櫓前の広場に、身体は大きいが心配性な権兵衛の大声が響いた。
 広場の前には三人それぞれのバイクが並んでいた。権兵衛は安月給でローンを組んだ250ccのバイク、正彦と佐吉は中古のスクーターだった。
「行くべー」
 権兵衛が大声で号令をかけた。自慢の250ccバイクを必要以上に吹かせて、広場から先陣を切って飛び出して行った。この村ではいくら騒音を出そうとも、苦情を言ってくる住人は居ない。建物同士が離れているし、耳の遠い人間だらけだからである。
「あいつはバイクの自慢がしたいだべな、オラたちも行くべ」
 正彦と佐吉もスクーターに乗ってエンジンをかけた。
 二人のスクーターは権兵衛のバイクに全く追い付かない。隣町から隣町へ田舎の一本道。右手は山が見事な紅葉を見せ、左手には美しい川がゴツゴツした岩肌を見せながら伸びている。一本道の果てには、薄霧でかすかに見える隣町の街並みがうっすらと浮かんで見えた。
 権兵衛のバイクは遥か先を行き、既に豆粒のようになっている。
「やっぱりデケェバイクは違うべな」
 佐吉が羨むように言った。二人のスクーターは中古で調子が悪く、思い切りスロットを回しても、制限速度、村内30キロを遵守できる性能なのだった。
 佐吉は貪欲なので、自分も権兵衛に負けない、もしくはそれを上回る400㏄のバイクが欲しかったのだが、権兵衛のように思い切って安月給でローンを組むことができなかった。小心者なのである。
 正彦は『走ればいいべ』と、中古のスクーターでも文句を言わずに乗っていた。
 前後も対向車も走っていない一本道。並んで走る二人のスクーターが小さな峠を越して、再び長く続く一本道を見渡せる場所まで来た時、遥か先で権兵衛のバイクがハザードランプを点灯させ、道の端で停車させ、道の真ん中でこちらを向いて大きく手を振っているのが見えた。
「どうしたんだべな? 権兵衛おらたちを呼んでるだべか?」
 と佐吉が言った。二人はアクセル全開で権兵衛の元へ近付いて行った。
「おーい、おめえら。早く来い。オモロいもんが落っこってんぞ!」
 という権兵衛の声が聞こえてきた。
「ほれほれ、こんなもんが道に落っこってんぞ」
 と権兵衛は大きな声で笑いながら自分のバイクの横を指差した。
「権兵衛の関わるもの、いつもロクでもねぇことばっかだったでねぇか」
 佐吉が皮肉混じりに言いながらヘルメットを脱ぎ、スクーターから降りた。
「なんだなんだ? こげな道に停めて」
 正彦も興味深げに権兵衛の元に近付いた。
「見れ、この毛布に包まれたもんをよ」
 権兵衛は少し身体を退けて、二人にその毛布を見せた。
「ありゃま、こりゃけったいなもんが落ちとるでないかい」
 と驚いて正彦は叫んでしまった。今、三人の目の前には、生まれて間もない子犬、犬種はシーズーの赤ちゃんが毛布に包まれて道に落ちていたのだった。権兵衛によると、見つけた時には毛布に包まれてスヤスヤと眠っていたそうである。
「一体誰がこげなとこに犬なんぞ捨てただべ。非常識な」
 佐吉が怒りながら屈んで毛布の中身を覗く。
「これはどっかの金持ちがうっかり落としちまったんでないかい? こりゃ高価な毛布だべ。子犬に着せられている服も良い布だわ」
 見つけた権兵衛が毛布の前で屈むと正彦も一緒に座り込んだ。
「こんなもんに関わって、泥棒扱いでもされたらたまらんべ。触らぬ神に祟なしだべさ」
 佐吉が面倒臭そうに言いながら立ち上がった。
「そんでも、こげなところに置いて、ケダモノにでも見つかったら食われてしまうでねぇか」
 優しい正彦が言う。
「まぁ可哀想っちゃ可哀想だども、勿体ねぇ服着てるでねぇかい」
 普段から欲の深い佐吉は、子犬の着ている服に目をやる。どう見てもそれは、今から行く街にある質屋で売りたそうな顔であった。
 権兵衛が子犬に手を伸ばし、抱き上げてみると、子犬の着ている服の内側に、何かが入っているようであった。
「こりゃ、たまげた話だ」
 服の中を見ると、紐で胴に巻き付けられた札束が三つ。三百万円が巻き付けられていた。
 三人はこれまで、こんな大金を見たことがなかった。完全に肝を潰した三人はその場に立ちすくんでしまった。
 佐吉の発案で、とにかくこの犬は何かの理由で金持ちが捨てたものだろうから、とりあえず拾おう、ということになった。
「ひとまずこの三百万は、一番に見つけたオイラが預かっておくことにすんべ」
