女心
長年勤務した支店を離れる。サラリーマンならば、あることだろう。いくらそこで仲良くなっても、会社にはなんの関係もない。
私も男、去るのは名残惜しかったが、元のスタッフから
「呉さん、異動したのに、ずっとこっちに連絡してきたりして、未練がましいわね」
みたいに思われるのは、やはりこの、なんというか、ヤワな男に思われたくない、というプライドがあるのだ。
そして風の噂で、元の支店で
『呉さんがいなくなって、ちょっと寂しいな、みたいなこと女性スタッフが言うてたで』
的な事を先輩から聞くと、有難いなぁ、と思うのである。
これが、異動先の支店がギスギスした人間関係だったとしたら、私も元の支店に依存したかもしれない。
ところが、である。異動先の支店は、みんな親切で、私が孤独感を感じないような思いやりを、色々と感じるのだ。
こうなってくると、私も心機一転、前向きに頑張ろう、という気になってくる。
異動先での仕事の流れも掴めたので気持ちも落ち着いた。ひと段落のご挨拶とばかりに、私は馬鹿話に花を咲かせていた女性事務員さんにラインを送った。
〜こっちの人は親切な人が多くてな、とても仕事がしやすくて有難いわ。楽しくやってる〜
すると、返ってきた返事は、なんかトゲトゲしく、幾分キレ気味な印象も受けた。
文章の途中に〜あれだけお菓子をあげたのに〜みたいなことが書いてあったので、こちらも〜きのこの山一個やん!〜と笑いながら返したら、それにも怒り出す始末で。
この流れを嫁さんに話した。
「やっぱりアンタは阿呆や」
である。この歳で伴侶から『あほう』呼ばわりされる我が家。
「なんでや、元気な近況報告をして、何が阿呆や。どこがあかんのや!」
「アンタのその考え無しの、表裏のない馬鹿みたいで能天気なプラス思考、たまに嫌で嫌でたまらん時があるわ」
ほんならなんでワシと結婚したんじゃ! とは心の中だけで言わずに。
「そういう挨拶はな、目立たずこっちではなんとかやってます、そっちの空気が懐かしいわ、って送るんや。それが正解や。世の中の常識や、女性は〜異動先で寂しい思いをしてる? ウンウン、こっちにおる時の方が良かったやろ〜って思いたいんじゃ」
「ええーっ?! こっちで上手くやれてる報告が不正解なんか?」
「そうや、その人、最後になんて来た」
「〜お元気そうで何よりでした〜って、めっちゃヨソヨソしいメッセージと、能面のアイコン」
「ホレ見てみぃ! アンタは女心を全く解っとらん! そこが私もむかつくところなんや。むかついてむかついてたまらんのじゃ!」
思ってる逆が正解? それが女心? 全く解っとらん? なんぞそれ(笑)。
そして女心を一ミリも理解していない朗らかな私が、むかついてたまらん?(笑)どういう文脈なのか。私の方が嫁さんの心中、全く理解できん。
そして私はもう一度、深く黙考する。
あぁ、そうだ。そういえばそうだ。ちょっとレス気味の美魔女事務員さんに、こちらも家庭崩壊気味の既婚中年男性同僚が猛アタックしていたが、歯牙にも掛けない態度であった。
遠目から見たら、需要と供給、ピッタリでウインウインじゃないの? と思ったものだが、その美魔女事務員さんはクールビューティーな表情を全く崩しはしない。
逆に、だ。ここで逆に、がまた出てくる。その美魔女事務員さんに私が〜今でも嫁さんとお風呂へ一緒に入る〜と言ったら、なんかその後、余り詳しくは書けないがモテたな(お酒のせいもあるし、ホレ、フランスとかならキスくらい挨拶でしょ?)。うん、これは経験則上、俺にもわかる。
女性は幸せな方をクラッシュしたいのであろうか。猛烈なアタックよりも仲睦まじい夫婦に魅力を感じるのであろうか。
なるほど、女心とは嫁さんの言うように、男の考えることの逆だ。
男と女が理解し合えない訳だ。
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