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[ことばとこころの言語学・2]わたしとあなたの言語学(2)

「君のことが好き」

前回は日本語の「あなた」という他称詞についてみてきましたが、今回も「あなた」について掘り下げていきましょう。

「ちえみ」という女性に告白する場合、「ちえみちゃんのこと、好き」とか、「お前が好きだ」とか、「好き」と言って、自分のメッセージを相手に伝えようとしますね。では、「ちえみちゃんのこと、好き」はどんな英語になりますか?

I love Chiemi.

ではありません。

I love you, Chiemi.

とするのが一般的でしょう。I love Chiemi.だと、話し相手とは異なる「ちえみさん」を指して(いわゆる第三者を指して)しまいます

また、2つ年上の部活の先輩である、タケシに告白するとしたらどのような表現が適切でしょうか?

「タケシ先輩、好きです」
「先輩、好きです」

というような表現があると思います。そのかわりに、「タケシのことが好き」、「あなた、好きです」と言えるでしょうか?おそらく「タケシのことが好き」という場合、ふたりの間柄には親しさのようなものがあると感じると思います。一方、「あなたが好きです」は言えないと答える人の方が多いですよね。私たちは、ただ相手の名前を呼ぶのではなく、「先輩」とか「さん」、「ちゃん」とつけることが多いので違和感を感じるのです。

さらに、「タケシ先輩」を「あなた」で言い換えて「あなた、好きです」はちょっと変ですね。おそらく、「あなた」という語は目上の人に対して使いづらいと思っているからですね。やはり、自称詞同様に他称詞も相手との関係性を踏まえて、その場にふさわしい語彙を選択しなければなりません。

「あなた」はデフォルト表現ではない

日本語の他称詞の「あなた」は、話し相手を呼ぶときのデフォルト表現ではありません。相手の名前を言ったり、「先生」とか「先輩」という言葉をつけたりして呼びかける、または言わないことが多いでしょう。もちろん、英語でも相手の名前を言って呼びかけることはしょっちゅうありますが、それは文の最初か最後に出てくることがほとんどで、次のような形で使われます。

Takeshi, what time did you leave school yesterday?

英語では、最初に名前で呼びかけたとしても、その後から話し相手については"you"で呼ぶことになります。

いままで自分が「タケシさん」と呼ばれていたにも関わらず、突然「あなた」と呼ばれたりすると、「えっ?」って思ったり、ドキッとしたりしませんか?普段と異なる表現が用いられることを言語学では「有標」と言います。つまり、有標な表現は、なんかちょっと違和感を感じさせるものになるのです。一方、普段通りの使われ方をしているデフォルト表現を「無標」と言います

デフォルトではない行動パターンは「有標」で怪しまれる

普段は夜遅く帰ってきても何も手土産なんて持って帰ってこないお父さんが、ケーキだったり、プレゼントなどを買って帰ってきたら、「一体どういう風の吹き回し?」と思ったりしませんか?この「一体どういう風の吹き回し」と思うのは、普段とのギャップに気がついたからです。そして、「何かやましいことでもあるの?」と勘ぐったりしたくなります。そうなんです、普段と違うことをするのは、そこには何か隠れている可能性があるのです。この普段と違うと感じるのが「有標」だからなのです。

言葉でも「有標」な表現となると、普段とのギャップに気がつき、「あれ、なにかあるな」と感じることになるのです。


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