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禍話リライト「現代落語 狂骨リベンジ」

※怖くはありません。
※ネタ要素改変様々ありますので、何でも許せる人向けです。
※がごぜ要素があります。
※がごぜはいます。


違和感のある部屋だった。
恐らく半地下であろうそこには、高所にある小窓しか光源がない。
一筋の光しか入らぬ薄暗い室内では、鉄格子以外の全ては輪郭としてしか認識できない。光の中できらきらと反射する埃からは、あまり清潔では無い部屋だと予想できる。
だというのに、その部屋には臭いが無かった。薄暗く、窓の小さい地下室なら漂ってきそうなカビ臭さが微塵もない。

その事に気付いた時、部屋の輪郭に変化があった。
上手側から部屋の中心に移動する人間大の物体。
視界の中央、丁度窓からの光が降り注ぐ場所に近づくにつれ、それが手ぬぐいを目元まで被り着物を着ていることが分かる。
光の下が丁度スポットライトのように照らされており、そこにあった座布団にたどり着く頃にはニヤついた口元と、そこから覗く犬歯が見える。
そこまで分かるというのに、未だにそれが人間とは思えない。
人の形をしていることと、人であることが結びつかない。

座布団の上に無駄のない所作で座り、恭しく頭を下げる所作を見ても、抱く印象はオジギソウのそれに近い。
そこで部屋の違和感と目の前のソレとの共通点に気付く。どちらも生命を感じないのだ。
目の前のソレが部屋の中の生物を、虫やカビに至るまで否定して生存させていない。そんな荒唐無稽な考えがやけにしっくりくる。

顔をあげたそれは口を開き、赤い口内から発せられた振動が停滞した座敷牢の空気を震わせた。
その振動を音として、言葉として認識した瞬間、これまでで最大の違和感に襲われた。
人で無いモノは、こう言葉を紡いだ。
「え~、毎度禍々しい話を一つ。」
落語だった。

現代落語 「狂骨」

「私、外に出し亭 がごぜ、と申します。気軽にがごぜっちって呼んでね~。
見ての通り座敷牢住みで暇なんで、こうして落語でもしてみようと思いましてね。
でもさぁ、改めてがごぜ何もしてないのに監禁されてるの酷くない?がごぜ悪くないのに(笑)

でもまぁ、物事って言うのはさ、何が悪かったのか判断するのが難しいよね~。
かぁなっきの話す怪談でもさ、その土地が悪かったのか、悲劇を起こしてた奴が悪いのか、そこにいきまーす♪したやつが悪いのか。必ずコレっていう正解は無いよねぇ。皆で加害者怖くないみたいな?違う?

でもね、この話では最後に何が悪いのかハッキリ分かるんだ。皆もこう言うと思うな~。
狂骨が悪い、ってね。」




江戸時代の絵師、鳥山石燕の書き残した狂骨って妖怪がおりましてね。元々は文学的な遊び要素で生まれて井戸と骸骨が書かれてるだけだったのが、怪談ブームの時に『姿を見たら死ぬ』なんて属性が付け加えられて。水木先生なんかもそれに乗って広めたんで色んな怪談辞典に加わって有名になった。
んでまぁそんな経緯があるんで捏造だ何だとやり玉に挙げられる妖怪なんだけど、まぁそれはちょっと横に置いといて。
この話は先の水木先生達が作り出した第一次怪談ブームの時代。とある小学生男児が学校の朝読書に妖怪図鑑を選んで読んでいた。そんな時代と時間と場所の事で御座います。

その少年、ここではA君としておきましょうか。彼が妖怪図鑑のページをペラペラめくっておりますと、件の狂骨のページが出てまいります。
そこで描かれている狂骨の何と恐ろしい事!思わずA君も「うおぉ!」と声を上げちまいました。

