見出し画像

我が妻との闘争 2023春〜スーパーにて〜

 休日、私は日頃の残業で疲れ切った身体を休めるために、なるべくなら一日中ゴロゴロして、気持ちを穏やかに、読書でもしてのんびり過ごしたいところではあるのだが、スーパーへの買い物。これを付き合わなければ嫁さんの機嫌が悪くなるので、私は渋々、無理矢理笑顔を作って、マネキン人形のような顔で車を運転している。

 こんなことを言うと、今の世、バッシングを受けるのだろうが、スーパーの買い物なんて、夫婦二人で行かなくとも別に良いではないか、と内心思いながら付き合っている。

 付き合ったところで、何のメリットもないのである。

 店内を歩きながら、私が目を輝かせて商品を取り、カゴに入れたとしても

「またマルシンハンバーグかいな。今日は給料日前や、ここに来てるから分かってるやろ? 返してきな」

 と、全く私のリクエストなんぞ通らないのである。そして暗号のような『ここに来てるから』という夫婦間だけの会話。

 今いるのは、激安スーパーのラ・ムーである。給料日前は大抵ここ、ラ・ムーになる。

 因みに、ボーナスが出た辺りは、高級スーパーのヤマダストアー。

 残業で給料が多かった月は、大衆スーパーよりも品揃えが1ランク上のボンマルシェ。

 我が家のデフォルトが、安売りスーパーのマルアイ。

 そして給料日前、家計限界の時は、ここ、激安スーパー、ラ・ムーという四段階活用になっているのである。

 補足すると、ここ、ラ・ムーの店外には、これもまた激安たこ焼きショップがあり、一皿百円で六個入、という驚異的な安さでお腹を満たしてくれるパクパクという店が存在する。

 このたこ焼きを、買い物帰り、駐車場で食べている時は、夫婦仲良くしていられる時間なのであった。

 買い物の話に戻ると、付いて行った所で、私のリクエストなど、まるっきり通らないのだ。何ならレシピを考えるのが面倒だから、私を利用して考えている節すら見える。

「アンタ、今晩何が食べたい」

「今、食べたいのは、すき焼き、やな。もうお口がすき焼きのお口になってしもうた」

「あかんあかん、今は野菜が高いねん。惣菜コーナーの天ぷらと、ざるそばくらいにしとこか」

 私の意見なんぞ、ハナから噛ませ犬扱いになっている。

「それはそうと、アンタはさっき何を聞いとったんじゃ。給料日前やからラ・ムーに来てる言うてるやろが。すき焼きなんか論外や。歳いってからアンタは全く人の話を聞いてないな。常によそごとを考えてる証拠や」

 品出しをしているパートのおばさんが、こちらを見たような気がした。お店に対しても、勤めているスタッフに対しても、何にしても失礼な発言である。嫁さんは、言いたいことを言うとスッキリしたのか、鼻歌を歌いながら惣菜コーナーに移動した。

「どのかき揚げが一番でかいかな」

 嫁さんは顔を近づけて、かき揚げを物色している。やめてくれ、貧乏くさい、とはとても言えない。それを言えば

「アンタの稼ぎが@?#&%」

 という不毛な言い争いに発展するのは目に見えているからだ。

「よっしゃ、あとは明日のパンだけやな」

 カートを押しながら、食パンコーナーに移動した。嫁さんは何の躊躇いもなく食パンの四枚切りをカゴに入れようとした。

「おいおい、前々から思っていたんやけど、オマエの選ぶ食パン、分厚いねん。俺は子供の頃、薄い食パン、六枚切りかな? これで育ってきたんや。この口当たりが気持ちええねん。分厚いのはなんか気持ち悪いねん」

「何を言うてるんや、気持ち悪いって、ヤマザキパンさんに失礼やろ。なんて? 六枚切り? 食べごたえないがな。貧乏くさい。四枚切りのボリュームがあったら、お昼まで腹持ちするわ」

「こんなもん分厚すぎや。なんでこんなもん朝から大口開けて頬張らなあかんねん。アホの子か。シンプルに六枚切りにしとけ」

「私は小さい頃からパンの時は四枚切りやったんや。ほとんどご飯やったけど」

「それで四枚切りを選ぶんか。自分の育ってきた生活スタイルを強引に押し付けるなや。棚を見てみぃ。棚が全てを物語っとるわ。六枚切りめっちゃ売れてるやん。補充せな売り切れ寸前や。逆にオマエの四枚切り、ヤバいやん。全然売れてへんがな。俺の好みが世間のスタンダードっちゅうことがワシの説明で理解できたやろ。自分が異端である、ってことを素直に認めんかい」

「アンタはちょっと本を読んどるから言うて、たまに小難しい訳のわからん言葉話すな。こんだけ食べごたえがあるんやで? 四枚切りがお得やないの。ほな間とって五枚切りでいこ」

「出た、オマエは絶対にワシの意見に寄り添うことはないのぅ。六枚とるくらいなら五枚かいな。妥協したら死ぬんか。何で奇数選ぶねん」

「アンタからそんな言葉が出てくるとは思わんかったわ」

 嫁さんは目を見開いて私を睨みつけた。心なしか少し潤んでいるようにも見えた。

「アンタ、今何言うた? 我が家は五人家族やで? 奇数やないの。5という数を嫌うんか? ありえへんわ」

 違う理論を引っ張ってきて、また勝手に感情的になって爆裂するややこしいパターンになりそうな気配を察した。

 一匹死んでしまったが、我が家には今、愛犬が一匹いる。そうなると常日頃から嫁さんが吠えている『チャッピーちゃんも家族の一員じゃ!』が根底から崩れ去る話ではないか。まったく都合の良い。五人家族に愛犬一匹で合計六人やないかい。ほんならチョイスすべきは六枚切りやないかい。

 私がその真理を言おうか言うまいか、と悩んでいる間に、嫁さんは五枚切りを手に取って、私の許可も取らず勝手にカゴに入れてしまった。

「レジ、先に行っとくで」

 負けると死ぬ病なのだろうか。結局私のリクエストは何一つ通らなかった。私は嫁さんの背中を見ながら、溜まった鬱憤を吐き出さずにはいられなかった。

「結局五枚切りかい。奇数かい。とことん割り切れん女やのぅ」

 言ってスッキリしてからハタと気が付いた。周りの買い物客が私の方を見ている。私も熱くなって、すっかり家にいるような感覚で嫁さんと言い争いをしてしまっていた。

 私は誤魔化すように、ズレてもいない六枚切りの食パンを並べ直すと、白々しく嫁さんが並んでいるレジに向かって歩いて行くのであった。

〜完〜

追記 一本読んで気に入ってもらえると、検索から過去の既刊に繋がって単行本が売れてくれます。シリーズ物の強みですね。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?