見出し画像

制限十回のマジカルスティック

「マジカルフィールドッ!」

俺は慣れた感じで叫んだ。手に持ったカラフルな棒の先から四方八方に光が放たれ、身体がゆっくりと宙に浮く。

放たれた光は四匹の光るイモムシになり、足元で取り囲んで私を見上げている。

ここで俺の全身が光って全裸になってしまう。ここは何回経験しても恥ずかしい。仮性包茎なので内股気味で周りから見えにくいポーズを取る。

そして光のイモムシからの糸光線が俺の身体にまとわりつき、それが徐々にポップな衣装へと変わっていく。

変身完了。目の前には五階建てビルと同じ位の大きさの怪獣が、街を我が物顔で破壊しながらのし歩いていた。

「さぁ、好き放題に暴れるのもこれまでだ。魔法の力で一瞬にして消し去ってやる」

俺はスティックを持ち身構えた。

ピカーン

空が光った。そして二人の賢者が、それはモーゼ的な衣装を纏った哲学者風の男二人が、雲を切り裂いてゆっくりと降りてくる。

「自分、大丈夫か? 最初、目の前に現れた時、スティックから説明あったやろ? それ、手にした者が魔法を使えるようになるけど、十回で打ち止め、って」

「今が十回目やで、自分把握してるか?」

賢者二人が心配そうに話しかける。

「あなた方は?」

「ワシら、そのスティックを作った神ですわ」

賢者二人は超フランクな感じで微笑みかけてきた。

「あなた方でしたか。このマジカルスティックを授けて下さったのは」

「そうそう、自分なかなか良心的で、世界征服とか口走らんかったから、善行アピールとしてゲスト連れて来たで」

「あなたーっ」

「パパーッ」

「ゆ、ユウに春男じゃないか、どうしてここに?」

「あんたの御主人、なかなかの善人ですわ。人間なら悪の誘惑に負けて、十回のうち一回位はとんでもない願いを言い出すもんですが、奥さん、誇りなはれ、御主人ええ人ですわ」

「自分、真面目か!」

賢者二人が声を揃えて笑う。

「そうしていよいよ、最後の時が来たけど、どうやらあの怪獣を退治する気やね」

「自分、それでええんか? 後悔せんか?」

賢者二人は心配気に俺の顔色を伺う。

「記念すべき最後の十回目やで。よう考えや」

「1回目は確か宝くじで五億円当たる、やったね」

「えっ? 貴方そうだったの? 俺たちは運がいい、って、あれは芝居だったの?」

「そ、それ怒るポイントか? 結果生活にゆとりが出たからええやんけ」

俺は腹が立って賢者二人を睨みつけた。

「そして二回目は、自分の顔を福士蒼汰似にしてくれ、やったね」

「今、それここで言わんでもええがな!」

「あ、あなたどういうこと? 顔を変えたってことなの?」

「で、その願い叶えてから間髪入れず、速攻で「変えた顔を周囲の人は昔からそうだったように記憶を変える」やったね」

「小市民的な願いやねぇ」

「あなた、私貴方の事がだんだん分からなくなってきたわ。どうして男前にする必要があるの? 私がいるから顔を変える必要なんてないじゃない。他の女性にモテたかったのね」

「いやいやいや、違う。格好良くなりたいのは全男性の不変の願いやんけ、そんな深い企みなんてないがな」

俺は絶叫気味で妻と話していることに気が付いた。

「四つ目はフェラーリーが手に入る、やったね」

「あ、あなた、あれもそうだったの?町内会の福引で一等賞引いて、景品がフェラーリーで、私ひっくり返ったのに、あの強運も魔法の力だったの? そうね、おかしすぎるわよね、景品でフェラーリーなんて」

「こ、子供の頃から乗りたかったんや。別に家計から出したわけと違うのに、なんでそんなキレ気味で食ってかかってくるねん」

「五つ目はちょっと理解に苦しむんですけど、透視能力を持つ、でしたな御主人。最初わてら投資の方か? て思いましたけど念派で透視の方で間違いなかったから決済の判子押しましたけど」

「あ、あ、貴方、もしかして街行く人の裸をこっそり見て楽しんでたの? 変態、知らなかったわ」

妻がここで遂に涙を流した。

「オイコラ賢者、なんでいらんことを言うねん。別に誰にも迷惑かけてない特殊能力やんけ、なんでここで公にする必要があるねん、最後に発表します、なんて規約、なかったやんけ!」

俺の怒りは頂点に達しかけていた。

「そして六つ目は反動で普通でしたな、支店長に昇進する、と。お金も入ったし、次は社会的地位が欲しかったんですな」

「あ、貴方、貴方の人生って一体なんなの? 昇進のお祝い、二人でしたわよね? 私、時間をかけて手料理を作って。高級なワインも開けて。あの幸せな時間、全部が嘘だったの?」

「嘘ちゃうがな、なんで女っちゅう生き物は、こうも面倒臭いんじゃ。ワシ今もちゃんと支店長の役職こなして給料もろうてるがな。なんで離婚しそうな勢いで睨むねん」

「で、七つ目は更に欲が出ましたな。メタボ体型が改善され、身長が10センチ伸びる、って」

「で、八つ目はまた速攻で間髪入れず「その体型と身長の変化を昔からそうだったように周囲の人々の記憶を書き換える」でしたな」

「自分、なんかさっきからアフターフォローぶりが凄いな」

神が感心しながら言う。

「本当に貴方の事が分からなくなってきたわ。その体型、昔から私、そうだったと思ってるけど、魔法の力で書き換えられてるのね、新婚旅行の写真も魔法で細く写ってるのね」

「な、泣くことないがな、近所でも格好いい旦那さん、ってお前も鼻が高いって言うてたやんけ、なんでワシがここにきて悪者になるねん」

「九つ目、これは頂けませんなぁ、見つめた女性が確実に惚れて股を開く。ですか、そこまで見た目変えてるのに実力で行けばええやないですか。一回魔法、損してますで」

「実家に帰らせて頂きます」

「わー、落ち着け、冷静になれ」

「そして今日、最後の十回目は、目の前の公害で生まれた怪獣を退治するために、魔法を使う気ですな、それでスティックとオサラバ、と」

泣き崩れる妻、不信の目で見つめる春男。迫り来る怪獣。

ここで魔法力を失うことなどできない。俺は幸せになる権利がある。しかし目の前の怪獣を放っておくわけにはいかない。

俺は賢者の方を振り返り、ドヤ顔で最後の願いをスティックに告げた。

「もう一度、最初の一回目から魔法が使えるようになーあれ」

バーン

物凄い音がした。いや、何処かで音がしたのではない。俺自身が轟音を発したのだ。

俺は空中で四散した。完全にバラバラになった。衣類も皮膚も血液も、全てが散り散りになった。

ボトッと地面に落ちて、排水溝に流れるまで、意識はあった。

「あ、あなたーっ!」

「パパーッ!」

「あーあ、それを言うてしもうたか。それNGワードやがな」

「それ、思いついても絶対言うたらあかんタイプの願いでしょう。思いません?奥さん」

「普通の焼肉店で、勘定の時に「食い放題にしてくれ」みたいなもんですやん、いや違うか」

「君のは例えがややこしいねん。奥さんも思いますよね? そんな厚かましい願いが実際通ると思います? 逆に」

妻も長男も呆然としたまま、幾分血液の付着している排水溝を見つめている。

「それにしても人間というものは愚かな生き物だなぁ」

「ほんにのぅ」

賢者は声を合わせて笑いながら、ゆっくりと雲の切れ間に隠れていった。

終劇

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?