小学生が不意に大きな声を上げるだなんてぇのは、それだけなら先生をお母さん呼びするよりもありがちなイベントなのですが、ここでは二つ悪い条件が揃っていた。
朝読書が始まって数分後という、丁度教室がシーンと静まり返る時間だったもんでクラス中の注目が一気に集まってしまったことがまず一つ。
そしてもう一つが、彼の日頃の行いが悪かったんだなぁ。力で教室のヒエラルキーを支配する所謂ガキ大将ってやつですな。とはいえ劇場版のように男気を見せる事もなくCVがキムスバでもないジャイ〇ン。
そんな彼に日頃虐げられているクラスメイトにとっては、このリアクションはやり返せる絶好のネタになっちまった。

いつもの調子でA君が宿題見せろと迫っても、遊び場所を奪おうとしても、キン消しをよこせと言っても、クラスメイトはこう返す。
「いや、狂骨にビビるやつに言われてもなw」「『うぉ!』だってwww」「よしきだって『えぇ…』とかしか反応しないぜw」
そのたびA君は「ぐぬぬ」と引き下がり臍を嚙みます。
調子に乗った小学生は天丼の止め時がみつけられませんから、そんなネタこすりが休み時間の度に続きます。

屈辱の時間は午前中休み時間の度に続き、給食の時間。A君はソフト麺を【ここでがごぜは懐から扇子をとり出し箸のように扱い】ズズーっとすすりながら権威の回復方法について考えます。
日頃力での支配する側にいるA君です。やられたらやり返す野生の掟についても知っています。舐めた態度をとられたら、ポカンと一発殴って解決してきました。
ですがそれはあくまで同級生に力でやり返す方法であって、今回自分の権威を失墜させたのは本の中の妖怪。古いテレビと同じ解決方法は通用しません。
まさか本を破る訳にはいかないし。そう考えながら何気なく窓の外を見ていたA君の視線が、校舎裏の焼却炉とその隣のあるモノを捉えた。
その瞬間、これだ!と思いついたA君。給食後の昼休みに友人数名を連れて校舎裏に赴きます。

人気のない校舎裏に呼び出された同級生は、最初流石にイジり過ぎてA君にシメられるのかとビクビクしておりました。ですが、どうにもA君の様子がおかしい。
A君は焼却炉横、円柱状にレンガが積み重なったモノを指さしてこう言います。
「ここに井戸があるな!」
呼び出された皆はポカンと口を開けて呆けてしまいます。だってそれは井戸じゃないんですから。

※がごぜ博士が解説しよう!昔は大気汚染とかへの意識が今ほどなかったから、学校の裏とかにプリントとかを燃やす焼却炉があったりしたんじゃ。そして焼却炉にいれるまでもないもの、例えば学校の木々から落ちた大量の枯れ葉を集めて燃やすために石やレンガを組んでるものが近くにあったりしたんじゃな!
(いつの間にか付けていた博士の伊達メガネと付け髭を懐にしまうがごぜ)

集まった友人たちもその井戸っぽいものについて知っていますから、呆けてしまったのは無理はありません。
A君は続けます。
「こうして狂骨が出てこないように封印がしてあるのが証拠だ!」
それは枯れ葉が飛ばないようにしてるだけの簡易な蓋なんだけどなぁと思いつつ、「それで、これが井戸だとしたらなんなん?」と返す友人。
「狂骨は井戸から出てくるだろ?」
「はぁ」
「てことは井戸は狂骨の家、いや狂骨自身みたいなものだろ?」
「はぁ?」
「てことはこの井戸をシメれば、俺は狂骨に勝ったってことだな!」
「はぁ??」
「狂骨リベンジだ!」
「はぁ???」
かつてここまできまらないタイトル回収があったでしょうか。友人たちも猫ミームのヤギみたいな反応しか出来ません。

友人たちの困惑をよそに蓋をずらし始めるA君。
友人たちもようやく思考回路が復活してきますが、井戸に対してどんなアクションを行えばシメることになるのかについては想像もつきません。
皆が見守る中、おもしの乗った蓋をズズズッっとズラすと、A君はこう言います。
「よう狂骨、お前は中を見られちまってどんな気分だ?」
言葉責めでした。
「みんなの前で開け広げられてどんな気分だ?おぅおぅ、立派なナリをしてんのに、案外浅いんだなぁw枯れ葉の残りかすまで見られて恥ずかしくないのかよw」
年号が二つ変わっても一般に受け入れられないであろう新ジャンル、井戸責めの誕生です。
ですが元々パワータイプのA君。仮に井戸(仮)に特殊性癖があったとしても奥底を濡らすような責め用語は水が湧き出るようには思いつきません。
次第に「意外と浅い」「見掛け倒し」「レンガの積み方不揃い」等と自分の語彙の方が浅い事を自白する様な悪口の後は、身近な石や枝で殴打するいつもの暴力に頼りだします。

