あまり怖くないお化け屋敷

嫁の実家の隣の家は、いつも『売り出し中』の看板が掲げられているので、前から気になって仕方がなかった。

週末、家族で夕飯をご馳走になるために出かけた時のことだ。

その夜はトンカツだのエビフライだの、孫たちが喜ぶ料理を、と。お義父さんとお義母さんは張り切って台所に立ち、夕方から衣をつけるのに必死であった。

お義父さんは寡黙だが、お義母さんは気さくな性格で、いつも私に気を遣ってくれて、居心地のいいように話しかけてくれた。

「お義母さん、隣の家、まだ看板が出てますね。それにしても一軒家で400万円て、破格ですよね」

私は思った事を素直に口にした。見れば外装が汚れているわけでもないし、屋根瓦もしっかりしている。門も傷んでいないし、ガレージは二台分もある。

「それはね、ちょっと怖い話があってね」

お義母さんはパン粉に付ける手を止め、私の方を向くと、上目遣いで不気味に話し始めた。

「今までにね、二組の若い夫婦が入ってきたんだけど、二組とも結局出て行ったのよ。出るときは奥さん一人でね」

「えっ? 離婚とか?」

「違うのよ、隣に入居すると、ご主人だけが必ず亡くなるのよ」

「よしなさい」

寡黙なお義父さんが声を荒げた。

「本当のことじゃないの。でね、この隣の敷地で、昔きっと何かあったはずだ、ってこの人とも話をしてたのよ。二組も同じ事になるって、やっぱり変でしょ?」

お義母さんは、テレビで見る怪談を話す芸能人の物真似をしながら顔を近付けてきた。

「最初の人はね、単にお気の毒と思っただけけど、次に入った方、一年もたたないうちにご主人が亡くなったのよ。不気味よね、おかしいわよね。何か因縁があるのかもしれないわね」

「そんなつまらない話をしなくてもいい。夕飯が遅れるぞ」

お義父さんが怒る。

和室では子供達が騒いでいた。愛犬のシーズーも一緒になって走っている。

「あなた、ここでオシッコしたら大変だから、わんちゃんと近所ぐるっと回ってオシッコさせてきて」

妻が和室のテーブルにコップや箸を並べ終えて台所に入ってきた。腕まくりをしているので衣付けを手伝うのであろう。

「あぁ、わかった。ちょっと行ってくるよ」

陽が暮れかかっていた。ここは丘を切り崩して切り開かれた新興住宅地である。山間から見えるのは見事な夕焼けであった。

門から出て右、くだんの家の横を通る。車も人通りもほとんどないので、私はリードを離し、犬を好きに歩かせた。

そして改めて呪いの家に向き直る。

門から玄関まで、所々に雑草が生え始めていた。そして一階は雨戸が閉められて中の様子は窺えないのだが、二階の窓は全部磨りガラスではなく透明なガラスであった。

カーテンのない家、というのは改めて見ると不気味なものだ。

どういう人達が住んでいたのだろう。何故男だけが急死してしまうのだろう。

二階の部屋を凝視する。下から見える室内の天井は、深い水色というか、薄く濁った黄緑というか、陰気な油絵の背景のような薄気味悪い色である。

じっと、見つめる。絶対に何かいそうな気配を感じる。

このまま見続けていたら、そのうち黒い影が部屋を横切っても全くおかしくないような雰囲気に包まれていた。

門柱にはインターホンが付いている。

私は押してみたい衝動に駆られた。

「しかし、もし押してみて祟られたら、その前に返事があったら……」

私は身震いする。世の中には科学では解明できないことだってあるのだろう。ご主人が入居続けて二組亡くなる。というのはどのくらいの確率なのだろうか。

偶然も何回重なれば必然となるのだろうか。

あまりその手の怪談話を信じているわけではないが、もしかしたら大昔、男に騙された女がここで無念の死を遂げて、地下で眠っているのかもしれない。その上に家を建てたものだから、そこに住む者は呪われて……。

そう説明されれば「そうでしょうね」と簡単に納得してしまいそうな、嫌な印象を与える土地であった。

「触らぬ神に祟り無し、だよな」

私は手を合わせることもせず、無関心を装って犬の元へ近寄ると、まだ散歩したりない愛犬を抱きかかえて実家の方へと帰っていった。

家の中は夕飯の準備が出来、大皿に盛られた揚げたてのフライは湯気を立て、テーブルの真ん中で鎮座していた。

「お父さん、散歩遅いよー」

腹を空かせた子供達が、箸を握りしめて私の帰りを待っていたようだ。

「ささっ、みんな座って。熱いうちに食べましょう」

「あいててて」

お義父さんが腰をかばいながら座布団に座る。

「お義父さん、どうしたんですか?」

「いやなに、最近腰痛がひどくてね、歳には勝てんな」

片眼を閉じてゆっくりと座る姿は、痛々しく映る。

「ねぇあなた。あなたの実家は弟さんがまだ結婚せずにいるでしょ? 結婚する気がないんでしょうね。だから老後は安心よね。ここは老後、二人だけだと心配だわ。お父さんも最近こんなだし。同居は無理としても長男ちゃんに今の家を譲って、隣の400万円の一軒家なら、なんとか払えそうだし両親に何かあっても目が届くから、この先二人で隣に住めば何かと安心じゃない?」

それを聞いたお義母さんが、慌てて会話の横から割って入る。

「ユウちゃん、お隣のあの話、さっきエイジさんに台所で話をしたところよ。縁起でもないお願い事をして」

それを聞くと妻は舌をペロッと出して「あなたはビールでよかったかしら」などと白々しく言いながら台所の方へと走っていく。

隣に入れば俺は死ぬんじゃないのか? 幽霊に殺させれば証拠も残らぬ完全犯罪だな。今俺に保険金はいくらかけているんだ?

いろんな想いが一瞬で頭の中を駆け巡る。

先ほど見せた妻の赤い舌が、隣のお化け屋敷の何倍も怖いものに思えた。

〜終劇〜

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