ミクロドローン
「博士ーっ、変態博士ーっ」
「誰が変態だ。絶交するぞ」
「冗談ですよ冗談。ところで何か面白いものは発明できましたか?」
「また暇つぶしに来たのか。そんなに通い詰めても人を雇う余裕なんてウチにはないからな。真面目に就活しろ」
「わかってますって。ところでその顕微鏡の上に何かあるのですか?」
「めざとい奴だな。たった今、完成したばかりの発明品だ。覗いてみろ」
「こっ、これは。複数のプロペラが付いたマシン」
「ミクロドローンだ」
「ミクロドローン?」
「四つのプロペラに、それを繋ぐ超軽量グラスファイバーフレーム。ボディの真ん中にはビデオカメラがセットされている。フレーム自体がWi-Fiアンテナになっており、映像を中継できる。そして表面は太陽光パネルになっている。光があれば燃料は無限大。暗闇でも5分は滞空できる。それで全長は約1ミリだ」
「こ、こんな小さな物、どうやって作ったのですか?」
「執念で作った」
「すごい。すごい発明じゃないですか博士。はじめて博士のことを心から尊敬できました」
「じゃあ今まではどう思っていたのだ」
「そんなことはどうでもいいじゃないですか。で、これ、完成しているんですか?」
「今から試運転だ。で、ちなみにおまえは隣に住む奥さんを見たことがあるか?」
「何度もありますとも。愛想が良くて。ショートカットで色白で二重まぶた。物凄くスリムで腰もくびれていますね。笑うと三日月みたいな可愛らしい目。三十五歳くらいでしょうか? 綺麗でいよう、という強い意志が見えます。やりたい盛りの女盛り、という感じではないでしょうか?」
「おまえが説明すると、とてもいやらしく響くな」
「なんか嫌味な言い方をされますね。今日はもう帰ります」
「その隣の奥さんの家へ、今から試運転で飛ばしてみようと思う」
「お手伝いします」
「返事早いな、おい」
「何から準備したらよろしいか?」
「手伝いはいい。話というのは他でもない。君を助手としてではなく『共同出資者』として迎えたいのだよ」
「共同出資者ですか?」
「そうだ。このミクロドローンの制作に300万円かかっている。君は貯金いくらある?」
「長年バイトして車を買うために貯金してたお金が150万円くらいあります」
「それを今すぐ私に投資しなさい。いや、無駄にはしない。テスト飛行が成功して量産された暁には、儲けをちゃんと分配してやる。このオレオレに任せなさい」
「なんか詐欺みたいに聞こえますが。それにいつの間にか私の呼び方がおまえから君になっていて、丁寧になった分、不気味ですし」
「安心しろ。では君の持っているそのスマホで、私の口座に送金しなさい」
「前払というわけですね。わかりました。これがもし本当に製品化されたら、きっと大ヒットすることでしょう。未来に賭けてみます。宝くじよりマシな確率ですよね」
「若いのに賢明だ。それではテイクオフだ。そこの大画面モニターのスイッチを入れておくれ」
「こうですか? あっ、テレビに博士の後頭部のハゲが映っている」
「不必要な実況はいい」
「もう浮かんでいるのですね、すごい」
「さあ、窓から飛び出して目指すは隣の家だ」
「玄関は閉まっていますね」
「おっ、空気の入れ換えで、二階の窓が開いている。網戸もしていないぞ。しめた、あそこから侵入しよう」
「テレビゲームみたいですね博士。そのゲームのコントローラーみたいなもので操作しているのですか?」
「そうだ。だが広い場所はいいが、この狭い廊下だと自信がないな」
「変わりましょう。毎日のテレビゲームで、そういうことには慣れています」
「そうか? じゃあお願いしよう。私はモニターのチェックに専念する」
「上昇下降がこれで、前進旋回がこれか。わかりました。楽勝です」
「奥さんを探せ」
「ラジャー。リビングでしょうか?」
「おっ、いたいた。これはフローリングでヨガをしているのか?」
「セクシーですね、これが美しさの秘訣なのですね」
「一度前に回り込んで、瞳に照準を合わせてくれ」
「こうでしょうか?」
「そうだ。これで視界をロックした。これで奥さんが移動してもミクロドローンは等間隔を保つ。人間は目の前をブンブンとやられたら気が付くが、等間隔だと視界の範囲でも認識しないのだよ」
「それにしてもフカフカのショートパンツにタンクトップですよ、博士。汗がいやらしいですね」
「ノーブラではないか、ズームしたまえ」
「わかりました。って、ええっ? 博士。奥さん暑いのか、タンクトップを脱いでヨガを続けてますよ?!」
「き、き、君。コントローラーの真ん中にある『録画』ボタンを押したまえ。そうすればこのモニターに接続されているブルーレイに自動で録画が開始される」
「こ、こうでしょうか? それにしても奥さん、ぺチャパイだと思っていたのに、物凄く胸がありますね。押さえ込んで隠していたのでしょうか?」
「貴様、録画やり直しじゃ『五倍速』じゃなく『等倍』で録画せんかいやゴラァ」
「些細なことでブチ切れてますね。それでも科学者でしょうか? すいません。やり直します」
「そうそう、永久保存だ。それにしても君、乳首の色がまだピンクじゃないか」
「そうですね、乳輪も小さい。乳頭も可愛い。CGのようです」
「エロは科学を加速させる。これ、ワシが遺した名言だと証言してくれ」
「承りました」
「自宅とはいえ、上半身裸でヨガとは、いやらしいにも程があるな、おい」
「博士、このヘッドフォンは連携しているのですか?」
「おお、忘れておった。丁度二組ある。音も楽しもうではないか」
「立体的に聞こえます。まるで映画館のような音場ですね」
「あの毛糸のフカフカパンツの下は、きっとノーパンであろうの。汗と大陰唇のピチャつく音であろうか?」
「あっ、立ち上がりました博士。シャワーでしょうか?」
「そ、そ、そのまま距離を保って追跡せよ」
「ラジャー。廊下を歩いています。背中にも汗が流れて入れてセクシーですね」
「おや? ここはもしかして……」
「博士、トイレですっ!」
「戸が閉まる前に便所へ侵入せよ」
「ラジャー、入りました。って毛糸のパンツずらしました。本当にノーパンでしたね、陰毛が映っています。どうしましょう、博士、御指示を!」
「し、し、尻側にま、ま、回り込んで、洋式便所と尻の間に入って滞空せよ」
「やってみます。うおーっ」
「真っ暗だな。どうなってる? LEDライト、オン」
「やりました博士、ギリギリで滑り込んだみたいです。デススターに侵入すミレニアムファルコンみたいでしたね」
「おおっ、吹き出物ひとつない見事な美尻じゃ。そして苦節十年、奥さんの旦那さんしか見ることのできない大切な部分が大写しではないか」
「あまり遊んでいない感じですね」
「8Kモニター買っといてよかった」
「放尿でしょうか? うわっ」
「耳が、凄い轟音だ。屁か?」
「博士、どうやら鼓膜が片方破れたみたいです」
「我慢しろ、コントローラーを離すな」
「は、博士、小便ではなくまさかの大便でした。天が裂ける。黒い龍が裂け目から出てきました! 飲み込まれます」
「あっ、水に着水した。手が隙間から入ってきてケツを拭いている」
「濁流です。すごい濁流です。流されました」
「映像が途絶えてしまった」
「これは処理場までミクロドローンが流された、ということですよね?」
「そうなるな」
「博士」
「なんだ?」
「やっぱり150万、返してください」
〜終劇〜
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