シロガールテンイムホウ第二話

第二話 「まとわりつく明石ダコ」

 鬼瓦元吉は白鷺姫子の初陣以来、胸の高鳴りを抑えることが出来なかった。今まで恥ずかしくて、まともに話すことさえ出来なかった意中の人である白鷺姫子。清楚で可憐、スラッとした容姿に、髪はボーイッシュなショートカット。すれ違うときには、いつもいい香りに包まれていた。

「ショートカットにする女性は自分が可愛いことを知っているんだ」

 鬼瓦元吉はスマホの画面を人に見られぬ様に覗き込む。そこには昨日撮影された白鷺姫子の薄いピンク色をした乳首の先が映し出されていた。

 元吉は『バイトで頑張って三千万画素の一眼レフを買って本当に良かった』と思っていた。そして『単焦点レンズで撮影して本当に良かった』とも思っていた。ただ『F1.8ではなく奮発してF1.4のレンズにすればよかった』と激しく後悔をしていた。

 昨日は突然、太陽光の降り注ぐ下で、神々しい片思いな女性の裸身に接し『美しい』と感動したはずであった元吉だが、スマホに画像として転送してみると、それは途端に『性の対象』となってしまった。

 昨日から何度乳首の先の画像をピンチイン・アウトして拡大縮小したことだろう。校内で心臓発作を起こすのではないか? というくらいの胸の高鳴り。拡大したとき、鮮明に映し出されたピンク色の下地に広がるコケティッシュないくつもの愛おしい凹凸。

「あれー? 鬼瓦くん。男なのにスマホの壁紙ピンクなんだー」

「うわーっ!」

 知らぬ間に背後を取られていた鬼瓦元吉は、驚きの余りもう少しでスマホを落とすところであった。お手玉のように手を行き来し、地面スレスレでようやくキャッチする。

「どんな壁紙? イチゴ? イチゴにしちゃ色が薄いか」

 笑顔で後ろに立つ白鷺姫子に、鬼瓦元吉は顔面を硬直させながら平静を装った。『イチゴじゃないよ、君の乳首だよ』ということがバレてしまえば、完全に嫌われてしまう。

「い、い、いや、これは海外の前衛アーティストの抽象画なんだ。通の間では有名でね」

「へー、そうなんだ。鬼瓦くんって意外に芸術肌なのね」

「それよりもなんだよ、急に。もうとっくに終業のチャイムは鳴ってるよ」

「鬼瓦くんこそなによ。こんな体育館裏でスマホの壁紙なんかセッティングして。あなたを探してたのよ。職員室で歴史の小幡先生のとこ一緒に行きましょうよ」

 職員室では50歳になる温厚な歴史教師、小幡先生が笑顔で二人を迎え入れてくれた。笑っているときも、そうでないときも、目は線のように細く、いつも茶色のジャケットを着ていた。

『このジャケット、気に入っているから同じ物が30着あるんだ』

 と聞いたときは、教師の形容しがたい深い闇と狂気を感じ、白鷺姫子はちょっとだけ引いてしまった。

「二人が放課後に来るって珍しいな。でもいい心がけだぞ」

 小幡先生は嬉しそうである。

「先生はお城とか好きですか?」

 白鷺姫子は瞳をキラキラさせながら尋ねる。

「あぁ、好きだとも。最近はブラリと明石城に行ったなぁ。あそこは駅から降りてすぐでね。まぁ目当ては『明石焼き』だったんだけど」

 小幡先生は恥ずかしそうに頭を掻く。

「明石焼き?」

「そうだ。一般のたこ焼きとは食感が大きく違ってね。ふっくら卵焼きとでも言うのかなぁ。ちょっと傾斜の付いた台に間隔を空けて10個ほど並んで出されてね、ハケでソースを塗ったあと、お椀に入ったダシにひたしてね、これがまた美味くて、あっという間に10個なんてペロリでハフハフハフ」

