見出し画像

[ことばとこころの言語学・21]サンドウィッチマンのコントが面白く感じられるのは、スクリプトの違いに着目しているから。

今回もお笑いを言語学してみます。前提として、「会話の協調の原理」について様々な例を通して考えています。本題に入る前に復習です。

会話の協調の原理(Cooperative Principle)

グライスは、わたしたちは協調しながらコミュニケーションを行なっているということを前提に次のようなことを言っています。

Make your conversational contribution such as is required, at the stage at which it occurs, by the accepted purpose or direction of the talk exchange in which you are engaged. (Grice, 1975)


グライスは、自分が参加している会話では、その会話で目指しているとされているもので必要とされているような貢献をしなさいということを提示しています。
そして、会話の協調の原理には4つの規則があり、その規則をもとにして私たちはコミュニケーションを行なっていると考えています。

量の規則:必要なことだけ言いなさい。
質の規則:正しいことだけ言いなさい。
関係性の規則:関係のあることを言いなさい。
伝え方の規則:簡潔に、順序立てて言いなさい。

前回は、アンジャッシュのコントの特徴はスキーマのズレが笑いを生じさせるという話をしました。では、お笑いが全てスキーマのズレで説明できるでしょうか?このような問題提起の仕方をすると、答えはNOということを前提としていますが・・・。そこで、サンドウィッチマンのコントを例に挙げて見ていきたいと思います。

富澤:(※伊達の家の前におそるおそる近づき、インターホンをならす)ピンポーン
伊達:おう、きたきたきたよ、おい(※ドアを開ける)ガチャ
富澤:お待たせしました
伊達:おせーよ、バカヤロー!もう1時間、1時間よー!
富澤:すいません、ちょっと迷ってて
伊達:迷うって、道1本じゃねーか
富澤:いや、行くかどうかで迷ってて
伊達:そこ迷うな、馬鹿じゃねーのお前。すげー腹減ってんだよこっちよー

富澤:いや、実は、バイトのやつが店長と喧嘩しちゃって
伊達:喧嘩?
富澤:店長冷凍イカで殴っちゃったんですよ
伊達:冷凍イカで?
富澤:で、血とかいっぱいでて
伊達:店長の?
富澤:イカの
伊達:イカのかよ。なんだイカの血ってわけわかんねーだろお前

富澤:すいません
伊達:腹減ってんだよこっちはよー
富澤:はい
伊達:ピザよこせ早く
富澤:お待たせしました!ピザハットリです!
伊達:なんで今言ったんだよ

富澤:言ってなかったんで
(引用はhttp://geininn-netatyou.com/wp/konto/sand/piza-demae/から)

伊達はピザの宅配を1時間前に頼んでおり、ようやくピザ屋の店員の富澤がやってくるところから始まります。私たちはピザのデリバリーを電話で頼むことがよくあります。どのように頼み、どのようにピザが届きますか?

まずは、自分の食べたいピザを決めて、電話で注文をし、あとはしばらくの間待つだけです。また、ピザ屋さんは電話で注文を受けたら、ピザを作り、配達をするという流れがあります。こうした、出来事のスキーマが私たちの頭の中にありますが、このスキーマはここで挙げたように、物事の展開する順序で並んで整理されていることが多いと考えられています。このような出来事の流れに従ってスキーマが並んでいるものをスクリプトと言います。次のように整理してみましょう。

<宅配ピザの注文におけるピザ屋さんのスクリプト>
①お客さんの電話を受けて注文を取る。
②注文されたものを作る。
③出来上がったものをスタッフがお客さんの指定した場所にバイクなどで届けに出かける。
④配達先でお客さん(または指定された人)に注文通りの商品を渡し、現金を受け取る。
⑤バイクなどで店舗に戻る。
<宅配ピザの注文におけるお客さんのスクリプト>
①食べたいピザとサイドメニューがあればそれらを決める。
②届けてもらいたいところの近くの店舗に電話をして注文をする。
③2、30分ぐらい待つ。
④ピザ屋さんのスタッフが到着し、ピザを受け取り、代金を支払う。
⑤食べる。

こうしたスクリプトが存在していることを確認した上で、もういちどサンドウィッチマンのコントを見ていきます。

伊達:おせーよ、バカヤロー!もう1時間、1時間よー!
富澤:すいません、ちょっと迷ってて
伊達:迷うって、道1本じゃねーか
富澤:いや、行くかどうかで迷ってて
伊達:そこ迷うな、馬鹿じゃねーのお前。すげー腹減ってんだよこっちよー

この部分では、伊達が期待する2、30分程度で届くという事柄が裏切られています。そして、富澤の「いや、行くかどうかで迷っていて」という部分で笑いが起きるのですが、ここでは観客側が知っている宅配ピザのスキーマから想起されるピザ屋さんのスクリプトが裏切られます。つまり、私たちからしてみれば、注文を受けた側のピザ屋さんは配達することが「絶対である」と信じているからです。この「絶対である」ことを裏切ることが笑いにつながっていくのです。このような笑いに変えるためには、協調の原理にある関連性の規則を違反するような発話の流れになっているのです。そして、人をおちょくるような雰囲気が含意されています。この部分をまとめると富澤の発話は、関連性の規則を逸脱させて、おちょくるような発言に変え、私たちのスクリプトを刺激するようなものになっているため、伊達のツッコミが成立し笑いに昇華していくと考えられます。

次のイカをめぐる対話部分でも同じようなことが起こります。人が冷凍イカで殴られ、血が出るとしたら、人の方であり、イカではないということは私たちの経験から推論することができます。つまり、イカを冷凍するとカチコチになるだろうというスキーマを経験的に知っているからです。このスキーマを裏切ることで、つまりイカの血が流れるとなることで、笑いが起きるのです。これも関連性の規則を違反するような発話で、嘘か誠か信じられないような推論を生み、伊達の「なんだイカの血ってわけわかんねーだろお前」というツッコミでこの部分も笑いとなり回収されていきます。

もう一つの対話部分をみてみましょう。

伊達:ピザよこせ早く
富澤:お待たせしました!ピザハットリです!
伊達:なんで今言ったんだよ

富澤:言ってなかったんで

この部分も笑いが生じるところです。ピザを渡した直後に、ピザ店を名乗る店員がいるとは誰も思っていません。それは、人が訪問するというスクリプトにおいて、まずは呼び鈴を鳴らしたところで、自分が誰であるか名乗ります。そのあとに具体的な会話が展開していく、という一般的な事柄を私たちは知っているからです。つまり、この私たちが訪問時に名乗ることが「絶対である」と思っていることを裏切る発話になっているのです。そして、情報の出し方の順番も異なっています。スクリプトの順序を意図的に入れ替えることは、順序よく話をするという伝え方の規則を逸脱させていることになります。やはりここも人をおちょくるような態度を示すことができ、伊達のキレ気味のツッコミが入り、大きな笑いとなるのです。

このように、サンドウィッチマンの笑いは私たちの頭の中にあるスクリプトを裏切ることで、笑いへとつながっていくものになっているということがわかりました。前回のアンジャッシュのすれ違いコントとは少し違うタイプの展開の仕方になっています。次は落語について考えてみたいと思います。。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?