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議題

 その昔、営業で得意先の事務員さんに、担当者を待つ間、お茶を出してもらった。

 スレンダーな美人で、サッパリと嫌味のない、誰が見ても綺麗、と言うようなスタイリッシュな女性であった。

 とろけるような笑顔で、私に愛想を振りまいてくれたのだが、その美しい彼女の鼻からは、小さな鼻くそがこんにちはしていた。

 一瞬動悸が高まり、私は私の動揺を相手に悟られぬよう必死になって表情を抑え込んだ。

 相手を傷つけなくない、と思ったのだ。

 それにしても職場の誰も、指摘してあげないのだろうか。それとも私と違って、世の大半の人は、私のように話をしながら相手の顔をじっと見ることもなく、案外、見ているようで見ていないまま挨拶を交わしているのだろうか。

 美しすぎる顔に対しての、出ている鼻くそのアンバランスさ、ギャップが凄かった。

 その数週間後、今度は営業車で移動中の時だ。

 信号待ちしている対向車の女性、赤いスーツを着た夜の街で商売する女性だろうか。

 この方も痺れるように美しかった。

 バックミラーでしきりに化粧の乗りを確認している。私が対抗から、じっくり観察している事も全く気付いていない。

 その美しい女性は、おもむろに小指を鼻の穴に突っ込んだ。小指の第二関節まで余裕で入っていたように思う。

 きっと化粧の確認中、鼻くそを発見してしまったのだろう。車内は室内のような安心感もある。

 その女性は、自室にいるような心持ちで、対向車線から私が驚愕の表情で見入っていることも知らず、思いきり小指をコークスクリューさせていた。

 二十代半ばであろうか。それはもうダイナミックなほじりっぷりであった。

 そしてまたその数週間後だ。

 今度は電車に乗る機会があった。平日に有給を取り、神戸まで古本屋巡りをしようと姫路発の新快速に乗り込んだ。

 運良く座れて窓の風景を眺めていると、明石城が見えた。

 乗客がドッと増える。私の隣に紺色のスーツを着たキャリアウーマンが座ってきた。

 この方ものけぞる程美しかった。きっとバリバリ仕事をこなすタイプの女性なのだろう。色白で太い眉、美しい二重瞼から、自分の実力に対しての自信がみなぎっていた。

 だが、座って数秒後、私は気が付いた。それはもう強烈なニンニクの臭いであった。

 一週間を乗り切るために、スタミナを付ける目的で、滋養強壮の効果がある下ろしニンニクを、しこたまタレに投入したのだろう。

 その彫刻のような美しさ、と猛烈なニンニク臭。アンバランスとギャップである。

 家の人は誰も注意しなかったのであろうか。それとも家族全員で同じものを食べたため、嗅覚がマヒしてしまったのだろうか。

 美しい人からの独特なニンニク臭。私は真横で微動だにせず気付かぬフリをして、それを嗅ぎつつ流れる風景を小一時間ほど眺めながら電車に揺られていた。

 さて、いろいろ話をしてきましたが、ここで皆さんにもお聞きしたいのです。

【ご褒美】という議題で、皆さんと一緒にお話をしてみたく思いま……。

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