 小幡先生に釣られ、三人が熱い物を口にしたようにハフハフと口元を動かす。

「あー、また食べたくなってきたな」

「美味しそうですね。お腹が鳴りそうです」

 鬼瓦元吉が話しながら自分の腹をさする。

「明石城は二代将軍秀忠の命で、小笠原忠真が天下普請で築いた城なんだよ。貴重な木造三重櫓が二基も残る城でね。日曜日は開放されて中に入れるようになってると思うよ」

「へぇー」

「明石はタコが有名だから、歴代の城主も舌鼓を打ったかもしれないね」

 小幡先生は突然の二人の訪問と歴史の補習に満足げであった。

「鬼瓦くん、あのね」

 二人並んで自転車を押しながらの帰り道。

「私、夢を見たの。三木飢子さんと闘った日の夜、たくさんの城兵が『ありがとう』とか『天下統一して乱世を終わらせてください』って握手してきて」

「そんな夢を見たの?」

「そう。で、そういう歓声に囲まれたら『頑張らないといけないのかなー?』とか思ってみたり、でも争いごとなんてしたくないし…」

「うんうん」

「美白にはなりたいけどね」

 鬼瓦元吉はその言葉を聞いて、ガクッと肩を落とした。

「この時点で『降参』っていうのは駄目かなぁ」

「口で言うだけじゃ無理だよ。君の中にある『姫路城』を完膚無きまで叩き潰すために、向こうの方から挑んでくるんだから。前回の勝者であり、この戦を終わらせるための『王手』がかかってるんだからね」

「そっかー」

 不意に二人の周囲が暗くなったような気がした。背筋に冷たいものが走る。

 ゴゴゴゴゴゴ。不気味に鳴り響く地鳴り。足下も揺れ、二人は手を離し、自転車二台は地面に転倒する。

 二人が振り返った先には、セーラー服の異様な殺気を放つ女子高生が一人立っていた。逆光なのか、顔がよく見えない。目だけが薄ボンヤリと光っているようにも見える。その不気味さが更に恐怖を煽った。

「チィッ、軍師、付きか…」

 女は鬼瓦元吉の方を見ながら舌打ちした。

「一人の時を狙えば勝てる、と踏んだんだけど、仕方ないわね」

「き、気を付けて、白鷺さんっ!」

 その言葉に構えてはみるものの、どう見たって素人の格闘ごっこのようで弱々しく映る。

「邪魔よ、どいていなさい。『明石城、剛の池っ!』」

 その言葉とともに、白鷺姫子と鬼瓦元吉の間に池のビジョンが足下に広がっていった。

「うわぁ、足下が取られて動けない」

 元吉は必死に足を動かそうとしているが、術に落ちたのか、逃げることができない。

 ブウゥゥゥゥン。

「悪く思わないでね。私は明石城に魅入られた女、子午 線子(しご せんこ)」

 子午線子の両腕に三重櫓のアーマーが可視化されていく。

「明石城ッ、巽櫓大ダコ縛りィッ!」

 子午線子は左腕を白鷺姫子に向かって突きだした。衝撃波でセーラー服の上着とスカートのホックが外れ、白鷺姫子は下着だけの姿になる。

「か、身体が動かないっ」

 白鷺姫子は自分の意志とは逆に、下着姿のまま、大の字を描いて震えながら立つ。

 突如、子午線子の後ろから、いやらしい大ダコがのっそりと現れた。そうしてゆっくりと姫子に近付いていく。

「貴方の一番大切な場所、汚してあげましょうか?」

「い、いや、こないで」

 ヌメヌメと身体中をテカらせながら、大ダコは姫子の背中へと張り付いた。ひんやりとした感触が背中を包み込む。

 大ダコは優しく姫子のブラジャーの上から確実に乳首の位置をさぐりあてると、交互に『吸う』『離す』をゆっくりとしたテンポで動かし始めた。

 姫子は恥ずかしさの余り、目を閉じる。恋に奥手でウブな姫子にとっては、未知の刺激であった。

 大ダコは更に遠慮無く姫子のスラリと伸びた長い足にも絡みつき、吸う、離すを繰り返す。姫子の顔が上気してくる。

 大ダコは頃合いを見計らい、パンティーの上から姫子の陰核を探り当てると、容赦なく吸盤で優しく包み込んだ。

 三カ所同時に繰り広げられる永遠の『吸う』『離す』の自動運動。姫子は最初、パンティーへの刺激を『痛い』と思った。だか、それは自分がこれまで経験したことのない刺激で、形容することができなかっただけの『痛い』という表現であった。