 権兵衛がさっさと胴から札束を解いて自分の懐に入れようとしたのを見て、欲深い佐吉が流石に怒った。道の真ん中でマジギレな喧嘩が始まってしまった。
 あまりにしつこいので権兵衛は五十万ずつ佐吉と正彦に渡そうとした。佐吉は迷わずに受け取ったが正彦は受け取ろうとしない。
「金はどうでもええ。おめぇらはこの可愛い犬、どうも思わねぇべか?」
「なら正彦、おめえが飼えばええべ」
「ならそうするべ。だども金が欲しくて犬さ飼うんでねぇ」
 と言ってどうしても金を受け取らない。権兵衛は正彦が五十万を受け取らなければ、佐吉が持っていきそうに感じたので、そこから二十五万を佐吉に渡し、残りを懐に収めた。
 第一発見者の権兵衛が二百二十五万、佐吉がおこぼれで七十五万、正彦が犬だけ持って帰ることになった。
「わしら二人はまだ独りもんだが、正彦さとこの嫁さんは動物飼ってもええんか?」
「ええと思う。なんでがわしら夫婦は、全く子宝に恵まれんのじゃ」
 結局その日は三人とも街に行かず、それぞれの収穫品を持って帰ることになった。
 帰る道中、正彦はどうやって嫁さんに説明しようか悩んでいたが、狭いアパートへシーズーを抱いて帰って、子のない嫁さんは一眼見て驚いたが大層喜んだ。
 拾った金のことは権兵衛と佐吉から固く口止めをされていた。
「もし金のことが発覚すれば、三人とも同罪で牢屋行きだべな」
 と佐吉が脅すので、馬鹿正直な正彦は嫁さんにも詳しいことは話さないままであった。
「あら、あんた、この子の首、なんね」
 嫁さんが細い首輪に気が付いて、よく見てみると金属のタグプレートに『ラッキー』と彫り込まれてあった。
「この子の名はラッキー、っちゅうべか。名前だけつけて捨てられたべか」
 その日の夜、二人は浴槽に湯を張り、丁寧にラッキーを洗ってやった。そうして二人で世話をしていると、なんだかとても幸せな気持ちに包まれていった。
 そうして布団の中にも入れてやり、三人が川の字になって眠った。赤子の子犬のなんとも言えない柔らかな匂いと、ふくよかな感触は自然と笑みの溢れるものであった。
 翌朝起きると、小さい尻尾を元気よく振って、布団からラッキーは這い出してきた。
「何を食べるべかな」
 嫁さんは牛乳と、いろいろな野菜をすり潰したものをラッキーに与えた。ラッキーは尻尾を振りながら旺盛な食欲を見せた。
「なんて可愛い顔してるべか」
「アンタ、この子のために仕事、頑張らねぇとな」
 二人は顔を見合わせて笑った。貧乏な家だが家の中にパッと花が咲いたようであった。
 正彦が可愛い子犬を拾った、という噂はたちまち村中に広まった。近所の者や子供たちが、子犬を見に、頻繁に訪れるようになった。あまりに美しい毛並みなので皆大層驚いた。村には日本犬の雑種しか居なかったからである。
 これまで正彦の家はただ正直というだけで、村でも貧乏な方で、馬鹿にされていたような家だったが、ラッキーが来てからは、野菜や肉のお裾分けが増え、大変賑やかな家になってしまった。
 正彦は仕事にも熱が入った。
「早く仕事を終えて、可愛いラッキーに会いテェ」
 と心の中で思いながら仕事に励んでいた。残業を率先して引き受けるので上長の覚えも良く、ゆっくりではあるが出世していった。夫婦仲もずっと良くなった。ラッキーのつぶらな瞳の前では、喧嘩をすることも躊躇われた。
 そのラッキーも四歳になった。あれから三人は、隠し事をしている後ろめたさから疎遠になっていった。権兵衛と佐吉は工場を辞めた。それくらいの金を手にしたくらいで一生遊んで暮らせるわけがないのに、気が大きくなってしまったのだろう。
 佐吉は手にした金を元手に村で居酒屋を開いた。村には酒を飲ませる店がなかったので、娯楽の独占状態であった。綺麗な嫁さんも貰い店に立った。胸元の大きく開いた嫁さんの衣装目当てで店は繁盛し、カラオケマシンも導入して開業借金は速攻で返済した。商売の才覚があったのである。
 権兵衛は定職に就かず、再就職にも失敗し、佐吉の店で酒浸りの日々を送っていた。大金を踏み倒すのでいつも喧嘩ばかりしていた。
 喧嘩の最後には『誰のおかげでこの店が出せたんだ』と権兵衛が凄むので、佐吉は黙って身を引いた。周りの客は派出所に訴えたらいい、と助言するが、佐吉は黙ったままであった。
