刑事 子呂慕(ころぼ)
ここでお馴染みのテーマソングが流れる。お馴染みってなんなんだよだって? 知るかハゲ。いちいちそんな事聞いて話の流れをぶった切るなや。
じゃあ何か? ここに音符を並べればお前は理解できるってか? スタッカートとか、まが玉みたいなやつとか。
なんせお馴染みのテーマソングと共に、ヨレヨレのコートを着た刑事 子呂慕が軽く右手をあげながら登場してくるんだよ。自分の一番好きなテーマソングを頭の中で鳴らしてくれればいいだけの話やんけ。
「ウチのかみさんがね…」
刑事子呂慕はモジャモジャ頭の一部に出来た円形脱毛症の部分を容疑者に見られないようにしながら話し始めた。気にしているのだ。
「老後、金に困ったら、アンタを殺して生命保険で楽に暮らしたいわね、って言うんですよ。ひどいと思いませんか? あなたどう思われます?」
子呂慕の視線は鋭く目の前の老人を射貫く。男は子呂慕の声がちゃんと届いているのだろうか。男は片方の耳を子呂慕に向ける。和服の帯は緩み、肌色の下着は丸見えである。
「あんだって?」
子呂慕は「ヤレヤレ」という顔をしながら、先ほどよりも声のボリュームを上げてみた。
「か・ね・に・こ・ま・っ・た・ら…」
「ボ・ラ・ギ・ノ・オ・ル?」
全く伝わっていない。
「あなたの奥さん、火かき棒のようなもので後頭部を一撃だ。それが致命傷になっている。あなたは死亡推定時間パチンコ屋にいた、そしてこう証言されましたね。『冬のソナタ台で大負けした』と。で、あれから私、そのパチンコ屋に行ってみたんですよ。そしたらどうです。パチンコ屋は先月改装して、冬のソナタは一台も置いてないんだ」
身を乗り出して子呂慕は老人に詰め寄る。
「いやぁ〜、よう覚えてまへんなぁ」
「そして凶器の火かき棒、あなた巧妙に凶器を処分した気でいるかもしれないが、あなたの家からパチンコ屋の間にあるゴミステーション、ここにまだあったんですよ。生ゴミしか持って帰らないから放置されたまんまでね。血痕もついてる」
子呂慕は「どうだ」と言わんばかりに痴呆老人の表情の変化を読む。
「いやぁ〜、よう覚えてまへんなぁ」
「そしてさっきあなた、物欲しそうに私の煙草を見てましたよね。そこで私は箱を差し出した。ナイロンにあなたの指紋が付いた。それがこの内ポケットに今入っている。この指紋と生ゴミステーションに置かれていた火かき棒の指紋が一致した場合、これは一体何を意味するんでしょうね」
「いやぁ〜、よう覚えてまへんなぁ。昨日わたし何食べましたかいな〜」
完璧だ、と思っていた子呂慕の追求は虚しく空を切った。相手は表情一つ変えない。本当の痴呆老人なのだろうか? この状態では立件は無理か。真相はボケ老人の衝動殺人だったのだろうか。そして本当に昨日のことを忘れてしまっているのだろうか。
「あんたが殺ったんだろう」
子呂慕の恫喝の後、周囲に悪臭が漂った。
「あらあらあらあら」
老人ホームの中から玄関先で話をしていた二人の元へ、美人の介護士が慌てて駆け寄ってきた。ピンクの制服にはちきれんばかりの巨乳がいやらしい。
「刑事さん、大きな声は禁物です。このおじいさん、大きな声を出されると、ショックでウンコ漏らしちゃうんです」
「あうあうあう」
形式上は完敗になるのだろう。この状態では裁判は無理だと判断されてしまう。痴呆老人に責任能力は無い。
しかし子呂慕には確信があった。この老人は決してボケてなどいない、と。ボケているフリをしているのだ、と。
なぜなら、後ろから抱きかかえようとしている介護士の巨乳の上に、弛緩した老人は丁度右の頬を乗せているし、立ち上がろう、と差し出した老人の右手は、介護士のミニスカート奥の内股と股間ギリギリのところを支点にして、なんどもコケる仕草をしながら出し入れして撫でているのが見えたからである。
『オッサン、知ってやってるやろ!』
〜終劇〜
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