この頃になりますと、友人たちも困惑よりも哀れに思う気持ちが大きくなりまして、
「流石にイジりすぎたかな」
「かわいそ(笑)」
「復讐は何も生まないんだなぁ」
等とヒソヒソと話し合い、調子に乗った自分たちも悪かったと自省を始めます。
その気配を背中で感じたA君は焦ります。シラケてる空気を感じるものの、A君の方もゴールを決めず走り出してますから止め時が分かりません。

ゴールの分からぬ暴力はやがてエスカレートし、レンガを蹴ったり殴ったりした後に、えいやっとボディプレスをかまします。
バンッ!と鈍いが大きな音がして、友人たちが声を上げる。子供の腰位の高さに雑に組まれたレンガとはいえ、当たり所が悪ければ骨折なんかもあり得ます。
心配で思わず「おぉ!?」っと声を上げますが、A君は察しが悪かった。それを驚嘆の「おぉ!?」と勘違いしちまった。
打ち付けて痛む胸元をさすりながら、なるほどこの方向か等と勘違いしたA君は、越中詩郎ばりのヒップアタックをかまします。
その瞬間A君の腰から響くグキリという音!ぎゃあと声を上げ倒れ伏すA君。当たり所が悪かったのか衝撃を受け止めたA君はぎっくり腰めいたダメージを受け自爆!ナムサン!

痛みで動けないA君は友人たちの手で保健室に運ばれますが、A君は痛みで言葉を話せない。友人たちもパニックになるものだから養護教諭に何があったと聞かれても答えられない。
「焼却炉の所の井戸が、いやあれは井戸じゃなくて…」
「狂骨っていうやつがいてですね…」
「ボディプレスしてヒップアタックが…」
「A君が攻めで井戸が受けで…」
そんな言葉を次々に話すもんだから、まったく話が分からない養護教諭。
とりあえず服をまくってみるかとシャツをめくりあげた先には、ボディプレスでぶつけた時についたレンガの跡がクッキリ残る胸元が。
友人たちの説明から聞き取れた単語と痛みで動けないA君の様子から、養護教諭はこう仮説を呟いた。

「こいつぁ、胸骨(きょうこつ)が悪いのかもしれねぇな」


「皆様も狂骨にはお気を付けを。おあとがよろしいようで。」
恭しく頭を下げるナニカ。いつの間にか自分の周りに無数の人影が聴衆として座していることに気付いたのは、それらが鳴らす不揃いな拍手の音を聞いたから。
話をしているうちに日の入り方が変わったせいか、薄暗くなった室内では聴衆達の顔は見えない。
スポットライトから外れたソレの顔も同様に暗く。いや、赤い口内だけが変わらず鮮やかで。その赤が形を変えて言葉を紡ぐ。
「落語話したらまんじゅう食えるっていうからやったけど、うまくできた?え、まんじゅうはそういう落語の演目で報酬じゃない?もらえないの?そんなぁ!」
少しずつ光が消える部屋とは対照的に明るい声。もはや周囲の状況も分からぬ程になり、いくら何でも日が落ちるのが早すぎると感じる。
鉄格子も、聴衆も、小窓も、人で無いモノも見えない暗闇の中で、犬歯を覗かす赤だけがうねる。
「じゃあ甘いの食べた後のしょっぱいのもいらないや。帰っていいよ君。
聞いてくれてありがとうね~」

自室で目を覚ました貴方は安堵する。
夢でよかった、ではなく。せんべい代わりにされなかった事に対して。



この話は元祖!禍話 第十九夜 現代落語「狂鬼リベンジ」を元にネタ要素マシマシにして、そこにごぜいるもんという気持ちを追加して、ついでにタイトルも変えたものです。

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