 大ダコは乳首から姫子の心拍数を計っているのか、心臓の鼓動と同期するように、乳首と陰核への吸う、離すのテンポを合わせてきていた。

 最初はゆっくりだった吸引運動が、だんだんと早まっていくことに気付いた姫子は、それが自分の恥ずかしさからくる胸の鼓動のテンポと同じリズムであることを知り、ますます胸の早鐘はそのスピードを上げていくのであった。

「だ、駄目…」

 姫子の目の前にだんだんと花火が浮かんでくるような錯覚を覚えた。このまま身を委ねたら、自分はどうなってしまうのだろう、と姫子は思った。

 膝がガクガクと震える、開いた口からはヨダレが糸を引く、膝の震えに合わせ、ヨダレの糸は揺れる。なかなか地面には落下しなかった。それを火照った身体で見ながら、姫子はいやらしい気持ちに支配されていった。

「美しい」

 鬼瓦元吉は終始持ち歩いている一眼レフを学生カバンから取り出すと、姫子の股間に向けてシャッターを切った。

 三千万画素の高画質カメラは、姫子の股間の下着に浮かび上がった『しめり』を何枚も鮮明に切り取っていった。

 姫子は薄れゆく意識の中『女として堕とされる、ことがイコール落城してしまうことではないか?』と気付き初めていた。自分の身体に宿る姫路城が、そう教えてくれているように思えた。

「このまま快楽に溺れちゃいけない。気持ちいいけど」

 姫子は歯を食いしばって、大ダコのいやらしい吸引運動に必死で抵抗する。

「なかなか気絶しないわね。それじゃあトドメをさしてあげる」

 子午線子は右腕をゆっくりと上げ、後ろに引いて構える。

「この『ひつじさる櫓』はね、天守代用の三階櫓だったのよ、伏見城からの移築、という伝承も残っているわ。三重目の入母屋破風の妻壁は、木連格子として朱塗りされている格式の高いもの…」

 姫子は身をよじろうとするが、動くことができない。

「明石城奥義ッ!『懸魚(げぎょ)クライシス!』」

 凄まじいエネルギー派が姫子を襲った。伏見城の移築ということは太閤秀吉に縁のあるもの。高貴な光を放つ波動エネルギーは、白鷺姫子の腹部を直撃した。

「ぐうっ!」

 姫子は数メートル後ろに吹っ飛ばされる。

「白鷺さんっ!」

「死んだ。これまで懸魚クライシスを受けて立ち上がった者はいない…」

 子午線子は振り返って立ち去ろうとした。

「まだよ…」

 姫子の声だ。

「な、何ぃッ?!」

 姫子の両腕に渡り櫓アーマーが可視化されていた。直撃の瞬間、懸魚クライシスの衝撃を吸収したようである。

「白鷺さん、西の丸の『カの櫓』は防御も攻撃も鉄壁だよ!」

 鬼瓦元吉は古文書を見ながら叫んだ。

「行くわよ『カの櫓、石落としィッ!』」

 先ほどの懸魚クライシスよりも大きな波動ビームが、今度は子午線子に繰り出された。

「は、早いっ」

 両腕の櫓で防ぐも、櫓は呆気なく崩れ去り、宙で口から血の円弧を描きながら、子午線子は地面に叩きつけられた。

「た、蛸壺や はかなき夢を 夏の月 芭蕉…」

 子午線子は白目を剥いて地面で痙攣を起こしていた。明石城の遠景が、天に召されていくのが見えた。

「勝てた…」

「白鷺さんっ!」

「あっ、見ちゃ駄目ーっ、あっち向いてて」

 姫子は顔を赤らめながら、慌てて吹き飛ばされたセーラー服に駆け寄っていくのであった。

第二話「まとわりつく明石ダコ」 完


次回予告

「えっ、なに? 醤油の匂い? そしてこのメロディーは三木露風、赤とんぼ?」

 龍野城に魅入られた女、揖保乃糸子(いぼのいとこ)の魔の手が伸びる。後ろから覆い被さる巨大赤とんぼ、真ん中の両足で胴を、上の両足は乳房を、下の両足は姫子の下半身を容赦なく狙う。

 防ぎきれるか? 聚遠亭(しゅうえんてい)メイルストローム!

次回、第三話「『赤とんぼ』は死の子守歌」

に、どうぞご期待ください。


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