 ラッキーが四歳になった秋、一台の高級リムジンが村役場の入り口前に停まった。役場の人は何事か、と肝を潰して車の様子を見ていた。
 出てきたのは隣町でも大企業の社長と若い娘であった。
「紅葉には良い季節ですが、この度は一体どのようなご用件でございましょうか」
 村長は高額納税者に揉み手をしながら尋ねた。すると社長は笑いながら
「実は今日は妙な相談があってきたのだが、聞いてくれるだろうか」
 と言いにくそうに言った。村長は恐縮して
「これは恐れ入ります。社長のご相談ならば、どんな内容でもお相手になりましょう」
「早速だが、この村にラッキーという名の犬がおるだろう。その犬を貰い受けるわけには行かんだろうか」
 その言葉を聞き、村長は何とも後の句が出なくなってしまった。何故ならば正彦がラッキーを溺愛し、村人もラッキーを愛し、食べ物などで支援していることは村でも有名な話だったからである。
「困るのは重々承知しておる。知っているからお前に相談するのだ。実はあのシーズー、名門の血統書付きでな。世界でも有数の血筋なのだ。四年前、この子がペットの行商フェアが街に来たときに、一目惚れして衝動買いしたのだ。五百万の請求が来て驚いたのだ。クレジットカードを持たせてあるから困ったものだ。しかしその頃はタワマン暮らしでペットが飼えなかった。それを知らなかった娘は泣く泣くこの村に来て捨てたそうなのだ。この度、一軒家を持つことにしてな。それならば飼えるということになり、娘が泣きながらワシに言うてきてな」
 と大変真面目な口調で理由を話し始めた。事情が解った村長は早速小汚い正彦夫婦が住むアパートに車で向かった。後ろには村には場違いなリムジンも続いた。
 小さな村では噂話の広まるのは早く、多くの見物人が正彦のアパートの周りを囲んだ。
「正彦くん、すまなかった。ラッキーを引き取りにきた。私はおおごとにするつもりは全くない。この子が捨てられていた状況を胸に手を当てて思い出してもらったら、君も納得してもらえるだろう。それを警察でどうのこうのするつもりもない。勝手な言い分なのは重々承知している。これは迷惑料とこれまでの飼育料だ。受け取ってもらいたい」
 紙袋からは札束が覗いていた。一千万円くらいの札束であった。嫁さんは泣きながら抱きしめていたラッキーを飼い主である娘に手渡した。一礼だけして二人を乗せたリムジンは足早に立ち去っていった。
 正彦夫婦は気が抜けたようにその場に立ち尽くしてしまった。次第にギャラリーも散っていった。最後まで残っていた村長は正彦に同情の目を向け、権兵衛と佐吉が正彦に声をかけた。
「なんて目出度ぇ日だ。おめぇワンコロが一千万円になったでねぇか」
「再就職に困ってんだ。あぶく銭だべ。ワシのおかげだべ。少し無心してくんねぇか」
 それを聞いた正彦は目を真っ赤にして声を荒げた。
「何が目出度いべか、何があぶく銭だべか。ラッキーはな、お手もする、おかわりもする。ご飯を前にして『待て』と言えば、ちゃーんと座って待つお利口な犬だ。尻尾を振りながらオラたち夫婦の寝る布団に割って入り、散歩だって欠かしたことねぇ。仕事が終わって帰ると玄関開ける前にラッキーの吠える声が家ン中さから聞こえただ。村長さ、後生だわ。向こうでラッキーが懐かなかったら、こんな金返すべから、いつでも戻してくださるように、いつでも戻ってくるように、あの社長さに伝えてくんねぇが」
 と言いながら正彦は、真っ赤に暮れていく秋の空を見上げながら、とめどなく涙を流しました。

〜完〜

 はい。自分の文章修行のために不定期更新となります。題してブンゲイジェネリック。今回は秋田雨雀『三人の百姓』を材に取りました。
 原典は青空文庫で無料で読めます。
 今回の作業で思ったこと、それは金で幸せは掴めるのか、ということ。愛するもののために働いて生きることが充実した人生を送ることなのではないか、と思う。
 そして原点でも肝はそうだったのだろうが、一番構成をする上で重要なのは、終盤の価値観の相違から来るカウンターの妙であろう。これは形を変えて自分の創作に活かせるポイントだと思う。
 こういう変換作業で、自分のカラーの再確認、文体というものを磨いていけたらなと思っています。今後も不定期で更新しますので、どうぞよしなに。

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